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イナカマチ番犬奇譚~嫌われ獣人の恩返し~  作者: 石動なつめ
第三章 夏の祭りと逢魔時
9/18

第八話「信じて下され若様、独楽殿ォォォ!」


 夏と言えばお祭りである。そんな感覚を、独楽は久しく忘れていた。


「そう言えば、夏祭りをやるぞ」


 若利の屋敷の縁側で、独楽と若利と天津が並んで茶を啜っていると、若利がそんな事を言い出した。

 夏祭り。

 何とも楽しげな響きのそれに、独楽と天津は湯呑を下ろして、若利を見た。


「おや、夏祭りですか?」

「うむ。今までは、リベルタ区画からの襲撃に備えて控えていたのだがな。独楽のおかげで、一時的に結界の機能が戻ったので、そのお祝いも兼ねて、だ」


 若利はウキウキとした調子で頷いた。

 確かに、リベルタ区画の襲撃がある状況では、祭りなど呑気には出来ないだろう。


「元々、この辺りでは季節ごとに祭りを行っていたのだ。春ならば春祭り、夏ならば夏祭りと言った具合にな。花火もあるぞ」

「ほほう、それはなかなか風情があるでござるな」

「だろう? まぁ、打ち上げ花火のような大きなものは流石に上げられんが、手持ちの花火くらいなら用意できる。あとは出店を出したり、踊ったり、なかなか賑やかだぞ」

「おー。それは楽しみですね」


 若利の口から語られる楽しそうな祭りの様子を聞いて、独楽の顔が緩んだ。

 結界の機能が戻ったお祝い、と若利は言っているが、実際は住人達の気晴らしが目的だろう。ここしばらく緊張続きだったようだし、どこかで発散させておきたいのではないか、と独楽は持った。


「ふぅむ、祭りでござるか。某もしばらくぶりでござるなぁ」

「同じく。わたしもお祭りなんて、もうずいぶん参加していないですねぇ」


 話を聞いていた天津も顎に手を当ててしみじみ言うと、独楽も頷いた。

 そして若利を見て、そわそわした様子で尋ねる。


「若様、イカ焼きとか、焼きそばとか、食べ物の出店はたくさんあるのですか?」

「きみは花より団子派か」

「ふっふ。当然ですよ、お祭りの食べ物って、絶妙に美味しいですからね! これはたーんと食べないと! そう思いませんか、甘栗さん?」


 独楽が同意を求めて天津に声をかける。だが、どうやら天津は別の事を考えているようで、聞こえていないようだった。

 何故か天津はぶつぶつと呟きながら、何やらにやけている。


「夏祭り……女子の浴衣姿……最高でござる」


 うっかりと言葉が出てきた。それを聞いて、独楽が半眼になり、若利も笑顔のままスッと扇子を開いた。


「夏祭りの間、甘栗はあまり区画の者に近づかぬように。主に女子に近づかぬように」

「し、下心などないでござるよ!? 女子の浴衣姿とは神聖なものでござる。 ゆえに、ゆえに! 某はただ! 眺めて! 全力で愛でたいだけでござる!」

「愛でる」


 動揺のあまり口走った言葉が、天津のある種の信用をガラガラと崩していく。弁解すればするほどに、彼はずぶずぶと泥沼にはまって行った。


「ご安心を、若様。何かあったら結界まで殴……吹き飛ばします」

「今殴るって言いかけなかったでござるか!?」

「ご安心を、空耳です」

「安心できないでござる! 何一つ安心できないでござる! ち、ち、違うでござる! これは崇拝に近い感情であって、決して下心など……! 決して下心など……! 信じて下され若様、独楽殿ォォォ!」


 悲痛な叫びが木霊する。天津はそのままガクリと地面に膝を突き、項垂れた。そんな彼に信太がテトテトと近寄り、慰めるようにその手にポンと前足をかけた。


「まぁそれはそれとして、確かに浴衣は良いですね、見ていて華やかなので好きですよ。特に女子の浴衣姿は素晴らしい」 


 だがしかし、独楽もまた言っている事は天津と大差がなかった。天津が恨みがましい目で見上げるが、独楽は口笛を吹いて素知らぬふりをする。


「浴衣……そう言えば、独楽さまも浴衣、着るです?」


 天津を慰めていた信太が、ちょこんと首を傾げて独楽を見上げた。独楽は目を瞬くと「ないない」と軽く手を振って、笑って否定する。


「着ませんよ。持ち合わせがないですし、普段着が着物(これ)なので、あえて浴衣を着る必要性もないでしょう」

「ほう」

「ほほう」


 すると、若利と復活した天津がニヤリ、と笑い合った。何やら含んだ笑顔である。

 明らかに怪しい二人の様子に、独楽は怪訝そうに目を細める。


「何ですか、その顔は」

「いやいやいや、何でもないぞ、気にするな。のう甘栗」

「ええ若様、何でもないでござる。まったく何でもないでござる」


 口を揃えて「何でもない」と言う二人であったが、どう見ても「何かある」様子である。独楽がむむ、と睨んでいると、若利と天津は誤魔化すように「はっはっは」と笑った。

 だが、いくら独楽が睨もうが、二人は答えるつもりはないようだ。結託すると面倒な、などと思いながら独楽は諦めたようにため息をついた。

 ちょうどその時、


「若様ー! お客様ですー!」


 と、小夜の呼ぶ声が聞こえた。

 声が聞こえた方を三人が向けば、小夜が何やら胡散臭い笑顔を浮かべた、小柄な中年男性を連れてこちらに向かって来るのが見えた。


「誰だ?」


 若利が首を傾げる。どうやら、小夜と一緒にいる人物に心当たりがないようだ。若利が知らないのならば、区画の住人ではないのだろう。

 その男の装いを見ながら、独楽は「ふむ」と顎に手を当てた。


「あの鞄についている雲と星を描いた紋章は……恐らく、東雲の商人ですね」

「ほほう、この距離で良く見えたな」

「目と鼻は良いんですよ」


 若利に褒められ、独楽は自慢げに胸を張った。犬の獣人である独楽は、目と耳が良い。人の姿を取っている間は、獣の姿よりも落ちるが、それでも並の人間と比べれば、頭一つ抜きん出ている。


「……東雲の商人」


 そんな事を話していると、天津があからさまに嫌そうな顔で呟いた。


「どうした、甘栗?」

「某は商人は好かんでござるよ。金で何でもする輩は、金で平気で裏切るでござるからな」


 剣呑な眼差しを向けながら天津が言うと、どうやら男にも聞こえたようだ。

 彼は独楽達の目の前までやって来ると、後頭部に手を当てて笑う。


「ははは、これは手厳しい! 否定はしませんけれど」

「否定はしないのですか?」

「まー、そこはホラ、事と次第によってはですねェ」

 

 悪びれずに言う男は、そのままの笑顔で、胸に手をスッと当てる。


「お初にお目にかかります、イナカマチ区画の区画主殿。私は東雲の商人で、名前をアガタ、と申します。どうぞお見知りおきを」


 そして名を名乗ると、深々と頭を下げた。




 アガタとの話――――商談は、若利の屋敷の居間で行われている。

 商品や、食料品、情報など、色々な話が、開けっ放しの障子戸の内から聞こえて来る。

 部屋の外には独楽と天津が控えていた。何があっても直ぐ動けるように、それぞれ得物を手元に置いている。

 ちなみに信太はと言うと、話の邪魔になるからと、小夜と一緒に食事の仕込みの手伝い(になっているかは微妙だが)に行っていた。


「…………」


 客間から聞こえてくる話を聞きながら、独楽はちらりと天津の顔を見る。眉間にしわを寄せ、怖い顔をしていた。

 アガタと名乗った商人が現れてから、天津はずっとこの調子である。

 普段の天津が表情豊かなので気にならなかったが、こういう表情をしていると、子供が泣き出しそうなほどだ。


「甘栗さん、怖い顔になっていますよ」

「む、これはいかん。某のナイスなフェイスが」


 若利達の話の邪魔にならないように小声で独楽が指摘すると、天津はハッとして手で顔をさする。

 ぐにぐにと顔を解している内に、ほんの少しだけその表情が和らいだ。


「どうでござるか? ナイスな某に戻ったでござるか?」

「うーん、もうちょいですね」


 独楽が言うと、天津は顎に手を当てて「むう」と唸った。

 多少表情が戻り、声の調子も比較的普段通りである事に、独楽は少しだけほっとして話をTづける。


「あの商人、ひとまず神雷結界を通れたという事ですから、今ここで何かしようという悪意や敵意はないようですよ」

「今は、な」


 含んだような天津の言い方に、独楽は「おや」と首を傾げる。


「後ほど、何かをしでかすと?」

「……某が知っている商人は、金を積まれれば容易く裏切る者ばかりだったのでな」


 天津は苦々しく言った。何があったのかは独楽には分からないが、天津の様子を見るからに、相当嫌な思い出があるのだろう。

 商人に限らず、金を積まれれば容易く裏切る者というのは、それなりにいる。独楽も過去に何人か遭遇した事があった。

 その大体は、それをするに見合った風貌や仲間を持っていたので、腹は立つが、そういう意味では分かりやすい相手だった。だが、その辺りから考えると、アガタがどうなのか、というのは少々判断が難しい。

 アガタは東雲(しののめ)という組織に属する商人だ。東雲とは、継ぎ接ぎ世界を真っ二つに分けて東側の区画を動く商人組合である。西側は「西風(ならい)」という商人組織が動いているが、どちらもこの継ぎ接ぎ世界に置いて、強い影響力を持った組織だ。

 そこに所属しているという事は、発言や行動には相応の責任も伴う。ゆえに、下手な行動は取らないのではないか、と独楽は考えていた。だが、やけに天津が気にする姿を見れば、警戒は必要なのかもしれない。


「……ふむ。東雲の商人で何かあるとすれば、東側の関係ですかね」

「イナカマチ区画に一番近くて、何かしそうな場所ならばリベルタ第五区画一択でござるがな。……まぁ、あそこは奪われた区画、ではござるが」


 天津はフッと遠い目になった。その目は、酷く複雑な色をしている。

 独楽がどうしたのか、と言おうとすると、それよりも早く天津が口を開いた。


「なぁ、独楽殿。そもそも、悪意の定義とは何でござろうな?」


 天津からの問いかけに、独楽は首を傾げた。

 悪意の定義。もしかしたら神雷結界の事を言っているのだろうか。

 独楽は腕を組み、少し考えてから、


「他者の尊厳を奪おうと良からぬ事を企めば、それは悪意と言えるのでは?」


 と答えた。

 悪意や敵意、害意が何であるか、それを改めて言葉にせよと言われると、なかなか答え辛いものである。何なのか分からないというよりも、どこまでがそれである(、、、、、、、、、、)()という定義が難しいのだ。

 例えば、殺意や怨恨、憎しみなど、よほどの強い理由を伴うものであれば言葉にはしやすい。だが、それ以外の、ほどほど――と言っていいのか微妙なところではあるが――の悪意や敵意は、明確に言語化しづらい。

 神雷結界が阻んだもの、と言えば視覚的には分かりやすいが、天津のように半分だけ挟まった者のいる。天津に何らかの悪意があるかどうかは別として、悪い人ではないというのは独楽にも分かった。

 だからこそ、ならば悪意の定義とは一体何なのか。問いかけれて初めて、独楽は自分が思っていたそれが、曖昧なものである事を自覚した。


「ふうむ、予想外に小難しい話になってきたでござる」


 だがしかし、問いかけた当の本人はキリッとした顔でそう言ってのけた。


「自分で振った話でしょうに」

「いやいや、独楽殿から意外としっかりした答えが返って来たので、驚いたのでござる」

「甘栗さんの中で、わたしはどういう立ち位置になっているのですかね」

「はっはっは」


 思わず半眼になる独楽に、天津は誤魔化すように笑った。

 笑った後、話題を変えるように、ふと尋ねる。


「……なぁ、独楽殿」

「はい?」

「独楽殿は、ずっとここにいるつもりでござるか?」


 天津の言葉で、独楽は一瞬、若利に言われた言葉を思い出した。


――――いや、俺達の問題に、これ以上、他の区画の者に迷惑を掛けるわけにはいかないからな。


 特に、他の区画の者、という言葉が、どうにも頭の中で響いた。独楽は指で顔をかいて苦笑する。


「……さあ、先の事は、まだ良く分からないですが」

「ふむ?」

「一応、ここにいたい、という気持ちはありますよ。でも、ほら、クビになったらそこまでですからねぇ……」


 そう言うと、独楽は空を見上げる。夏らしい、濃い色をした青空だ。その空に、蝉の声が高らかに響く。


「………………居心地が、良いんですよね、ここ」


 たっぷりと時間をかけて、独楽は正直にそう言った。

 イナカマチ区画のゆったりとした長閑な雰囲気も好きだが、何よりも穏やかで気さくな住人たちを独楽は気に入っていた。出来ればずっとここにいたい気持ちにもなっているのだが、あくまで仕事で来た身だ。何らかの事で仕事を辞める事になってしまえば、他の区画から来たものを置いてはくれないだろうな、と独楽は思っていた。

 それでも置いて欲しいと言えば受け入れてくれそうな気もするが、いらないと言われてなお居座るような図々しさは、独楽はまだ取れない。


「ああ、確かに、ここは居心地が良い。……懐かしいほどに」


 天津も独楽の言葉に頷いた。そして空を、山を、村を、イナカマチ区画の風景を、何かを重ねているような眼差しで、静かに眺めた。


 


 若利達の商談が終わったのは、空が茜色に染まる頃だった。

 意外と時間が掛かったため、ずっと待っていた独楽と天津は見事に足がしびれ、ひいひい言っている。

 そんな二人に苦笑しつつ、若利はアガタに、


「せっかくだから泊まって行くか?」


 と声をかけた。日が暮れて出歩くのは危険だと心配したからだろう。

 だがアガタは、


「いえいえ、他にも回るところがありますので、お気持ちだけ頂いておきます」


 と辞退して帰って行った。

 そんなアガタを、天津は始終警戒をしていたが、特に何も起こらなかったので、独楽は少しほっとした。

 だが、一つだけ気になる事もあった。

 アガタは帰り際に、


「ああ、そうだ。私から一つだけお節介を。時は金なり、と言いますし。何かやりたい事があるなら、急いだ方が良いですよ」


 などと言っていたのだ。

 それが何を指しているのか独楽には分からない。しかしその時、僅かに天津の表情が強張るのが見えた。

 普段ならば見逃すような些細な変化だ。だがアガタが来た時からどうにも天津の様子がおかしかったせいか、ふっと視界の端に映ったそれが妙に独楽の印象に残ったのだった。

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