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アレッサンドラに変身


 優しい人たちだなぁと思うけれど、夢で見た一連の出来事を語るわけにはいかない。


「それ、アレッサンドラ様のでしょ? 袖丈の直しが困っちゃうのよねぇ」


 彼女たちの反感を買いたくなくて、私も敬意を表し「アレッサンドラ様」と呼んでみる。

 私を平気で殺そうとする意味不明の人だけど。


 アレッサンドラは目算で身長150センチぐらいだから、170センチの私が着るとつんつるてんだ。

 サイズを合わせて着せるべく運び込まれた深紅のドレスはとても小さくて、これから修正に苦労するのだ。


「……まだ、お召しになっていないのに?」


 若干の不審さをこめて、お針子がつぶやいた。


「見るからにって、ことよ」


 はははと、ごまかしてドレスを頭からかぶると前から後ろからお針子たちの手が伸びて私にサイズを合わせ始めた。お昼ごはんを挟んでこのドレスを着たり脱いだりが何度も続く。最後的には私も手伝ったのだが、最初は絶対に針を持たせてもらえなかった。


(ま、いいわ。この針仕事で仲良くなれるんだから)


 マリアにジュリーにカーラ、実は名前まで知っているお針子たちについ呼びかけてしまわないように、私はぐっと口をつぐんだ。


 夢のとおり、几帳面なマリアの妥協のない手直しに付き合っているうちに、夕方のその時間は迫ってきた。


「できました。さぁ、お召しになってみてください」


 袖の丈とドレスの裾に新しいレースを縫い付けたドレスは、アレンジが効いてものすごく派手に、アレッサンドラらしくなっている。深紅一色の時には普通のドレスだったのに、何色も色が足されてカラフルだ。


(アレッサンドラも、こんなまともなドレスを持っていたんだ)


 そこが私には不思議だった。

 紫とピンクのレースと、後付けの刺しゅう。胸元が大きく開いていて、下着で思いっきり胸を持ち上げて着る。

 ウエストは細くスカート部分はふんわりとパニエで膨らませるお姫様スタイルだ。苦しいけれど、さすがに見栄えがいい。


「きれいなドレス、マリーアントワネットみたい!」


 リボンを結び直していたメイドが、誰だろうと首をかしげる。


(うむむ、この世界ではフランス革命は無いのかな? それとももっと時代が先なの?)


 自分の世界の歴史とこの世界がどうもしっくりこない。

 もしかしたら、まったく別の歴史の流れの中にいるのかもしれない。


 化粧を施され、髪を結いあげてかつらを乗せられる。

 鏡の中には、もはや女子高生の水島紅菜はなく、若い姫君が映っていた。


「すごいっ、馬子にも衣装ってこれねっ!」


 身体を斜にしたり、顎を上げてみたりと私にとってはまるで変装のようなドレス姿に喜んでいる中、メイドとお針子、総勢15人もの女の子たちはどんよりと暗い顔をしていた。


(……だよね、こんなに綺麗に仕立ててもらったのに、焼かれたり水に沈められたリするかもしれないんだものね)


 そんな想像をしただけで、ブルっと震えがくる。私は苦しいウエストを押さえた。


「では、まいりましょう」


 メイド頭のミリーが「こちらへ」と私を誘って廊下に出た。


「わぁ」


 地下にあった私の部屋の外は、あちこちに蟻の巣みたいにドアのないホールがあって、衣装やかつらを飾る収納になっている。


「ここらへんは姫様の衣裳部屋なの?」


 きょろきょろと見回して聞いてみた。華奢なハイヒールが歩きにくい。


「はい、アレッサンドラ様はこの国のファッションリーダーなので、いろいろな衣装をお持ちです。クレナ様に着ていただいたドレスは王朝風で、ここに越していらしたころは、アレッサンドラ様もスタンダードな服装をされていました」

「なるほど、住んでいるうちに好みが変わったのね」


 飽きたドレスをお下がりしてくれたわけか。


「解放された、という方が近いと思います」


 今日一日で、すっかり打ち解けてくれたミリーが、そこまで言ってから口をつぐんだ。


(しゃべり過ぎたのかな?)


 時代感覚はアレッサンドラのブーム次第ってわけね。

 だから女兵士は中世風でメイドがヴィクトリア朝風味、そして建物は古城の地下風何だけど、どこか近代的なのかも? 

 

通り過ぎた収納庫はワインセラーになっているところもあって、どこの国の言葉かわからないラベルのついたワインが見えた。


「あの……ここの国の名前ってなに?」


 恐る恐るミリーに聞いてみると、しばし考えてから口をひらいた。


「アッサムランサー国です」

「あ、ああ……そう」


 そんな名前の国、聞いたことがない。でも、その状況は知っていた。アッサムランサー国とかいう国は私の住んでいた日本とは違う時空にある。かといってパラレルワールドとかではなく。文化も人種もまったく違う。私の持っている歴史の知識や文化史と、ときどき重なるけれどやっぱり離れる。


 不思議な国、異世界の国なのだ。


(ううっ、帰りたいっ)


 1日分だけとはいえ、先のことが読めるからまだ落ち着いていられるけれど、もし、そういう力のない普通の女子高生がこんなところに来て、これから恐怖の鉄仮面の騎士の生贄になるとしたら……考えるだけで恐ろしい。


(取り乱して叫んでいるはず)


 私だって怖いし、明日はどうなるかわからない。

 それでも鉄仮面の騎士は言ったのだ。


 ――お前の願いを叶えよう。


 わがまま姫のアレッサンドラに生贄とされるよりも、私を攫いに来た鉄仮面の騎士の方が信頼できるなんて、どう考えてもおかしいけれど。


 今日の夢で、私は鉄仮面の騎士の言葉を信じていた。


(だから大丈夫)


 石造りの階段を上がっていくと、壁面に取り付けられた大きな窓越しに森が見える。

 森の向こうには海も見えて、とても素敵な場所にこの城はあるようだ。

 さんさんと差し込む日差しの中、お城の大廊下へと進む。


「すごい! 綺麗」


 夢で見たとおりだ……っていうか、本物の迫力はすごい!

 多少ごちゃごちゃし過ぎの感はあるけれど、金色に塗られた内装の飾りぶちには立体的な彫刻がされて、それを土台とした壁面には大きな絵が隙間なく貼られている。


 ノイシュバンシュタイン城のイメージ……って言っても私もテレビで観たことしかないけど。退廃的なほどに装飾を凝らして、色とりどりに壁面が塗られている。


(中世に憧れる18世紀の女王様が建てたら、こんなお城になるのかも)


 つるつると滑る大理石の床を慣れないヒールで歩いていくと、今度は鏡張りの部屋を通る。


(あ、これ知ってる。ヴェルサイユ宮殿の鏡の間だ!)


 左右の鏡に自分が映っているのだが、背が低くウエストが太い。実物よりずんぐりと見える。こんなに苦しい思いをしてコルセットを締めているのに、この結果はひどい。


「これって、実際より太めに映るように鏡に細工がしてあるの?」


 ミリーに問いかけると、澄ました顔で「存じません」と返された。しつけが行き届いているなぁ。アレッサンドラは、自分に会いに来る人がここを通って、我が身の醜さに絶望し、アレッサンドラの美しさに羨望を抱いて欲しいわけだ。


(いーけーずー!)


 ツンと威張ったアレッサンドラの顔を思い起こして眉を寄せる。

 そして夢で見た彼女を思い出すと、思わず笑いが込み上げた。


 ――あの人、なんだか可愛い。


「うっぷぷぷっ」


 歩きながら、頬っぺたを膨らませて笑いをこらえていると、ミリーが気の毒そうな視線を投げかけた。


「あっと……失礼」


 ここで笑うのはどう考えてもおかしい。


(我慢しなくっちゃ)


 うつむいて鏡の間を通り抜けると、侍女たちが絢爛豪華な扉に手をかけた。






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