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イナカマチ番犬奇譚~嫌われ獣人の恩返し~  作者: 石動なつめ
第五章 イナカマチの番犬
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第十六話「これが、神雷結界を張った人が、命がけで込めた想いです」


 イナカマチ区画の外、リベルタ第五区画――――元カザミ区画との境界線で、パオロが懐中時計を見ながら眉間に皺を寄せていた。


「時間を指定しておきながら、遅れるとは……まさか途中でやられたか?」


 神雷結界を見上げながらパオロが呟く。


「商人を使って催促したのは上手くいったようですが、天津は本当に、イナカマチ区画の要石を手に入れたのでしょうか?」

「さて、手に入れた、という報告は貰いましたが……」


 未だに顕在する神雷結界に、パオロの部下達は疑わしそうな目を向ける。


「何、虚偽の報告をしたならば、それなりの対処をするだけです。カザミ区画の要石は、ここにあるのですからね」


 パオロはカザミ区画の要石を手の中で遊ばせながら、冷酷に言う。それなりの、という言葉には、恐らく住人たちの事が含まれているのだろう。


「パオロ様、来たようです」


 そうしていると、双眼鏡をのぞいていた部下の一人が天津の到着を報告する。少し待っていると、部下の言葉通り天津が現れた。天津はイナカマチ区画の区画主である若利を縄で縛り、白い大きな獣をひきつれてやって来た。

 予想外のものを連れている事に――特に白い獣の方に――警戒しながらパオロが天津に声を掛ける。


「遅かったですね」

「少々、予定外の事が起きたのでな。心配せずとも、要石はここにある」


 そう言って天津が、イナカマチ区画の要石をパオロに見せるように持ち上げた。パオロはそれを見て満足げに頷く。


「ふむ、それは何よりです。……ところで、その魔獣は?」

「イナカマチ区画の魔獣でござる。其方は他の区画に魔獣を放り込むのが好きなようなのでな、手土産だ」

「それはまた良い心がけですね。……ああ、魔獣にしては良い毛並です」


 天津が嫌味を混ぜて言ったが、パオロは全く気にしていないようだった。パオロは白い獣に近づくと、うっとり、とした表情で手で撫でる。その様子が気持ち悪かったのか、白い獣は心底嫌そうな顔になった。


「――――それで、ついでに若様も捕えて来たと」


 白い獣の毛並みを堪能していたパオロは、思い出したように若利を見た。ついで扱いに、むう、と若利の目が細まる。


「其方らは他の区画の者たちがいくら傷つこうが構わぬようだが、某はそういう事は好かぬ。穏便に物事を運べるならば、それに越したことはござらん」

「区画主に説得でもさせる気ですか? ……まぁ、良いでしょう。こんにちは、若様。随分と惨めな姿ですね」


 パオロが若利を見下ろし、馬鹿にしたように言う。若利はその視線を受けて、不敵に笑って睨み返す。


「ふむ、俺の惨めの基準と、きみの惨めの基準では随分と差があるようだ。陳腐な台詞しか言えぬきみの方が、よほど惨めだ」


 その言葉が勘に触ったらしく、パオロが足で若利の顔を蹴り飛ばす。その瞬間、白い獣からぶわり、と殺気が放たれる。


「ん?」


 向けられた殺気にパオロが顔を向けるより早く、慌てたように天津がずい、と右手を差し出した。


「……それより! パオロ殿、約束でござる。カザミ区画の要石を返して頂こう」

「イナカマチ区画の要石が先ですよ」

「そう言って裏切るつもりでござろう?」

「信用がないですね……ほら」


 肩をすくめてパオロが要石を見せる。僅かに光を放つそれに、天津は「本物だ」と頷いた。


「では、これがイナカマチ区画の要石でござる」

「……烏玉ではないですか?」

「この烏玉の中に要石があるのでござるよ」


 天津はイナカマチ区画の要石を太陽に翳して見せる。パオロは興味深そうにそれを覗き込んだ。

 この烏玉はイナカマチ区画の神雷結界の烏玉だ。その中に要石が入っているのである。パオロはこの烏玉が何の神雷かは分かってはいないようだが、興味をそそられるものではあったようだ。


「ほお、これはまた面白い事になっていますね。……では、お約束通り、カザミ区画の要石はあなたにお返しします」


 パオロはカザミ区画の要石を差し出す。天津はそれを見た後、同じようにイナカマチ区画の要石を差し出した。

 お互いにそれを見て頷いた後、同時に、それぞれの手の要石を掴む。


「確かに」


 天津はようやく手に戻ったカザミ区画の要石を、ぎゅうと大事そうに握りしめた。

 パオロはそれを見ながらニコリと微笑む。


「――――それでは、約束も果たした事ですし。あなた方にはここで退場願いましょう」


 スッと手を挙げると、パオロの背後に控えていた部下達が、天津と若利に揃って武器を向けた。それを見て天津の顔が険しくなる。


「何だと?」

「そうして、もう一度カザミ区画の要石を奪わせて貰います」

「約束が違う!」

「違いませんよ、一度はちゃんと返したではありませんか」

「卑怯者が……!」

「おや、ちゃんと約束は守っているのに、酷い言われようです」


 わざとらしく肩をすくめ「心外です」とパオロが言う。そのやりとりを聞いていた若利はふん、と鼻で笑った。


「物は言いようだな」

「何とでも仰い。どの道、カザミ区画があなたの手に戻った所で、あんにな小さくて弱い区画、うちでなくても直ぐに他の区画に奪われてハイ、オシマイですよ」


 天津が要石を持った手を強く握りしめる。これは先日、彼が若利に言った言葉と同じだ。今のパオロの言う通り、カザミ区画が手に戻ったところで、直ぐに他所の区画に奪われる。


――――今のままでは。


「はて、さて。そうはいかぬと思うぞ?」


 パオロの言葉を若利は笑い飛ばした。


「何?」


 怪訝そうに眉を顰めるパオロを無視して、若利は名前を呼んだ。


「――――なぁ、独楽」


 同時にぶわり、と風が吹く。

 次いで獣から人へと変化した独楽が、錫杖を叩きつける勢いで相手の胸倉に飛び込んだ。


「貴様、どこから!?」


 虚を突かれたように目を見開くパオロに、独楽はニッと笑って見せる。

 そうして腹の底から、その場の空気を震わせるように、高らかに、高らかに声を張り上げる。


「神雷壁――――」


 独楽の錫杖についた烏玉に神力が巡る。バチバチと強い光を灯す。

 パオロはハッとして距離を取ろうとするが、遅い。


「――――盾!」


 独楽の言葉に呼応し、烏玉が強く光る。言い終えた瞬間、キィン、と音を立ててその光と同じ色を帯びた光の盾が現れ、独楽を中心に、地面と水平に、広く、広く広がる。


「ぐあっ!?」


 腕の中から広がる盾に、パンッと弾かれるように強制的にパオロの腕は開かれた。

 その衝撃でパオロの手も開かれ、握られていたイナカマチ区画の要石が宙に跳ぶ。縄を解いた若利が、地を蹴り飛ぶと、はしっとそれをキャッチした。


「貴様ら!」

「俺たちは何の約束もしておらんのでな。――――返してもらったぞ!」

「くそ、取り戻せ!」

「取り戻すというのは、其方が言うには相応しくない言葉でござるよ!」


 天津が刀を振るい、リベルタ区画の者達を地面に沈めて行く。

 倒れて行く部下達を見てパオロが怒声を上げた。


「こんな事をしてカザミ区画の者がどうなるか分かっているのか! 直ぐにリベルタの本区画から……」

「それはご心配なく! リベルタ区画からの増援が来る前に、神雷結界をぐぐんと広げてやれば良いだけの事ですからね!」


 独楽の言葉に若利は笑い、天津は驚きに目を見張る。


「はっはっは。違いない!」

「で、出来るのでござるか?」

「まぁ、やりようは幾つもありますよ。守りの神雷は、ちょっと得意です。それに何たって、カザミ区画はお隣さんですからね!」


 区画が隣同士なら何とかなると言う独楽の言葉で、天津の顔に喜色が浮かぶ。反対に般若のように顔を歪めているのがパオロだ。


「カザミ区画を、貴様らが傘下にいれるという事か?」

「傘下、とは意味が意味が違うな。違う区画同士でも手を取り合う事は出来る。お互いに相手を尊重し合える事が出来ればな」

「――――ここで奪われては、主様に申し訳が立たない。カザミ区画の要石も、イナカマチ区画の要石も、リベルタ区画の物だ!」


 怒鳴りながらパオロが義手を向け、仕込んである烏玉に神力を込める。バチバチと光る神力が無数の光の槍を作り出し、三人に向かって襲い掛かった。


「若様、甘栗さん、下がって下さい!」


 独楽は二人の前に立つと錫杖を向け、神雷壁を展開し、パオロの攻撃を受け止める。かつて天津に向けた時よりも、強い光を帯びた頑強な神雷壁。他者を守るためだけに全てを賭けた、独楽が最も得意とする、渾身の神雷壁である。

 早々簡単に破られるものか。若利がニッと笑うと、扇子を開いた。それと同時に、扇子についた烏玉にバチバチと光が灯り出す。


「神雷相乗」

 神雷の効果を強化する、若利の得意とする補助の神雷だ。その支援を受けて独楽の盾がより強力になる。大きく広がる神雷壁は、イナカマチ区画の神雷結界にまで跳びかねない攻撃を全て防いでいく。


「馬鹿な!?」


 有り得ない、とパオロが驚愕する。攻撃が止んだ瞬間、神雷壁から天津が飛び出した。


「――――御免!」


 そして刀の背で、脳天からパオロを殴りつけた。パオロは声すら出せずに白目を剥き、吸い込まれるように地面へと倒れ込んだ。


「パオロ様!?」


 その様子に部下達が青ざめ、慌て出す。天津は倒れた司令官を見て右往左往する彼らに向かって言う。


「何、死んだりはしておらんよ。――――多分」

「わたしは思い切り蹴り飛ばされて、骨が大ダメージですからね。怪しいもんですが……まぁ、それはそれとして」


 独楽がにこりとパオロの部下達を見る。


「どうします? わたしとしては降伏をオススメしますが――――」


 ふと、独楽に獣の耳と尻尾が生える。ゆらりと揺れる。


「某はかなり腹が立っておるゆえ、報復はしたいところでござるが――――」


 独楽の隣に、刀を手に持ったままの若利が並ぶ。威圧感、とでも言うのだろうか。パオロの部下達の顔色がみるみる悪くなっていく。

 若利はパオロから武器を奪って縛り上げながら、


「どちらでも構わんぞ? 俺もなかなかに腹が立っておるのでな?」


 と、畳みかけた。

 パオロの部下達は顔を見合わせると、我先にと地面に武器を投げ捨てたのだった。




 パオロ達を縛って大人しくさせたあと、独楽はまず先に神雷結界の張り直しを決行した。

 彼ら以外にもイナカマチ区画を狙っている者がいるかもしれないが、直接的に手を出して来たのは今の所リベルタ区画のパオロたちだけである。ならば、その元凶たちが目を回している間にさっさとやってしまおう、なったのだ。

 若利から烏玉を受け取って神雷結界を解除すると、パチン、とシャボン玉のように結界が弾けた。そしてふわり、ふわりと神力が光の雪のように降る。


「美しいでござるな……」


 それを見上げて天津が呟く。浮世離れした光景に、まだパオロの部下の数人も呆けた顔をしてそれを見上げていた。


「そうでしょう? これが、神雷結界(これ)を張った人が、命がけで込めた想いです」


 独楽が懐かしむように言った。その隣に立った若利が、手のひらを上に向ける。その手に光の雪が舞い降りる。光の雪は手に触れたとたんに、本物の雪と同じく溶けて消えた。

 ただひとつ違ったのは、その光の雪はとても温かいものであったという事だ。


「さて、それでは行きますね」


 光の雪が降り注ぐ中、名残惜しそうにそれを見ていた独楽は、そう言って烏玉を手に握った。

 その独楽に、天津が待ったをかける。


「ああ、独楽殿。少し待って下さらぬか」

「どうしました?」


 独楽と若利が「何だろうか」と揃って天津を見ていると、彼は取り戻したばかりのカザミ区画の要石を若利に差し出した。

 意図が分からず若利は首を傾げる。


「これは?」

「お恥ずかしい話だが、某は神雷を使えない。――――リベルタ区画の前に、この要石を染めていたのは先代の区画主でござる。だから若様、どうかこの要石を染めてはくれぬだろうか」 

 若利は目を丸くする。そう言えば、確かに天津はそう言っていた。

 カザミ区画の要石に込められた神力は、まだ区画が崩壊するほど少なくはなっていない。恐らく、相当の量を込めてから天津に渡されたのだろう。

 イナカマチ区画の神雷結界のように。


「リベルタ区画から取り戻すには、カザミ区画の区画出身者の神雷で要石を染めねばならん。しかし、今のカザミ区画にはそれが出来る者がおらんのだ」

「カザミ区画は神雷を使える者がいないのですか?」

「いるには、いる。だが、ごくごく弱い力しか出せないのでござるよ」


 そう言って天津は目を伏せた。

 確かに神力の容量(キャパシティ)は人それぞれだ。独楽のように多い者もいれば、天津のように全く持っていない者もいる。神力の容量によっては、持っていたとしても神雷を使えないという者ももちろん存在する。カザミ区画はそういった者ばかりなのだと天津は言う。


「だからこそ、あっさりと奪われた。……今後は分からぬが」


 そこまで言うと、天津は若利に向かって腰を折り、深く頭を下げた。


「だがいずれ、きっと強い神力を持った者が現れる。某はそう信じておる。だから若様、それまで、どうか――――カザミ区画の要石を預かっていては下さらぬだろうか」


 若利は要石と天津を交互に見て、問いかける。


「良いのか? カザミ区画を取り戻すために、きみは行動して来たのだろう? 俺がリベルタ区画のように要石を返さなかったらどうするつもりだ?」

「若様はそんな事はなさらぬよ。それに、もしもその時は、正々堂々、挑むでござる。――――他区画と渡り合えるように、力だけではないものを学んで」


 そうはっきりと言った天津の目に曇りはない。若利は「分かった」と言ってカザミ区画の要石を受け取ると、ゆっくりと神力を塗り替えて行く。


「おや」


 独楽は小さく呟いて空を見上げた。流れていた空気に変わったからだ。その空気を吸い込んで若利と天津を見る。

 独楽の視線に気づいた二人は応えるように頷いた。


「それでは行きます」


 改めて独楽は烏玉に集中した。バチバチと迸るそれに、強く、もっと強くと、独楽は烏玉にありったけの神力を込めていく。


「――――」


 その時、若利が目を見張った。

 独楽のその姿に、誰かの姿が重なってみえたのだ。


(真頼ばあちゃん……)


 目を瞬いたあと、若利は何やら合点がいった顔になる。


「若様、どうしたでござる?」


 天津に尋ねられた若利は、


「いや。何、ちょっとな」


 と言って小さく笑った。

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