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イナカマチ番犬奇譚~嫌われ獣人の恩返し~  作者: 石動なつめ
第三章 夏の祭りと逢魔時
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第十話「覚悟はよろしいか、御一同」


 夏祭りの会場であった村の広場のあちこちで、悲鳴が響く。出来上がっていた屋台や櫓も無残にも倒され、破壊されていた。

 その音の中心では、狐と虎を掛け合わせたような中型の魔獣が暴れ回っている。

 数にして十数匹。魔獣達は牙を向き、爪を光らせ、見境なしに襲い掛かっていた。


「女子供とを先に逃がせ! 動けねぇ奴には手を貸してやれ!」


 その混乱の中で、源三を始めとしたイナカマチ区画の男衆が、農具を振り回しながら懸命に応戦していた。

 さすが農家と言ったところか。普段から害獣を見慣れているようで、魔獣に睨まれても怯まない。


「源三!」

「おお、若様! ご無事でしたか!」


 そこへ独楽達が到着した。

 若利が呼びかけるのと同時に独楽が、信太を肩に乗せたまま神雷壁おを展開し、源三達を魔獣から守る。

 だが如何せん数が多い。神雷壁で防いだ横から魔獣がすり抜け、独楽に跳び掛かった。


「ギャン!」


 その魔獣の顔面を、若利が手にしていた扇子で打った。魔獣は悲鳴を上げて後ずさる。

 鉄扇ではないようだが、しっかりとダメージを与えられている所を見ると、ただの扇子というわけでもないようだ。


「良い素材を使ってらっしゃる!」

「祖母の手製だ」


 独楽が褒めると、若利がニヤッと笑った。なるほど、それなら納得だと独楽は思った。

 独楽達はそのまま源三達の所まで駆け寄った。源三たちは若利の姿を見て、表情を少し明るくする。


「助かりました、若様、独楽さん」

「いいや。遅くなってすまない、こちらの状況はどうなっている?」

「怪我人はおりますが、動けないほどの奴はいません。今は女子供を避難させているところです」

「そうか」


 大怪我をしている者がいない事を聞いて、若利はほっと息を吐く。

 この混乱する状況で、未だ重症者がいない事に、独楽は素直に感心した。何かあった時のためにと、普段から訓練されているのだろう。


「ただ、魔獣の数が多くて手が回らんのです。一匹一匹は、何人かで抑え込めば良いんですが……」


 言いながら、源三は魔獣に目を向けた。

 先ほど若利の攻撃を受けた魔獣だ。その周囲には、ダメージを負った魔獣を庇うように、数匹の魔獣が集まっている。


「あんな様子で、一匹を相手にしていても、すぐに他の魔獣が寄って来るんです」

「なるほど、群れですか」


 源三の話に、独楽は顎に手を当てて頷いた。

 魔獣とは、理性を失い、本能のままに暴れ回る存在である。だが、その中には、数匹の群れで行動する魔獣もいる。

 群れで行動し、連携を取って敵に襲い掛かったり、弱った味方を庇って守る。傍から見れば『理性など失っていないのではないか』とも思えるような行動を取るのだ。

 その理由は未だに解明されていないが、今のところは『理性を失う前の習慣がそうさせるのではないか』という仮説が主流であった。


 群れで行動する魔獣たちは、体こそそれほど大きくはないものの、数で襲い掛かって自分たちの何倍も大きな獲物を仕留める事が出来る。

 一匹単位で動く魔獣とは違い、数が多ければ多くなるほど、厄介さが増す相手だった。


(ひー、ふー、みー……十三か。これはちょっと、まずいな)


 広場で暴れ回る魔獣の数を確認して、独楽の目は細まる。

 独楽が獣の姿ならば別だが、人型のままでは、人々を守りながら倒すには、厳しい数である。


「甘栗さんはどちらに?」

「それが、屋敷に戻る前に見回りに行ってくると、区画線の方へ向かったままで……」


 源三の言葉に独楽がギリ、と奥歯を噛んだ。タイミングが悪い事この上ない。

 天津の剣の腕は相当で、役割を分担するとしたら、天津が攻めて独楽が守りなのだ。

 独楽は半獣化すれば、天津のように攻めに出る事が出来るが、大人数を守るには守りの神雷が必須である。そしてそれは人の姿でなければ使えない。

 先日のパオロが使うような攻めの神雷が使えたら別だが、残念ながら独楽が扱える神雷は守り特化しており、攻撃は出来ない。

 ここに天津がいれば、守りの神雷を使って人々を苦し、その後で天津に加勢する事が出来た。

 だが天津がいない現状、住人たちの守りと魔獣の対応は、独楽が一手に引き受ける事になる。

 そしてそれは人の姿のままでは難しい事であった。

 

(――――真頼様)


 独楽は一度だけ、天を仰いで目を閉じた。

 そして次に目を開けた時は、その金色の目は静かに凪いでいた。


「若様、これを使えますか」


 言いながら、独楽は錫杖から神雷壁の烏玉を一つ外すと、若利に差し出す。

 かつて真頼から貰った、独楽にとっては大事な烏玉(たからもの)だ。

 若利は烏玉を受け取ると、やや戸惑い気味に頷く。独楽が何をしようとしているのか、分からなかったためだ。 


「ああ。神雷壁ならば、使えるが……」

「それでは、守りを頼みます。魔獣はわたしが、何とかしますので」


 そう言ってにこりと笑うと、独楽は魔獣に向き直った。

 人型では倒せない。

 天津もこの場にいない。

 ならば迷っている暇など、独楽にはなかった。


「信太、甘栗さんの匂いは覚えていますか?」


 魔獣に視線を向けたまま、独楽は信太に言う。

 信太は独楽の肩からぴょんと降りると、見上げてコクリと頷いた。


「はいー」

「よろしい。それでは、呼んできてください」

「おまかせくださいですー!」


 独楽の言葉にしっかりと答えると、信太は区画線の方へ向かってかけて行く。

 小さいが、力強い後ろ姿だ。

 若利は小さくなっていく信太の背中を見て、ぐっと烏玉を握りしめた。


「皆! こちらだ!」


 そして区画の住人達の避難誘導に動き出す。

 若利の呼びかける声に、魔獣によって行き場を失い、惑っていた住人達は、直ぐに彼の下に集まり始めた。


「お見事」


 独楽は小さく笑った。

 危機的な状況で、リーダーのひと声で即座に統制が取れるのは、きちんとした信頼関係が気付かれている証拠である。


(ほらね若様、真頼様がいたから、だけじゃないでしょう?)


 あの時、僅かに見せた若利の、不安げな顔が、言葉に向けて、心の中で独楽は言う。

 若利と人々の間には、確かに信頼関係があった。それは一朝一夕で何とか出来るものではない。

 長い、長い時間積み重ねた上で、ようやく作り出されるものなのだ。

 独楽はそんな彼らの関係が、とても羨ましかった。

 そして、出来ればここにずっといたかったな、とも思った。

 そう考えた時、その望みがすでに、自分の中で過去形になっている事に気が付いた。


 独楽が獣人である事を隠すのは、職に就けないというだけではない。

 獣人である事を知られれば、居場所を失う事を理解しているからだ。

 イナカマチ区画(ここ)で正体を隠したのは、独楽自身がここにいたいと思ったからだった。

 獣人であるという事がバレれば、少しずつ積み上げている最中の信頼や信用はゼロになる。あくまで可能性の話ではあるが、少なくともそれを「そうだ」と思うほどの経験を、独楽はしてきた。



「――――さて」


 独楽はイナカマチ区画が好きだった。好きになった。

 恩人のいた区画だから、だけではない。独楽自身がここにいたいと思ったのだ。

 だから獣人である事を隠した。

 言えなかったのだ。

 だが。

 だがそれが何だというのだ。追い払われるからどうだと言うのだ。

 嫌われる、畏怖される。出て行けと言われる。

 きっとそうなる。

 たが、それだけだ。それだけの事だ。

 好きな場所がなくなるのと比べたら、いてほしい人がいなくなるのと比べたら、本当に、ただそれだけの事なのだ。


「独楽!」


 焦ったような若利の声が響く。

 見れば、独楽の殺気にあてられたか、魔獣達は独楽を狙い、取り囲み始めていた。

 鋭い歯を剥き出して唸り声を上げる魔獣の口からは、血と涎がボタボタと垂れている。

 十数匹の魔獣に囲まれ、そんな状況に置かれれば、普通の人間ならば恐怖や焦りは感じるだろう。

 だが独楽は酷く落ち着いていた。

 その月のような金色の目は、魔獣達を一匹ずつ捉える。


「大丈夫ですよ、何たってわたしは」


 振り返らずに言う独楽の口が、うっすらと笑う。

 独楽はフードを被らなかった。どうせ暴れ回るのだ、被った所で無駄である。

 

「――――番犬ですからね」


 独楽の身体に、獣の耳と、獣の尻尾がふわりと現れ、風に揺れた。

 月明かりに照らされた人ではないその姿。

 まるで夢から切り取られたかのように、独楽の獣人としての姿がそこに在った。

 人々が息をのむ音が、独楽の獣の耳に妙に大きく響いて聞こえた。


「ちょいと暴れ過ぎですよ、魔獣ども」


 獣の本能を混じらせた目をギラリと光らせ、独楽は魔獣達に錫杖を向ける。

 独楽は低く笑う。

 そして。


「覚悟はよろしいか、御一同」


 問いかけるように言い放つと、独楽は強く地面を蹴って、魔獣達に向かって行った。




 天津を呼びに行った信太が戻って来たのは、それからしばらくしての事だった。

 どこにいたのかは分からないが、全力で走っていたのだろう。天津も、信太も、肩で息をし、滝のように汗を流していた。

 

「若様、皆、無事でござるか!」


 天津が大声を上げる。

 だが、その時にはすでに、戦いの決着はついていた。

 壊れた屋台や、垂れ下がった提灯が広がる中に、無数の魔獣が倒れている。そこから少し離れた場所では、呆然とした表情を浮かべる若利や、イナカマチ区画の住人達がいた。

 そして彼らの視線の先には。


――――真っ白な獣の耳と尻尾を生やした独楽が、血に濡れた錫杖を手に立っていた。


「これは、一体……何が」


 ひと言で言えば異様な光景だった。

 状況が呑み込めず、天津は戸惑うように辺りを見回す。

 何が起きたのか天津には分からなかったが、独楽が魔獣達を倒したという事だけは理解した。


(この数を――――一人で?)


 天津は背筋が、薄ら寒くなるのを感じた。

 そんな独楽の表情は天津からは見えない。ただ髪と尻尾が風に吹かれ、揺れていた。


「独楽さまー」


 天津の肩から、信太がぴょん、と飛び降りた。そして独楽の方へと駆け寄って行く。

 信太は器用に倒れた魔獣達を避けながら独楽の足元まで来ると、そっとすり寄った。


「……独楽?」


 若利の声が静まり返った広場に響く。

 確認するような若利の声に、独楽は決して振り返らなかった。

 ただ一言、


「はい」


 とだけ、独楽は短く答えると、口を閉じた。

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