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イナカマチ番犬奇譚~嫌われ獣人の恩返し~  作者: 石動なつめ
第二章 結界に挟まれた侍
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第四話「三十路、四十路を越えて若様呼びなら、まだまだ若いと胸を張れる気がする」

 朝日がキラキラと差し込む若利の屋敷。その居間に、香ばしい焼き魚の香りが広がっている。


「うわあ……」


 独楽と信太は、その香りを胸いっぱいに吸い込んで、ほわっと嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 座卓の上に並べられているのは、ふっくらとした白米と、豆腐の味噌汁。胡瓜の浅漬けに、ほどよく焼かれた鮎である。

 正に朝、という言葉を体現したかのような朝食である。朝日に負けず劣らずキラキラと輝いて見えるそれに、独楽と信太はごくりと唾を飲み込んだ。


「これは夢ですか、まだ夢の中にいるのですか」

「ごちそうですー」


 独楽と信太は「いただきます!」と手を合わせ、食べ始める。

 目を輝かせながら食べる独楽達を見て、若利はニッと笑った。


「どうだ、お小夜(さよ)の飯は美味いだろう?」

「ええ、とても美味しいです! こんなまともな朝食、いつぶりでしょうか……!」

「小夜さまは良いお嫁さんになるですー」

「えへへ……」


 自慢げな若利の言葉に独楽達が力強く頷くと、向かい側に座った十歳ほどの少女がはにかんだ。

 彼女の名前は室町小夜(むろまちさよ)と言い、若利の家の住み込みのお手伝いさんである。若利曰く、少々引っ込み思案だが、若利の屋敷を一人で切り盛りしているらしい。

 昨日、若利に紹介された時にそれを聞いて、実際に見て、独楽は大層驚いた。小夜は幼いながらも、炊事、洗濯、掃除に裁縫と、一通りの家事をそつなくこなすのだ。凄いと、独楽は素直に感心した。


 独楽がそんな事を思い出しながら小夜を見ていると、ご飯のおかわりを求めていると思われたのか、


「おかわり、いりますか?」


 とコテリと首を傾げて尋ねられた。

 独楽はハッとしたあと、笑顔でご飯茶碗を差し出して「お願いします」とおかわりを頼む。

 それを見ていた若利も、三杯目のおかわりをしようと自分のご飯茶碗を小夜に向かって差し出した。


「うむうむ、お小夜は良い子であろう? よし、俺ももう一杯おかわりだ!」

「若様は食べすぎです」

「むう」


 だが素気無く却下された。二杯目をもぐもぐ食べる独楽に言えた事ではないが、さすがに食べ過ぎである。若利は「仕方ない」と肩をすくめた。

 若利と小夜のやり取りを聞いていた独楽は、ふと、その呼び方が気になった。


「若様、ですか?」

「あ、はい。昔から、皆そう呼んでいるんです。真頼様……あ、先代の区画主様のお孫様だからって」


 独楽が尋ねると、小夜がこくこく頷いて教えてくれた。真頼、という名前を聞いて、胸の内に懐かしさがこみ上げて来て、独楽の目がほんの少し優しくなる。


「……そうですか」

「いつまでも子ども扱いされている気分にはなるがな。だが三十路、四十路を越えて若様呼びなら、まだまだ若いと胸を張れる気がする」

「無理がありますー」

「信太の言葉が心を鋭角に抉って来る……」


 若利が胸を押さえて項垂れると、独楽は噴き出して楽しげに笑った。


「雇い主でもありますし、わたしもそう呼ばせて頂きます」


 独楽が若様呼びの仲間入りをすると宣言すると、信太も真似て「信太もするですー」と尻尾を揺らす。


「ふむ、そうか。どうせなら何か別の呼称も良いかと考えていたのだが」

「考えていたんですか? まぁ、ご希望の呼称があるならば、それでも構いませんけれど」

「む、そうか? それならば、スーパーわかと……」

「若様でお願いします」

「まだ全部言っていないだろう」

「言わせてはならない雰囲気を感じました」


 どうやら若利のネーミングセンスは独特らしい。

 独楽が真顔になって呼び方を却下すると、小夜が小さく噴き出した。




「それでは独楽、改めて仕事の話をして良いか?」


 賑やかな朝食を終えると、若利がそう切り出した。

 独楽は満腹感いっぱいの、まったりとした表情を引き締め、若利の方に向き直ると「はい」と頷く。


「募集のチラシに書いてあった仕事内容は確か、区画の見回りや護衛、でしたよね」

「ああ、そうだ。きみの言った通り、頼みたいのはイナカマチ区画の見回り防衛、場合によっては俺の護衛と……あと、神雷結界絡みの仕事なのだ」

「神雷結界絡みの仕事、ですか?」

「うむ。イナカマチ区画の神雷結界(しんらいけっかい)は覚えているか?」


 そう言われて、独楽は昨日の事を思い出す。

 若利の言う神雷結界とはパオロと対峙中に若利が貸してくれた烏玉の事だ。

 あの時、独楽が神雷を込めた事によって、神雷結界は発動した――――ように見えたのだが、実際は違う。あれは独楽が烏玉に神力を込めた事によって、弱まっていた神雷結界が本来の役割を果たし始めた、というものだった。


 神雷結界とは、その物によっては多少効果は変わるが、大体は神雷の発動者や、発動者が指定した対象に向けて『悪意』や『害意』や『敵意』などの感情を持ったものを、神雷結界の内側に入れない、というものである。

 少しでも悪意等を持っていれば、神雷結界を通り抜ける事が出来ないし、万が一中に入っても弾きだされる仕組みである。区画規模で張るにはかなりの神力が必要になるため、イナカマチ区画のような小さな区画で利用される事が多く、逆に大区画では利用される事はない代物である。


 だが、そんなイナカマチ区画の神雷結界は、独楽がやって来た時点ではすでに烏玉に込めた神力の枯渇によってほとんど効力を失っていた。全くのゼロではないが、多少無理をすれば『悪意』や『害意』を持った者――パオロなどのリベルタ区画の人間など――でも入る事が出来てしまう状態になっていたのだ。


「昨日の事で、一応は効力を発揮するようにはなりましたけれど、ボロッボロしていましたよね」

「うむ、ボロッボロしているのだ。きみのおかげで何とか持ち直したが、さすがにリベルタ区画のような事が頻発するのは困るのでな。そろそろ張り替えたいと考えている」


 それは確かにそうだろうと独楽は思った。

 区画の規模は、区画の強さにそのまま比例する。数は力とも言うだろうか。

 大規模な区画には広さの分だけ大勢の住人達がおり、その数で攻め入られてしまえば小規模な区画は手も足も出ない。

 万が一、小規模な区画に一騎当千の英雄のような存在がいたとしても、一人で大勢に対抗するには限度がある。それ故に小区画では、大区画に対抗する手段として神雷結界運用による防衛手段が用いられていた。


「そうですね。確かにいくら神力を込めたとしても、わたしが行ったのはあくまで神雷結界を維持するための神力の補充に過ぎませんから、神雷結界を張った当初の効力には戻りません。出来れば張り直す方が良いと存じます」

「きみもそう思うか。それで、先ほどの仕事の話に戻るのだが。その神雷結界を張り直す役をきみに頼みたいのだ」

「わたしですか?」


 振られた役割に独楽は目を丸くした。

 神雷結界はイナカマチ区画の守りの要で、かなり重要な部分である。それをつい昨日会ったばかりの独楽に任せたい、と若利は言ったのだ。

 さすがに独楽も困惑して、


「他に誰か神雷結界を張ることが出来る人はいないのですか? 若様でも?」


 と尋ねたが、若利は首を振って否定した。


「……俺の神力では、ここまでの規模の神雷結界を張ることが出来んのだ」


 神力は人によって溜められる容量(キャパシティ)が違う。独楽は多い方の部類に入るが、どうやら若利はそうではないらしい。若利の口ぶりからすると、神雷自体は使えるようだが、大規模なものを使うには容量不足なのだそうだ。


「だから神雷結界がなくとも守る手段を増やそうと考えて、その一環で人を募集してはみたんだ。だが今のご時勢、なかなか良い人材がいなくてな。それで、きみはどうかと思ったんだ」

「……うーん、神雷壁はよく使いますけれど、ここまで大きい結界はやってみない事にはなんとも。神力を込めるだけなら、量さえあれば誰でも出来ますけれど、発動には倍くらい神力が必要になりますからね」


 独楽は腕を組んで難しい顔で唸った。


「神雷壁か……そう言えば、あれは見事だったな」

「そ、そうですか? へへへ」


 若利に褒められたて、独楽はちょっと照れて笑った。独楽は前に働いていた場所でも神雷を良く使っていたが、それが当たり前に受け取られるようになってからは、こうして真正面から褒められた事が少なかった。なので若利に褒められて、素直に嬉しかった。

 若利はうむうむと何度か頷いたあと、


「うむ、実に漢らしい神雷壁だった」


 と言った。褒められているのは分かるのだが、素直に褒められてると受け取って良いか悩んで、独楽は「漢らしい……」と若干微妙な表情になる。だが直ぐに気を取り直して、話に戻った。


「神雷結界を張り直すためには、いったん結界を解く事になりますから、リベルタ区画のような連中がいると少し厳しいですね。張り直す際にそれなりに時間もかかるので、その間に攻め込まれてしまっては元も子もありません」

「張り直している間に、区画の守りを保つ必要がある、という事か」

「ええ。それと基本的に、神雷は神雷でしか対処が出来ません。よほどの武人や武術の達人ならば別ですが、対抗できる手段がなければ、あっという間に制圧される可能性が高いですよ」


 独楽の言葉に若利が苦い顔になった。リベルタ区画に攻め込まれた時の状況からして、まともに神雷を使える者はほとんどいないのだろう。それならば張り直すという危険を冒さず、今ある神雷結界を維持した方がまだ安全である。


「それならば、神雷を使える人を増やせば良いのでは?」


 二人の話をじっと聞いていた信太が、ふと、そんな事を提案した。


「「神雷を使える人を増やす?」」


 思わず独楽と若利の声がハモる。確かに神雷が使えなければ、使えるようにすれば良い。独楽はパチリと手を鳴らした。


「信太、グッドアイデアですよ。確かにそうですね、増やせば良い。若様、先ほど神雷を使える者がいない、と仰っていましたが、神力自体をお持ちの方はいらっしゃいますか?」

「確か以前に調べた時には、住人の半数はいたはずだな」

「おや、結構いらっしゃいますね」

「まぁもともと小さな区画だからな、半数と言ってもそれほど大人数ではないよ」


 人数にすれば多くはないと言う若利に、独楽は首を振った。


「それでも大丈夫です。正直、小さな区画ですから、もっと少ないと思っていたのですよ」


 神雷は便利な力ではあるが、誰もが使えるわけではない。まず前提条件として神力を貯める事が出来るか否か、というのが重要になる。

 神力とは例えるならば流れる水のようなものだ。その水を受け止める器がなければ垂れ流しになってしまう。

 だからこそ神力を貯める器が必要になるのだが、誰もがそれを体の内側に持っているわけではない。大きさは様々だが、器がなければ神力は溜まらず、神雷を扱う事は出来ないのだ。


「そうか、そう言って貰えると助かる」


 ほっとした様子の若利に、独楽はにこりと笑い掛ける。


「仕事の合間の時間を見て、希望者に神雷の扱い方を教える、というのは如何でしょうか?」

「ほほう、つまりそれは……つまり神雷教室、という奴だな! それは良い、何より面白そうだ!」


 何やら若利の心の琴線に触れたらしい。目をきらきらと輝かせる若利に独楽は小さく笑うと、神雷教室の予定を立て始めるのだった。

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