極彩色! アレッサンドラの大広間
さぁ、ここから先はアレッサンドラの個性炸裂の世界だ。
夢の中では、ぼんやりとしか認識できなかったけれど、衝撃を受けたのは確かだった。
ごくっ、と息を呑んでミリーにつづく。
――ああっ、やっぱりすごい!
極彩色!
真っ赤なカーテンのかかった巨大な広間は、見上げると体育館のピロティのような見物場があり、着飾った人が鈴なりにこちらを見ている。
床に蓮の花が描かれた広間にも仮面や目だけを隠した紳士淑女であふれ返っていて、私はまるで十戒のモーセのように、人の波を分けて進んだ。右に左にと目が行って、彼らの様子を見ると、やっぱり服装は思い思いだ。
中世風のかつらに、袖のふっくらしたプールポワンの男性がエスコートしているのは、ウエストをコルセットで締め上げ、スカートを膨らませている十八世紀ブルボン王朝風の女性。
――あれ? 違う。
男性だと思った方も、よく見ると男装の女性だ。
夢の中では、そこまで気がつかなかった。
この城には女性しかいない?
そう思って観察すると、ペアだったり三人グループだったりで、テーマを決めてお洒落を楽しんでいるらしい。
昨日現れたアレッサンドラの一団のように、ひらひらキラキラの昆虫ドレスの女性たちもいる。確かに、あのスタイルは現在のブームのようだ。
そうかと思うと、古代ギリシャ人のように白い布を肩から斜めにかけて、胸元を金色の紐で留めた美女がふたりで寄り添っている。
――わぁ、綺麗。
麗しい彼女らも、仮面で目元が見えないので「美女風」と言う方が正解なのだけれど、どの人も自分のショウアップが上手くて男女の区別をつける前に見惚れてしまう。
ホールを取り囲むように設置されたお菓子と御馳走のテーブルは、美味しそうという以前に色とりどりなことにぎょっとする。ピンクの薄紙でフリルの装飾がされた丸焼きの鶏、赤や黄色に着彩されたカップケーキの上には妖精が踊る砂糖菓子が乗っかっている。
招待客の持つお酒のグラスも、パステルピンクやブルー、時にゴールドと華やかこの上ない。
流れる音楽は、室内管弦楽らしきメロディだけど、赤と白の和紙のような衣装を着た奏者は、見たことのない四角い楽器を膝の上に乗せてつま弾いている。小型の琴を弾いているように見えるのに耳に響く音はエレクトリックサウンドに近い。
――かっこいい音楽!
その楽団の周りをショートパンツに上半身はごてごてレースの女の子たちが踊っている。元気いっぱいの衣装でくるりと回るあのステップは、宮中の踊りであるアルマンドだ。
アルマンドなら、体育の授業で踊ったことがある。ぴょんぴょん跳んで可愛い踊りだと一時ブームになって学祭の出し物にもなった。それにしてもあの衣装は、確実に私のパジャマがもとになったデザインだ。
(個性的! ものすごく女の子好み!)
これがすべてアレッサンドラの趣味からの発信だとしたら、ぶっ飛んでいるけれどなかなかのセンスだ。彼女が原宿に転移したら、きっと人気者になれるのに。
人の波を分けて進むと、玉座にたどり着いた。
――いた!
アレッサンドラはお姫様ではなく、この国の女王だった。
男性の影のない独裁者。
たったひとつの玉座に、脚を組んで座っている。
ピンクのロングブーツに私のパジャマ、さらにマントというなんとも奇妙な格好をしているけれど、一夜で髪を金色に染め、ふわもこパジャマには金色のレースが付け足されている。マントの縁取りもふわもこの毛皮がついている姿は、アイドルのPVみたい。
この人、根っからのおしゃれ好きだ。
「ドレスの仕立て直しは間に合ったわね」
じろっと私の全身をチェックしてアレッサンドラが口をひらいた。
――うわっ、見てる!
もとはアレッサンドラのドレスだったのを、ずいぶん直した。
このファッショニスタのお眼鏡にかなうのか、妙に緊張してしまう。
「サイズを大きくするなんて、かっこ悪いけど……」
上から下までさんざんドレスの仕上がりをチェックしてから、アレッサンドラがミリーに目を向けた。
「うまくレースをはめ込んであるわ。刺繍を追加するなんて、さすが完璧主義のマリアね」
ミリーは、おとなしく「はい」と答えて、顔をこわばらせている。
かわいそうに、このメイド頭は極端に怖がりなのだ。
「鉄仮面の騎士は私の顔を知らないし、仮面をつけていたらわかりはしないわ。ミリー、そこにある小さい方の仮面にして、色が合うわ」
玉座のそばに、色とりどりの仮面があり、小さい仮面は額から頬の上までを覆う深紅の地に色とりどりのガラスが飾りつけられている。
ミリーが震える手で、私に仮面をつけた。この辺も予習済みなので、私は膝を折ってされるがままになっていた。
「陽が沈むまであまり時間がないわ。さぁ、私の代わりにここに座って」
アレッサンドラが席を立ち、私はおずおずと玉座に腰かけた。ホールにいる華やかな人々が一斉に私を見る。夢では見たけれど、こんなに視線を浴びて行動したことなんてない。思わず背筋をぴんと反らして目線だけで大広間を見る。
「案外落ち着いたものね。もしかして、先読みができるようになった? 夢で鉄仮面の騎士を見たの?」
玉座の横に立ったアレッサンドラが、じっと私の目を見て問い詰めた。
茶色の目に、今日は真っ青なカラコンが入っている。
見詰められると、思わず本当のことを言いそうになってしまって、私はぶるぶると首を振った。
「いいえ、もう先のことはわかりません……」
あまりにも豪華絢爛で女の子好みのホールに、ときめいてしまったのが間違いだった。
もっとビビッて、引きずられて来たらよかったのかも。
家族の顔を思い出すと自然に涙が湧いてきた。
「でも……、もういいです。どうせ家に帰れないなら生贄でもなんでも」
「ふうぅん?」
まだ納得いかないのか、それとも泣きそうな私が面白いのか、アレッサンドラは、じろじろと私の仮面をつけた顔を観察している。
(連れ去られたあとに、生贄になったら……どうしよう)
おぼろげながら今日のぶんの先読みはしているけれど、明日のことはわからない。
(やっぱり怖いっ!)
まつ毛を伝った涙が手の甲にポトンと落ちた。
(帰りたい、家に帰りたい!)
――鉄仮面の騎士に連れ出されないと、ここで閉じ込められて家族に会えなくなる。
もしかしたら、鉄仮面の騎士が私を東京の家に帰してくれる。
昨夜見た夢はそんな希望を持たせてくれるものだった。
どうしたらいいかわからずに、うつむいてしまったところで急に外が真っ暗になった。
ごろごろと雲の上で雷が騒ぐ音がして、突風が城の窓に吹き付ける。
天候の変わり方があまりにも突然で、ホールにいる女性たちがざわめき始める。
「来たの?」
「来たんじゃない?」
「……鉄仮面の騎士?」
「鉄仮面の騎士が来た?」
華やかな楽団の音楽も途切れて、ホールの中は人工的な灯りが頼りなく灯るだけになった。
薄明りの中、アレッサンドラがさっと身を低くして玉座の裏にある小扉に入り込む。
王族の逃亡用出口なのだろう。
アレッサンドラが消えると、ホールの照明がますます暗くなった。
替え玉が座っていると気づかれないためだと、私は気がついた。
着々と進む計画に、ただ乗せられていることが恐ろしい。
(どうしよう、怖くて息ができない……)
夢の中では、私の味方のようだった鉄仮面の騎士だが、もしかしたらアレッサンドラの言う通り、腐った魔物である可能性も捨てきれない。
空気が急に冷たくなった。
人々のざわめきが止まり、しんとしずまり返ったホールにガシャ……と金属音が響く。
(近づいてきている)
ガシャ、ガシャ
(やだ……やだ……)
ガシャ、ガシャ、ガシャ
身体中の毛穴が開いて、背筋にゾクゾクと寒気がする。
遥か遠くから響いてくるかと思われた音は、急速にホールの扉の向こうにやってきていた。




