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イナカマチ番犬奇譚~嫌われ獣人の恩返し~  作者: 石動なつめ
第二章 結界に挟まれた侍
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第七話「“あぴーる”には良い機会でござろう?」


「やあ、イナカマチ区画の若様、お久しぶりです!」


 現れたパオロは帽子を取ると、やけに明るい調子で挨拶をする。悪びれないその姿に、若利は方をすくめた。


「久しぶりも何も、つい昨日会ったばかりだが。性懲りもなく、また来たのか」

「またも何も、我々はお話をしたいだけですよ」

「良く言う。それに話をしたいならば、堂々と結界を通ってくれば良いだろう」

「…………」


 若利の言葉に、パオロは答えず、にこりと笑う。

 答えもせず、動きもしないという事は、彼らは神雷結界を通れないのだろう。神雷結界を通れないという事は、すなわち、悪意や害意を持っていると言う事だ。結界に阻まれたのは天津も同じだが、半分でも通れた彼とは比較にならない。パオロ達はイナカマチ区画への悪意や害意で真っ黒なのだろう。

 そんなパオロを見て、ふと独楽は「そう言えば」と若利に尋ねた。


「そう言えば若様、あの人はどちら様ですか? 何だかんだで所属と名前しか知らないのですが」

「ああ、あやつは隣の……リベルタ第五区画の管理官のパオロだ」

「管理官? 区画主じゃなく?」

「区画主は別にいるのだが、多くの区画を奪い過ぎて管理しきれていない、という事だろう。パオロはその区画の一つを管理している者だ」


 つまりは中間管理職、という事である。若利の話を聞いて、勝手にそう結論付けた独楽は、呆れて半眼になった。


「管理しきれないのに奪うなんて馬鹿ですか?」


 ストレートに言う独楽に、パオロの笑顔が深まる。よく見れば、眉間にしっかりと皺が寄っていた。


「相変わらず口の悪い方だ。品位を疑われますよ」

「む、それはまずいですね。信太にとって悪い影響を与える事になります、別の言い回しを考えましょう。管理しきれないのに奪うとは、何とも滑稽ですね?」

「言い直してそれか」


 若利はこめかみを抑え、小さく息を吐いた。言い方を変えても、印象はすこぶる悪化している。

 笑みを深めたままのパオロは、額に青筋を浮かべながら、スッと左手を挙げた。すると、彼の部下が何やら鎖らしきものを引っ張った。


「魔獣?」


 鎖の先にいたのは、神雷によって押さえつけられた数匹の魔獣だ。唸り声をあげ暴れる魔獣を見て、小夜が「ぴ」と声を上げた。その声を聞いて、独楽がさり気なく、小夜を庇って前に出る。


「ははは、驚かせてしまいましたか、すみません」


 悪いなどとは全く思っていない顔で、パオロは言う。そして区画の向こうの顔ぶれを見回した。怯えているのが小夜だけなのが、少々面白くないようだ。不満げに片方の眉を上げたところで、ちょうど天津の所で目を止める。


「おや、初めて見る顔もいらっしゃいますね」

「きみが来たのは一週間前だ、知らぬ顔もいるだろうよ」

「はははは、それはまぁ、そうですね。イナカマチの神雷結界は大変見事ですから。……でも、最近はそうも言っていられないようでしょう? まぁ、今は効力は戻ってらっしゃるようですが」


 そう言うと、パオロは軽く神雷結界を叩いた。コンコンと、ノックでもするように叩く音に合わせて、神雷結界に波紋が生まれる。パオロの手は決して、神雷結界を通過しない。悪意や敵意を持っているゆえに、阻まれているのだ。

 正直なところ、独楽は天津が神雷結界に挟まっている所を見て、ちゃんと作動していないのかと心配になっていた。

 だが、どうやら杞憂だったようだ。神雷結界はきちんと作動している。その証拠に、パオロは中に入る事は出来ない。


「結界など張らずとも、どこぞの区画が攻め入ってこなければ良いだけの話なのだがな」

「それはそちらが、我々の要求を呑んで頂けないからですよ」

「要求?」


 独楽が若利を見ると、彼は肩をすくめた。


「要石を渡さねば強奪するぞ、との事だ」


 それは呑まないだろうし、呑めないだろうな、と独楽は思った。

 区画主が区画を渡すなど、よほどの事がない限り、まずない(、、)。この世界は異なる世界同士が隣り合わせで繋ぎ合っている世界だ。世界が変われば常識も、生活様式も、その他諸々が違う。区画を奪われるという事は、今までの常識を捨てて、他者の常識に合わせろと強要されるのと同意語だ。

 自分達が守ってきた誇りも、自分達の在り方も、その全てを「捨てろ」と言われているようなものなのだ。


「リベルタ区画は紳士的であると噂で聞いた事がありますが、噂とはあてにならないものですね」


 昨日からの所業を見ても、紳士的な部分など欠片も見えなかった。そう独楽が言うと、パオロは芝居がかったように両手を広げて、苦笑する。


「いやいや、これは人聞きの悪い! 僕たちは若様にリベルタ区画の傘下に入りませんか、と言ったのですよ。イナカマチ区画は小さな区画です。他の大きな区画に攻め入れられれば、一気に制圧されてしまうでしょう」


 この間のように、と付け足すパオロに、若利が苦い顔になる。


「ですので、我々の傘下に入って頂ければ、そう言った類から我々が守りましょうと言っているのですよ」

「それで、それを受けた場合、どうなる?」

「まずはこのイナカマチ区画を開拓し、リベルタ区画のように住みよい街にします。ああ、もちろん、イナカマチ区画の皆様には、ちゃんとここで働けるような仕事を与えて差し上げます。この区画の自然は見事な物ですから、ここで食糧を……」

「――――パオロ。イナカマチ区画の者達は農民であって、農奴ではないぞ」


 パオロの言葉を静かに聞いていた若利は、はっきりとそう言った。


「イナカマチ区画を、それこそただの田舎だと思っているようだが、俺とてここの区画主だ。全く情報が入らぬわけではない。きみ達が傘下に入れて来た他の小さな区画を、監視の上でこき使っている事くらい知っている」

「それは個人の感じ方の違いですよ。現に、喜んでいる人々もいらっしゃいます」

「そうか。だがな、残念ながら俺はそれを喜ばしいとは思わん。イナカマチ区画の区画主として、俺はイナカマチ区画の住人達の平穏を守る義務がある」


 若利はパオロの申し出を否定し、断った。独楽や天津に聞かせるために、敢えて話させたのだろう。

 独楽と天津から放たれたピリッとした空気の中で、パオロは大げさにため息を吐いた。


「そうですか、それは……残念です。我々は話し合いで解決がしたかったのですが……」


 そう言うと、パオロはパチリと指を鳴らした。彼の指示によって魔獣の鎖が引っ張られる。


「こういう手段を取る事も致し方ありませんね。……小さな子供もいらっしゃるでしょうし、危険な目には合わせたくないでしょう?」

「いつもやってるくせに良く言う」

「はっはっは。ほら、小さなお嬢さん、怖いでしょう? これを今からそちらへ放り込むんですよ。これだけではなく、もっともっと、たくさんの魔獣を放りこんでしまいますよ。こいつらの凶暴さは、リベルタ区画随一です。牙で噛みかれてしまえば肉は食いちぎられてしまうでしょうし、牙で裂かれれば血が噴き出すでしょう。人がたくさん死んでしまいますよ、怖いですねぇ」


 パオロは小夜を見ながら、あくまで楽しそうに残酷な言葉を口にする。小夜が独楽の着物の袖をぎゅっと握った。

 独楽と天津が嫌悪感を現した顔でパオロを睨みつけた。


「こいつ……」

「下劣な……」


 それぞれの目には怒りの色が灯っている。殺気に近いそれを受けても、パオロは顔色一つ変わらない。彼の目は小夜を見たまま、ニタリ、と笑う。


「何とでも? さあ、お嬢さん、やめて欲しかったら、若様を説得して……」

「こ、こ、怖くなんてない、です!」


 その時、小夜が独楽の後ろから飛び出した。

 小夜はパオロを睨みながら、僅かに震える声を張り上げる。


「この区画は、若様と真頼様が守ってくれていました。魔獣とか、他の区画の人とか、怖い物から全部守ってくれていたんです!」


 真頼様、のところで独楽がぴくりと反応した。それに気づいたのは信太だけだ。


「若様と真頼様は、いつだって小夜たちの事を一番に考えてくれていました。小夜はまだ難しい事は分からないけれど、若様を困らせて、魔獣を放り込んで、イナカマチ区画の人達を危険な目に合わせるあなたたちは悪い人です。そんな人たちが脅したって、さ、小夜も、区画の皆だって、怖くなんてないです!」


 拳を握って、小さな体を震わせながら、小夜は言う。その姿に若利が目を見開いた。

 同時に、パオロは不機嫌そうに顔を歪める。


「そうですか、子供からこう(、、)とは、本当に救いようがないですね。残念ですよ、とても」


 吐き捨てるように言うと、パオロは部下たちに指示を出す。部下たちが魔獣たちの鎖をぐん、と引くと、その背中目がけて神雷を打ち、イナカマチ区画の中に放り込む。


「魔獣があるのはイナカマチ区画への害意ではなく、僕達への害意ですから。阻まれたりなどせずに、するっと行くでしょう。もっとも、神雷結界が全盛期ならば、こう(、、)はいかなかったかもしれませんが」


 パオロが言い終えるのと、魔獣たちが襲い掛かって来るのは同時だった。

 独楽は若様の方へお小夜を押すと、フードを被り、錫杖をもって前へ出る。


「若様、小夜ちゃん頼みます」

 

 目は魔獣を見据えたまま。

 独楽は錫杖の烏玉にバチバチと神力を込めると、神雷壁を発動し、跳び掛かる魔獣をガン、と受け止めた。


「正論言われて逆上ってのは、ちょいと格好が悪いですね」


 言いながら、独楽は魔獣を神雷壁で力任せに押し返す。昨日のより軽いな、と思いながら独楽が錫杖を降り抜くと、神雷壁がぐん、と魔獣ごと前に押し出された。


「それに話し合いってのは、対等の立場でするもんです。あなたのは話し合いとは言わんでしょうよ。――――正直、不愉快です」


 そして錫杖を構え直すと、ふわり、と若干フードが膨らみ、神雷壁が消える。半獣化したのだ。

 そのまま独楽はだん、と強く地面を蹴ると、魔獣の一匹を錫杖を振るって、区画の外へと殴り飛ばす。それから流れるような動作で人型に戻ると、跳び掛かって来たもう一匹を神雷結界で防いだ。


神雷相乗(しんらいそうじょう)


 そこへ、若利が補助の神雷を使う。神雷壁が目に見えて強度を増す。

 若利のおかげで、先ほどよりもずっと軽い力で魔獣を受け止める事が出来た。これならば、一気に押し出してしまえるだろう。そんな事を独楽が考えていると、その横で影が一つ動いた。

 天津である。

 先ほどまでの情けない顔は、今の天津にはなかった。天津は刀を抜くと、力強い動作で魔獣を一閃。一撃で魔獣を沈めてしまう。

 独楽は驚いたように目を見張った。


「お見事」

「この程度、造作もない事でござるよ」


 着物の袖で刀身を軽く吹いた後、天津は刀を鞘に戻い、ニッと笑う。


「某は雇ってもらうためにここへ来たのでござる。“あぴーる”には良い機会でござろう?」

「確かに」


 それに独楽も笑い返す。その一方で、思いのほかあっさりと魔獣を倒されてしまったパオロは、唖然とした顔になっていた。


「ば、馬鹿な……」

「ぱ、ぱ、パオロ様! 魔獣が!」

「は!?」


 慌てふためく部下の声に、ぎょっとしてパオロはそちらを剥く。

 そこでは、今し方独楽が殴り飛ばした魔獣が、今度は彼らに狙いを定め、目を光らせていた。もっとも、今まで魔獣を虐げていたのが独楽達ではなく、彼らである。魔獣の怒りの矛先は、正しい形でそちらを向いただけだ。

 パオロは悔しげに歯ぎしりをして独楽達を睨んだあと、


「撤退するぞ!」


 と言って、部下たちを連れて逃げて言った。その背後を怒り狂った魔獣が追いかけて行く。

 それを見て、天津と独楽が軽快に笑う。


「手負いの獣は怖いですよねぇ」

「まぁどう見積もっても自業自得でござる」


 そんな話をしていると、二人の元へ若利と小夜、そして信太が近寄って来た。

 若利は二人の顔を見て礼を言う。


「二人とも、助かった。感謝する」

「いえいえ。それにしても若様、補助系の神雷を使えたのですね。助かりました」

「うむ、割と得意だ」


 若利がニッと笑った。その隣では小夜が、


「独楽さん、甘栗さん、かっこいい!」


 と目を輝かせて二人を褒める。独楽と天津は「いやぁ」と揃って照れた。

 その和やかな雰囲気の中で、若利は天津に声をかける。


「さて、甘栗よ」

「何でござるか?」

「きみの腕に問題がないのは分かった。なので、きみを採用したいのだが」


 若利が言っているのは、イナカマチ区画の守り人の件である。

 採用との言葉に、天津は感極まった様子でガッツポーズを作り、天を仰いだ。


「やったでござるぅぅぅぅ!」


 天津の晴れやかな声が区画に響く。自分もこんな感じだったなぁと独楽は思った。

 独楽は喜ぶ天津の姿に、良かったね、と思う反面、少し心配にも思っていた。

 天津が神雷結界に挟まっていた事についてはもちろんではあるが、それ以外にも一つ理由があった。天津の強さである。

 一撃で魔獣を斬り伏せた天津は、若利の言う通り、相当腕が立つだろう。だが、それならばどうしてこの区画へ来たのか、独楽には分からなかった。

 天津ほどの腕の持ち主であれば、それこそリベルタ区画のような大区画などの他の区画から引く手は数多だろう。大区画ならば給料や待遇も、イナカマチ区画の求人広告で提示されているものよりも格段に良いはずだ。

 イナカマチ区画は環境や居心地は良いが、それすらも、周囲から侵略を受けているという状況が打ち消してしまう。侵略を受けている事を知らなかったとしても、イナカマチ区画が小さな区画である以上、そういった危険があるという事は、この世界に住む者ならば容易に想像がつくだろう。

 もっとも、独楽のように理由があるならば別ではあるのだが。


「……まぁ、何かあった時は、区画の外に殴り飛ばせば良いか」


 そんな事を考えながら、独楽は小さく呟いた。

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