第三話「隙は隙でもこういう隙じゃない」
イナカマチ区画にある一際大きい屋敷。屋根の瓦の間に二つ並んだ鷹の羽の家紋を飾った旧家という言葉がふさわしいような、古く、大きな木造の建物だ。
その屋敷の庭に、独楽と若利、信太は連行されていた。
縄でぐるぐる巻きにされている二人と一匹の目の前には、帽子をかぶった白スーツの男が立っている。
男は跳ねた金髪を揺らしながら独楽達を見ると、ニコリと胡散臭い笑顔を浮かべた。
「これはこれは若利様。逃げながら女性(?)と逢瀬とは、ずいぶんと優雅なお身分ですね?」
「何か今、女性って所で疑問符が浮かびませんでしたか?」
「いやいや気のせいです、お嬢さん。それから可愛い子ぎつね君。初めまして、僕はパオロと言います」
パオロと名乗った男は帽子を取って、独楽に向かって恭しく頭を下げる。
独楽が「絶対に気のせいではなかった」と憮然とした表情をしている隣では、若利が縄に縛られたまま肩をすくめた。
「優雅な身分ならば、頭に蜘蛛の巣などつけて、縄でぐるぐる巻きにはされておらんだろうよ」
「おやこれは失礼、新しいお洒落だと思っておりました」
嫌味か皮肉か。どちらにせよ好意的な言葉ではないな、と独楽が思っていると、同じように転がされていた信太が、
「蜘蛛の巣をひっつけて、グルグル巻きにされていないのは、流行おくれです?」
と、パオロを見上げて首を傾げた。
その言葉に、独楽と若利が思わず噴き出した。パオロはと言うと、驚いたのかピシリと固まっている。
「…………しゃべった?」
しばらくして、ようやく動き出したパオロは呆然と呟いた。その目は信太に釘つけである。
その反応に妙に違和感を感じて、独楽が「ん?」と目を瞬いていると、
「何と! しゃべる子ぎつねとは珍しい! 魔獣ですか? この子は魔獣ですか!?」
と、飛び込むように信太の前にズサッと膝を突いた。
その勢いに信太がびっくりして目を丸くしていると、
「ああ、すごいですね! しゃべる上に可愛い魔獣とは、最高ではありませんか! ふむ、この姿はリベルタ区画にはいないタイプ、いやぁ実に見事! 実に見事です!」
などと、勢いよくまくし立ててくる。
パオロは先ほどまでの紳士然とした態度をかなぐり捨てて、とても興奮していた。目は爛々と輝き、鼻息も荒く、少々不気味だ。そんな様子で信太を舐めるように見えるパオロに、イラッとしたのは独楽だった。
「うちの信太を邪な目でみないでいただきたい」
「ああ、あなたが飼っている魔獣ですか? 素晴らしいです、欲しいです、下さい!」
「信太は魔獣ではありませんし、飼っているわけでもありません。ですが、うちの信太を邪な目で見ないでいただきたい」
「そうですか!? なら僕が貰って良いですか? いいですよね? ね?」
人の話を聞かずにまくし立てるパオロに、ついに独楽の苛立ちが限界点を突破した。
独楽はザッと立ち上がると、
「い・い・わ・け・が・あるかッ!」
と怒鳴りながら、パオロの横っ面目がけて回し蹴りを繰り出した。
にやけていたパオロは抵抗する暇なくキリモミして飛んでく。
それを見て若利がカラカラと笑って、独楽と同じように立ち上がった。信太はそんな二人の背後に回って、ぴょんと跳ねた信太が二人の縄を器用に噛み切る。
「信太は歯が強いんだな」
「えへん」
褒められた信太は誇らしそうに胸を張る。若利はしゃがむと、その頭をポンポンと手で軽く撫でて労った。それから半眼になって独楽を見る。
「きみ、作戦は?」
咎めるような若利の口調に、独楽はサッと視線を逸らす。
ちなみにリベルタ区画に捕まる前に話し合った作戦では、ひとまず捕まって隙を見て行動しよう、というものだったのだ。
「隙は見ましたよ?」
「隙は隙でもこういう隙じゃない」
「独楽さまと若利さまは両思いです?」
「そっちの好きも違いますよ、信太」
独楽達が呑気にそんな会話を続けていると、蹴り飛ばされたパオロがよろよろと体を起こした。上手い具合に顔にヒットしたようで、パオロの鼻からは血が垂れていた。
パオロはポケットからハンカチを取り出すと血をぬぐい、不快そうに独楽達を睨む。
「いきなり蹴り飛ばすとは、女性らしさの欠片もありませんね」
「変態に女性らしさを語らてもね」
「誰が変態ですか、失敬な! 僕はただ、三度の飯よりも魔獣が好きなだけです!」
パオロは心外な、と憤慨する。そして周りにいる部下に「ね!?」と同意を求めるが、部下達もそれぞれに多少思う所があったのかスッと視線を逸らす。パオロは地味にショックを受けて、再びがくりと地面に倒れ込んだ。
若利は何だか可哀想になってきて、パオロに気遣わしげな笑顔を向ける。
「きみは部下と一度しっかり話をした方が良いぞ? 良かったら、場所を提供してやろうか……?」
「やかましい!」
パオロがキッと目を吊り上げた。そして立ち上がりながら、腕にはめていた手袋を脱ぐ。
現れたのは生身の手ではなく、金色に輝く金属製の義手だった。
「義手?」
「ですね。でも、ただの義手ではないようです。烏玉がはめこまれています」
「ええ、そうですよ。これは我が主からいただいた、何よりも大事なものです。――――あなた方ごときに使う予定はありませんでしたが、致し方ありません」
義手を大事そうに撫でながら言うパオロに、独楽がちらりと若利を見る。
「あらら。ほら、あなたが怒らせるから」
「俺ではなくきみだと思うが?」
「みにくいなすりつけ合いです?」
責任を押し付け合う独楽と若利を、信太が無邪気に一刀両断していると、二人と一匹を無視してパオロが烏玉に神力を込め始める。
どうやらかなり怒っているようで、義手の烏玉にバチバチと迸る青白い光の勢いが心なしか激しい。
パオロはギロリ、と独楽達を睨むと、
「神雷槍・裂!」
と、神雷を発動した。
言葉と共に、パオロの周囲に無数の雷の槍が生まれる。雷の槍はぐるぐるとパオロの周りを回転したあと、ギュン、と弾丸のように独楽達に襲い掛かった。
その勢いにぎょっとした独楽は、奪われていた錫杖を取り返すと、勢いよく地面を突いた。そして若利と信太に自分の後ろに移動するように合図をすると、パオロと同様烏玉に神力を込める。
「神雷壁・盾!」
言葉と共に、キィン、と音を立てて光の盾が発動し、間一髪パオロの神雷を阻む。光の盾にぶつかって花火のように弾ける神雷の槍を見ながら、パオロが感心したように息を吐いた。
「ほう、イナカマチ区画の人間にも、まともに神雷を使える方が、まだいらっしゃったのですね」
「まだ? ……それこそまだ、わたしは正式にはイナカマチ区画の人間ではありませんよ」
「何?」
パオロは意外そうに目を瞬いた。どうやら独楽が和服を着ている事から、彼女がイナカマチ区画の人間であると判断していたらしい。
「わたしは一週間ほど前に、イナカマチ区画にやって来たのですよ」
「一週間ほど前……? ……もしかして、イナカマチ区画にお電話をいただきましたか?」
「…………しましたね」
「電話、受け取りました」
「そうですか。ぶっ飛ばしてやる」
手を挙げてパオロが言うと、ぶわり、と独楽の毛が逆立った。
「ぶっ飛ばすですか、本当に物騒な方だ。ですが、他区画の人間ならば、なぜ若様に肩入れするのです? これはリベルタ区画とイナカマチ区画の問題であって、あなたに何の関係もない事です」
「関係がありますよ。だってわたしは求人に応募するために、ここまでやって来たのですから」
「理由が薄っぺらいですね。では、うちがイナカマチ区画よりも良い給料で雇いますと言ったら、いかがです?」
パオロはにこりと笑って提案する。だがその目が笑っていない事は独楽も分かった。
「あなたはなかなかの神雷の使い手とお見受けしますが、一人でどうこう出来るものでもないでしょう? リベルタ区画には神雷使いが大勢いますし、言うなれば多勢に無勢です。ならば無理なんてせず、より良い条件を受け入れる方が賢い生き方ですよ」
「ふむ?」
腕を組んでパオロの話を聞く独楽を、若利は静かに見守っている。即座に否定されなかった事に気を良くしてか、パオロは話を続けた。
「僕は我が主のために、イナカマチ区画の要石を手に入れる必要があるのです。ですからまだ部外者でしたら、邪魔をしないでいただきたい」
要石とは、区画をこの世界に繋ぎ止める必要な、言葉通り「要の石」だ。簡単に言えば、世界と区画を繋ぐ磁石のようなものである。
要石がなくなればその区画は徐々に崩壊し、跡形もなく消え去る。
そして区画を奪うには、その区画の要石を手に入れて、神力で塗り替えて初めて『奪った』となるのだ。それをパオロ達は行おうとしているのである。
意気揚々と語るパオロに、独楽は小さく息を吐く。
「あなたの事情はどうでもよろしい」
独楽はバトンのようにクルクルと錫杖を回すと、シャン、と地面を突いた。錫杖の金の輪が跳ねると同時に、烏玉がキラリと揺れる。
「お断りします」
そしてはっきりと断った。若利がほっとした表情になり、パオロが分かりやすくため息を吐いた。
「そうですか、残念です。そこまで愚か者だとは思いませんでした」
「愚かかどうかは置いておいて。……どんなに御大層な理由があろうと、あなたはただの侵略者。やりたい事やりにここへ来たなら、言い訳なんかするもんじゃありませんよ、このすっとこどっこい」
軽く首を横へ傾け、独楽はにこりと笑う。パオロの額に青筋が浮かんだ。
「見てくれと同じく、随分とセンスのない言葉を使う方ですね」
「おや、これでも一張羅なんですけどね。ご不満でしたのなら仕方がない」
そう言うと、独楽が少し目を細め、フードを被った。すると、ふわり、と風が吹いたかのように独楽の髪が波打ち、フードの下に隠れて獣の耳と尻尾が現れる。
傍から見れば、ただフードが揺れただけだ。
だが、その違和感に、パオロは怪訝そうに目を細める。
――――その瞬間、独楽は地を蹴り、パオロとの距離を一気に詰めた。
「な!?」
鼻と鼻が触れ合うか、触れあわないかの距離。独楽はパオロの眼前で悠然と笑う。
月のように光る金の目に、パオロがヒュッと息を呑んだ。
「失礼!」
独楽は握った錫杖を、ガンッと力強く地面に突き刺す。そして錫杖を軸に勢いよく回転し、その足でパオロを思い切り蹴り飛ばした。
「ぐあッ!」
パオロは再び吹き飛ぶと、木の幹に勢いよく背を打ち付けた。ざわめく部下達が、各々神雷の発動を試みようとする中、若利が独楽の名を呼ぶ。
「独楽! これを!」
そして独楽に向かって、烏玉を投げて渡した。独楽は軽々とキャッチして、フードの下の獣耳と尻尾を引っ込める。
「これは?」
「神雷結界の烏玉だ! それを使え!」
独楽は投げ渡された烏玉を見る。独楽が錫杖につけている物よりも一回り大きい烏玉だ。
しかもただ大きいだけではなく、烏玉の質がとても良い。星を閉じ込めたかのような光沢を放つそれを見て、独楽は頷いた。
「ありがたくお借りします!」
そして独楽は烏玉に神力を込めていく。そうすると、僅かに空が震えた様に錯覚した。
「ん?」
独楽は首を傾げたが、とにかく先にと烏玉に神力を込め続ける。
すると、烏玉を中心に、ぶわり、と半透明なドーム状の光の壁が現れた。
神雷結界である。その神雷結界は、独楽の予想を超えて、ぐんぐんと広がって行く。
「あれっ」
独楽は素っ頓狂な声を上げた。思っていた神雷結界の反応と違うからだ。
「ナゼ」
頭の上に疑問符が浮かぶも、今さら止められるはずもなく。
神雷結界は独楽の意志とは正反対に、ぐんぐん広がっていき、パオロ達の方へと迫って行く。
「は、え!?」
「ぱ、パオロ様! これ、何か……うえ!?」
神雷結界に触れたパオロや、パオロの部下達は、独楽達とは違ってその壁をすり抜ける事なく、ぶつかってどんどん押し出されて行く。
「ちょ、えっ待って、あれっ」
あっという間に遠ざかり、聞こえる声も小さくなっていくリベルタ区画の人間達を、独楽はポカンした顔で見送る。
もう安全だという事が分かった信太は、独楽の足元までテトテトと歩くと、何やら楽しげに尻尾を揺らした。
「お、お……覚えてろ!」
最後に聞こえたのはその言葉だった。古くからの悪役お決まりの捨て台詞を吐いて、パオロ達は米粒ほどになり、やがて見えなくなった。
「うむ、オーソドックス」
「……何だかえらい事になりましたが、何ですか今の」
「うむ、あれがさきほど話したイナカマチの守りの要だ」
「あー」
合点がいったように独楽は数回頷いた。どうやらあの神雷結界は、結界を使った相手に、悪意や敵意があるものを阻むタイプの神雷のようだ。
「感謝するぞ、独楽。見事な神雷結界だ」
「もしかして確信犯ですか?」
独楽が半眼になって言うと、若利は楽しげにカラカラと笑った。
「こうなれば良いとは思ったが、思った以上に神雷の使い手だったようで、俺は嬉しいぞ」
「褒められているはずなのに素直に喜べないのは何故なのか」
こめかみを抑える独楽に、若利はスッと頭を下げた。
「二度目だな。改めて礼を言わせてくれ。イナカマチ区画の区画主として、奴らを区画から追い出してくれた事、感謝する」
区画主とは、いわゆる村長だとか、市長だとか、そういう代表者の事だ。区画にはそれぞれ区画主と呼ばれる役職の者がおり、彼らが区画を守っている。「守る」とは政治的な意味だけではなく、区画をこの世界に意地するため、という物理的な意味も含まれているのだが。
「あなたが……区画主、ですか?」
区画主、と言う所で独楽は意外そうに目を丸くした。若利が区画主に見えない、というよりは、区画主が若利だった事自体に驚いているようだった。
「ああ、そうだ。だからな、独楽。先ほどきみがいった、求人の件だが――――きみがまだ心変わりしていなければ、是非雇わせてもらいたい」
若利は独楽の目を真っ直ぐに見つめ、手を差し出した。独楽は僅かな間の後で、若利と、差し出された手を交互に見た後、その手を握る。そしてニコリと笑った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。有難いですし、ついでに乗りかかった船でもありますからね!」
「海苔がかかった船は美味しいです?」
「船は食べられぬと思うぞ」
無邪気に尋ねる信太に思わず噴き出しながら、独楽と若利はカラカラと笑ったのだった。




