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第十三話「――――何だ。出来るではござらぬか、そういう表情も」


 祭り提灯によって明るく彩られた広場には、事情を聞いたイナカマチ区画の住人達が集まっていた。

 彼らはその手に、缶ジュースや酒、焼きそばなどを持って、すっかり観戦ムードである。

 お祭りの最中であったから、すでに一部では酔っぱらって顔を真っ赤にしている者もいた。


「何だってこんな事に……」


 独楽は沈痛な面持ちで、ギャラリーを見て呟いた。

 事情を聞いた住人達からは、すでにお祭りの出し物の一つ扱いである。

 独楽としても、深刻過ぎる扱いでは、祭りに水を差すので申し訳ないとは思っていたものの、逆にこれはこれで、何とも言えない気持ちになって来る。

 そんな事を考えている独楽に、若利は笑って言う。


「まぁ、良いではないか、良いではないか」

「若様、それ悪代官の台詞ですよ」

「ふむ、悪代官か。それならばここはひとつ、帯回しでもするか?」

「結構です」


 悪乗りする雇い主に、独楽は肩をすくめた。何やらとても楽しそうな様子である。

 独楽が恨めしいそうに「むう」と口を尖らせていると、天津が準備を終えたようで、声を掛けた。


「さて、そろそろ時間でござるな。独楽殿、そちらの準備は出来ているでござるか?」

「ああ、ええ、もう好きにして下さい……」


 半ば投げやりに答える独楽に、天津は「うむ」と頷いた。

 先ほどよりも、顔の赤さは薄れている。酔い完全に醒めているというわけではなさそうだが、酒には強いようで、天津の足取りはしっかりとしていた。


「神雷を好きに使っても構わぬでござるよ。某も本気で行こう」

「いや、本気でと言われても……」


 天津の本気は、あまり相手にしたくないものである。

 どうしたものかと考えている独楽を他所に、審判である若利が、扇子を軽快な音を立てて閉じた。


「それでは両者、準備は良いようだな」

「はい」

「うむ」


 独楽は力なく、天津ははっきりとした声で応える。

 二人は広場の中央まで歩くと、それぞれに距離を取って立った。そしてお互いに向かい合うと、独楽は錫杖を構え、天津は刀の柄に手を当てる。

 若利は二人の様子を確認すると、手に持った扇子を天高く掲げ、


「それでは――――始め!」


 と、高らかに試合開始を宣言した。

 その声に、先に動いたのは天津だった。


「こちらから行かせてもらうでござるよ!」


 すらりと刀を抜き、地を蹴り、独楽に向かって突進する。

 速い。

 あっという間に独楽の目の前に現れた天津は、刀を力任せに振り下ろす。


「ぐっ」


 独楽は天津の一撃を錫杖で受け止める。その威力と衝撃に、錫杖の金の輪と烏玉が揺れる。シャン、と鳴る涼やかな音とは正反対に、独楽は顔を歪めた。


「こ、んの!」


 たまらず独楽が神雷壁を発動させと、キィン、とを立てて現れた円状の半透明な盾が、天津の刀を押し返した。

 だが天津は押し返されても、押し返されても、攻撃の手を緩めなかった。力任せに振り下ろし続ける天津の攻撃に、気が付けば独楽は防戦一方になっていた。


「その程度でござるか、独楽殿の力は!」


 何度も何度も振り下ろされる天津の刀に、神雷壁にヒビが入り始める。

 基本的に神雷は物理では破る事が極めて難しい代物である。にも関わらず、天津の攻撃は独楽の神雷を押しているのだ。相当の馬鹿力である。

 独楽がギリ、と奥の歯を噛みしる。


「これで某の刀を防ごうとは、片腹痛い!」


 天津が怒鳴り、力任せに神雷壁を薙ぎ払う。その一閃が、光の盾を粉々に打ち砕いく。

 砕け散った神雷壁の破片が、硝子のように独楽と天津を映す。驚愕に目を見開く独楽を前に、それでも天津は止まらない。


「独楽殿、御免!」


 天津は独楽が体勢を立て直すより早く、その体を蹴り飛ばす。独楽の体は大きく飛び、勢い良く屋台へとぶつかった。

 屋台はぐしゃりと崩れ、独楽はその中に埋もれる。


「ぐう……!」


 何とか意識は保っているものの、蹴られた脇腹に激痛が走り、独楽は顔をしかめた。


「独楽さま!」


 信太の悲鳴が上がる。駆け寄ろうとする信太を、小夜が慌てて抱き上げて止めた。

 住人たちからも「少しやり過ぎでは」という声もちらほら聞こえ始める。


「若様……」


 小夜が心配そうに若利に声を見上げる。だが、若利は止めようとはせず、


「大丈夫だ」


 と、真っ直ぐに二人を見つめたまま言った。

 その視線の先で、独楽は「馬鹿力め……」と咽ながら体を起こした。

 口の端からはたらり、と赤い血が滴る。屋台にぶつかった時の衝撃で、口の中を歯で切ったのだろう。じわりと広がる鉄の味を感じながら、独楽は服の袖で口元を拭った。 


「ああ、くそ。何でこんな事になっているんだ、本当……」


 痛む脇腹に手を当てて、独楽はきつく目を閉じた。

 

「……脇腹は痛いし、体のあちこち痛いし、何かもう痛いづくしですよ……ああ、でも」


 でも不思議と、石を投げられた時よりも痛くは感じなかった。

 痛みの種類は似たようなものだと思うが、あの時と今と何が違うのか。

 ふっとそんな事が頭に浮かんだ時、独楽の耳に()が届いた。


「独楽さまー! がんばれーですー!」

「独楽さーん! がんばれー!」


 信太と小夜の声援だ。

 独楽はうっすらと目を開けて、そちらを見た。小さな体を揺らし、両手を握りしめながら、信太と小夜が声を掛けてくれている姿が見えた。

 その声はだんだんとギャラリーに広がって行く。

 あちこちから独楽を「頑張れ」と応援する声が聞こえた。


「がんばれー!」

「無理すんじゃないぞー!」


 独楽は何かを言いかけて、口を開けた。だが上手く言葉にはできなかった。

 その代わりに、目の奥に熱が競り上がって来るのを感じた。


(何だこれ)


 そう思いながら、独楽は壊れた屋台の中から、ゆっくりと立ち上がった。


(何だこれ)


 熱に煽られ、心臓の音までもが強く聞こえる。

 独楽は手に持った錫杖を握りしめる。


「――――何だ。出来るではござらぬか、そういう表情(かお)も」


 独楽の表情を見て、天津の口元が少し上がる。


 その、瞬間だ。


 唐突に、天津の目の前に、獣の耳と尻尾を生やした半獣姿の独楽の姿が(、、、、、、、、、)あった(、、、)

 天津がぎょっとして目を見開く。

 瞬きするほどの時間。まさに一瞬で、独楽があの距離を詰めたのだ。

 先ほどの意趣返しのように、今度は独楽が錫杖を振り下ろす。天津はそれをギリギリで受け止めた。


「ぐっ」


 ここへ来て初めて天津の顔が歪む。先ほどと比べて、独楽の力と速度が増しているのだ。


「なるほど、これは厄介でござるな!」


 天津は力任せに独楽を振り払って距離を取る。

 弾かれた独楽は、すう、とまるで地面に吸い込まれるような柔らかい動作で着地した。ふっさりとした尻尾が優雅に揺れる。


「まさか神雷壁を砕かれるとは思いませんでした」

「某には神雷がないのでな。刀一本で戦える術を学んだ結果でござる」


 神雷というものは、生身でどうこうできるものではない。どちらかと言えば神雷は自然現象に近い。

 神雷を生身でどうこうしようなど、生身で落雷に撃たれに行くようなものだ。

 それを天津は行っている。恐らく相当に努力を重ねたはずだと、独楽は素直に感心した。


「獣人は一部でも獣の姿を取ると、神雷が使えなくなるんですよ」

「そんな情報を某に話して良いのでござるか?」

「いえ、礼儀だと、思いまして」


 独楽の言葉に、天津は目を丸くする。そうした後で豪快に笑った。


「はっはっは! それは、律儀でござるなぁ」


 笑う天津に、独楽は言う。


「バケツプリンが良いですね」

「急に何でござるか?」

「ほら、勝ったらのアレですよ」

「もう勝った気でござるか? なかなか自信家でござる、な!」


 横一閃、天津が刀を薙ぐ。独楽は錫杖でそれを受け止めた。

 ギリギリと競り合う中、独楽と天津はごくごく普通に会話を続けている。見ている側が「試合中に何をやっているんだ?」と思うくらいに、普段通りの日常会話だ。


「目標があった方がやる気が出るアレですよ! あ、ついでにきつねうどんもお願いします」

「増えた!?」

「一つとは言っていないですから、ね!」


 今度は独楽が錫杖を力任せに振い、天津から距離を取る。弾かれた天津だったが、直ぐに体勢を立て直し、刀を構えた。

 気が付けば、ちょうど最初に二人が立っていた位置に戻っていた。

 仕切り直しだと言わんばかりに、二人は静かに得物を構える。


「では」

「いざ」


 短く言葉を交わした後、二人は同時に地を蹴った。

 最後の勝負だと、誰の目にも分かった。錫杖と刀、二人は武器が交差する。


――――次の瞬間、高い高い音がして、錫杖と刀が宙を舞った。


 そしてそれらがガチャンと地面に落ちると、独楽と天津はほぼ同時に倒れ込んだ。


「そこまで! ――――これは、引き分けだな」


 若利が立ち上がり、試合終了の声を上げる。

 ギャラリーからワッと声が上がった。


「ハラハラしたー!」

「あたしゃ十年寿命が縮んだよ」

「十年も縮みゃあ墓の中じゃねぇか」

「甘栗さんのいじめっこー!」

「いやいや、真剣勝負ってのはああいうもんだろうよ」

「独楽さん、尻尾モフモフさせてくださいー」

「独楽さまー、ここの人達、獣人の事知らなったですー」

「あっこら、しー!」


 大変賑やかである。独楽と天津は仰向けになって、その声を聞きながら笑った。

 二人とも汗が滝のように流れている。だが不思議とその表情は晴れやかだった。


「あーあ、わたしのバケツプリンときつねうどんが」

「勝った時の事を言うと負けるフラグは、どこでも共通でござるな」

「いやいや、まだ負けていませんよ? ところでフラグって何です?」

「戦場から帰って来たら結婚しようっていうアレと同じ意味でござる」

「甘栗さん結婚するんですか?」

「伝わらぬか。まぁ、バケツプリンときつねうどんなら、そのうち作るでござるよ」

「やった」


 独楽と天津が和やかに話していると、そこへ若利と信太が駆け寄って来た。


「良い試合だったぞ」


 若利にそう言われ、独楽と天津は気の抜けたような顔で笑う。


「……ご迷惑を、おかけしました」


 その途端、独楽の腹の虫が鳴る。独楽は仰向けのまま真っ赤になった顔を両手で覆った。


「はらへりです?」

「この姿になると燃費が悪いんですよ……そう言えば、イカ焼きしか食べていませんでした」

「あっはっは。あっちでまだ屋台やっているぞ」

「えっ本当ですか。ちょっと行ってきます」

「独楽さま、信太は油揚げが食べたいですー」

「稲荷寿司ならあったような」

「やった、行きましょう、信太」

「わーい!」


 独楽は体を起こすと、照れくささを誤魔化すように駆け出した。耳と尻尾を出したままの独楽を、信太がぴょんぴょん跳ねて追いかける。

 ふと、一瞬、信太が足を止めた。何やら地面に視線が向けられている見ている。信太の足音が聞こえなくなった事に気が付いた独楽が振り返り、信太に声を掛ける。


「信太、置いて行きますよ」


 信太はピン、と尻尾を立てると、その落ちている何かを咥え、独楽を追った。


「やーですー」

「あ、まってー!」


 独楽と信太が走って行くのを見て、小夜や他の子供達もついて行く。先ほど独楽の尻尾がどうのと言っていた者も混ざっている所を見ると『モフらせて』貰うためだろう。させてくれるかどうかは別ではあるが、その様子を想像して若利はくつくつ笑った。

 独楽達を見送った後、若利は「ふう」と安心したように息を吐いて、天津の隣に腰を下ろす。 


「甘栗、感謝する」

「突然、何でござるか?」

「わざと悪者になってくれたのだろう?」


 若利の言葉に、天津は数回目を瞬いた後、


「…………そうでもないでござるよ」


 と、バツが悪そうに視線を逸らし、取り繕ったように笑った。

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