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イナカマチ番犬奇譚~嫌われ獣人の恩返し~  作者: 石動なつめ
第二章 結界に挟まれた侍
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第六話「悪意のある奴は皆そう言うんですよ」


 神雷結界の反応があったのは、イナカマチ区画とリベルタ区画の区画線――区画と区画の境にある境界線の事――だった。

 独楽達がそこへ到着すると、そこにはやはり小夜の姿があった。

 何やら小夜は戸惑った表情をしている。そこに怯えの色がない事に安堵していると、小夜が独楽達に気が付いて振り返る。


「あ、若様……」

「お小夜、区画線の方へは行かぬように、と言ったではないか」

「あう……ごめんなさい、若様」


 ほんのり叱られて、小夜はしょんぼりと肩を落とす。

 若利はほっと息を吐くと「まぁ、無事で何よりだ」と小夜の頭を撫でた。


「それにしても、どうしてこんな場所に来たんですか?」

「あの、変な声が聞こえたんです」


 独楽が聞くと、小夜は少し困ったように、ある方向を指差した。


「変な声?」


 独楽達は揃って首を傾げ、小夜の指の先に視線を向ける。

 そこには、神雷結界に体の半分が(、、、、、、、、、、)挟まった(、、、、)、怪しげな侍然の男がいた。

 独楽と若利は揃って「ぶはっ!?」と噴いた。


「……は!? え、何ですかこれ!?」

「た、た、た助けて欲しいでござるぅ……」


 侍は情けない声で助けを求めている。

 独楽も神雷を扱うようになってそこそこ長いが、神雷結界にこうも見事に挟まった人間など初めて見た。


「これはどういう状況なんだ……」


 だらだらと冷や汗を流しながら独楽は唸る。

 結界に挟まった侍をよくよく見れば、男の体は宙に浮いていた。高さはちょうど独楽の胸辺りだろうか。まるで腰の辺りを、空から宙ぶらりんと吊り下げられているような格好になっている。

 上半身はイナカマチ区画に、下半身はリベルタ区画に突き出ている。ただでさえガタイの良い男だったため、実にシュールな光景となっていた。

 見た瞬間、申し訳ないとは思ったが、独楽はちょっと引いた。


 男は頭の後ろでまとめた黒髪を振り乱しながら、水中でも泳ぐかのようにジタバタと手足を動かしてる。

 だが、どれだけもがこうが、事態は一向に改善される雰囲気もなく、男の体は前にも後にも進めない。

 詰んだ。

 まさしくその言葉を体現しているかのような様子だった。


「おお、まさにカザヒノヒメ様の助けか! そこの御仁、どうか、どうか某を助けて欲しいでござるぅ……!」


 侍は独楽達に気が付いて目を輝かせた。

 流石に放っておくわけにもいかないので、独楽が声をかけてみた。


「何をなさっておいでで?」


 ひとまず、当たり障りなく、そう尋ねる。

 男は上半身を捻って独楽の方を向くと、半泣きになって答えた。 


「結界に、神雷結界に挟まってしまったのでござる……」

「いや……それは見れば分かるんですが」

「抜けないのでござるぅ……」


 侍が情けない声で言った。

 確かに挟まっているのは分かるし、抜けないのも分かる。だが独楽が尋ねたかったのは、そういう事ではない。

 そんな侍を見ながら、若利が顎に手を当てて興味深そうに言った。


「きみ、挟まるとはどんな感じなのだ?」

「え? えーと、何かクレーンゲームの景品になっている感じでござる」

「ほうほう」


 好奇心を優先させた若利の疑問に、侍は律儀に答える。

 若利と小夜が納得したように頷く隣では、独楽と信太が「くれーんげーむ?」と首を傾げていた。二人にとっては初めて聞く単語らしい。


「それはどうでも良いでござる! 感心していないで助けて欲しいでござる!」


 尋ねられて反射的に答えていた侍は、ハッとした顔になり、改めてそう言った。

 確かに挟まった感じなど、どうでも良い事である。それもそうだと思いながら、独楽は改めて尋ねた。


「助けてと言われても、そもそもあなたはどうして、そうも中途半端に挟まっているのですか?」

「それが分かれば、こんな苦労はしていないのでござるぅ……」


 侍が項垂れて答えた。

 イナカマチ区画の神雷結界は、敵意や悪意を持つ者を通さない、という類のものだ。

 その効力から考えると、侍はイナカマチ区画に何かしらの悪意を抱いているという事になる。

 だが、しかし、それでも半分は通れているのだ。半分は通しても良いと、神雷結界が判断したという事になる。

 いっそ完璧に弾いてくれた方が分かりやすかったのだが、どうしたものかと独楽は腕を組んだ。


「神雷結界は、悪意を持たない者しか通さないんですよ。お侍さんに悪意があるのかないのか、はっきりとしていただきたい」

「ないでござる! ないでござる!」

「悪意のある奴は皆そう言うんですよ」

「其方が聞いたのに酷くないでござるか?」


 独楽の物言いに、侍は半眼になった。だが、独楽はどこ吹く風である。

 二人のやりとりを聞いていた若利は、信太を見下ろして「なるほど、独楽が元凶か」などと呟いている。信太はこてりと首を傾げた。


「某は怪しいものではないでござる! これ、これを見て欲しいでござる! 某は、守り人募集のチラシを見て、面接に来たのでござるぅぅぅ!」


 侍はジタバタ暴れながら『守り人募集』と書かれた求人チラシを取り出した。独楽が持っていたものと同じものである。

 それを見た若利は目を丸くして、


「何だ、そうなのか。それならば独楽、通してやってくれ」


 と、あっさりそう言った。

 若利の言葉に、独楽はやや不審そうな目で侍を見る。


「良いのですか? 半分は危険ですよ?」

「ああ。ひとまず半分は通れているし、話だけでも聞いてみようと思う。それにこのままでは、流石にかわいそうだ」


 確かに「かわいそうだ」という部分には独楽も同意であった。

 区画主の許可も出たため、独楽は若利から神雷結界の烏玉を借りて頷く。


「分かりました。若様がそう言うなら」

「ありがとうでござる! ありがとうでござる! 某は天津栗之進(あまつくりのしん)と申す!」

「天津栗之進か。ならば甘栗だな」

「出会った直後に妙なあだ名をつけられたでござる……」


 歓喜の声を上げた直後に、天津はしょぼんと肩を落とした。

 独楽は「喜んだり落ち込んだり忙しいな」と思いながら、天津の肩に錫杖の頭をあてる。触れた時、シャン、と澄んだ音が鳴った。

 そうした後で、独楽はもう片方の手に握っていた烏玉に、神力を込め始める。すると、烏玉にバチバチとした青白い光が迸り始めた。

 その光が、バチリ、と一度、天津の体を駆ける。


「うお!?」


 天津が驚いた声を上げる中、独楽は彼の腕を掴むと「よいしょ」とイナカマチ区画に引っ張り込んだ。

 今度は阻まれもせず、天津の体はするりと落ちる。

 地面に座り込んだ天津は、自分の体と神雷結界を交互に見比べた後、


「某は自由の身でござるぅぅぅ!」


 などと、ガッツポーズをしながら、涙を流さんばかりの勢いで喜びの声を上げた。

 嬉しそうな天津を見て、若利と小夜がにこやかに笑っている。


「……まぁ、この様子ならば大丈夫、ですかね?」


 どう見ても悪意がある、というようには見えない天津の様子に独楽がそう呟いた時、


「おや、賑やかな声が聞こえたと思ったら、これはこれは」


 と、聞き覚えのある声が響いた。

 反射的に声の方を振り返ると神雷結界の向こうに、昨日追い出したリベルタ区画のパオロとその部下が姿を現した。

 鳥の形の腕章を弄りながら、にこりと笑ったパオロに、独楽と若利は瞬時に、嫌そうな顔になった。

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