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ロングスリーパー

 さて、私がどうして転移してしまったのか。それを説明しなくちゃ、と思うのだけど。

 寝て起きたら、ここにいた。

 それだけ。


 本当にそれだけ、困っちゃう。

 じゃあ、転移した日の私の様子と、私自身について説明したら私の頭も整理がつくかも。

 というわけで、少し長い私語りになるけれど、どうぞお付き合いください。

 

 私にはとある能力と、それに伴う弱点がある――。

 

 私の名前は水島紅菜みずしまくれな、都内にある高校の三年生。

 大学までエスカレーター式のその学校には中学入試で合格した。難関の中学受験だったけれど、勉強は得意な方だ……っていうか、私の勉強法はちょっとずるい。


 出題内容がわかってしまうのだ。

 先読みっていうか、予知能力っていうか、夢で見るっていうのが近いかなぁ。


 ただ、本当に日付が変わった今日一日分しか先が見えないから、テストを受ける前までコツコツと勉強をしておかなくてはいけない。特に数学や英語は丸暗記にも限度がある。


 それでも試験当日に出題がわかるって、やっぱりずるくない?

 人並みの正義感はあるから、反則はしたくない。


 確かに、こんな能力を使うのはカンニングに近いと思う。

 それはそうだけど、私はその力に頼らないと勉強時間がとれないし、日常生活も送れない。

 なぜか?


 それは私がロングスリーパーで、夕方になると疲れ切って眠ってしまうから。

 誰だって夕方は疲れるって? 私の場合はタイムリミットに外にいると危険レベルなの。


 駅のホームや公園のベンチでだって熟睡してしまう。

 寝たら最後、絶対に起きないから何をされても文句は言えない。


 きっとそれは先読みで、ものすごく体力を消耗するからだと思う。


 小さいころから夕食のあとにすぐ寝てしまうので、我が家の晩御飯は五時と決まっている。

 歴史小説の作家であるドイツ人の父も、お花の先生の母と祖母も、みんな家で仕事をしている。

 ありがたいことに皆、私と一緒にご飯を食べるために夕方五時の夕食に付き合ってくれるのだ。

 

 私以外の家族は、そのあとも仕事をしたり本を読んだりしているけれど、私は、さっさと寝てしまう。

 ちゃんと寝支度をしないと電池が切れたみたいに普段着のまま寝てしまうので大急ぎでお風呂に入って、夏場は外がまだ明るいうちにベッドに入ることになる。


 小学校の低学年までは、日に十八時間は寝ていたって言うとびっくりするでしょう?


 寝過ぎで時間がもったいないと思うけれど、翌日元気に学校へ行くためにはしかたない。

 成長とともに体力もついて、今の睡眠時間は十一時間あればなんとかなる。

 七時に寝たら翌朝六時に目が覚めるってリズム。

 おばあちゃんかいって?


 いやいや、うちのおばあちゃんはもっと遅く寝ていると思う。

 私は寝ているから知らないけど。

 せめて八時に寝て五時起きにって、チャレンジしたけれど、無理。

 七時には体力が尽きるし朝もお布団の中で夢の反芻はんすうをしている時間が一、二時間。


 あぁ、まったくもって青春の無駄遣い。


 就学旅行も先に寝かせてもらったし、お友達のホームパーティーも行ったことがない。

 それでも、早寝早起きって世間には受け入れられやすい。

 宵っ張りの低血圧って子がクラスにいるけれど、彼女はいっつも「ママに怒られた」「先生が目の仇にする~」って嘆いている。

 

 寝なさいって言っても寝なくて、起きなさいって言っても起きない、ついには遅刻となると心証が悪いけれど、寝ますと宣言して即寝の上に自分で起きて勉強してから学校に行くなんて、いかにも優等生っぽいでしょ?

 実際の私は、毎朝起きると今日一日の記憶(これからの!)を思い返して必要そうなことを準備していた。


 たとえば小学校の低学年。

 雑巾提出の忘れ物の夢を見て、鞄に詰め込む。

 漢字の書き取りテストで思い出せなかった難しい字を、何度もノートに書いて覚える。

 日中、思いがけなく暑くなって汗だくだった記憶から半袖の上からカーディガンを着る服装を組み合わせたりもする。


 朝のひとときは、先読みを発揮できる楽しいものだった。

 先が読める私は、当然のように優等生で隙がない。

 先生からの評価は高い、良い子だ。でも、友人関係はいまひとつ。

 中高校生にとって付き合いが悪いことと、夜の連絡がまったく取れないのは異端だった。


 大勢と違うということは簡単にいじめの対象になる。どうしてそんな発想になるのか、私には理解不能だが、女子グループから微妙な距離を置かれている私は男子からも話しかけてもらえない。

 学校に行くとぽつんとひとり座っている時間が長い。


 ――きっとみんなプライドが高いんだ。


 中学受験をすることになって、外せない条件としてチェックしたのは帰宅できる時間だった。

 早ければ早いほどいい。

 起きていられる時間は少ないのだ。


 そこで目をつけたのが都内最難関のその学校で、なんと下校が二時台、宿題もほとんどない。

 ただ入学試験がべらぼうに難しい。

 いじめっ子のレイカちゃんなんて、地元で「神童」って呼ばれていて、この学校に通うためにママと学校近くのマンションに住んでいる。

 海外から戻って来て入学した帰国組の子は、多国語が流暢だったりで、それぞれものすごく優秀だ。


 条件のいい学校に合格し、時間を有効活用すべく、私は先読みの力を解放した。


 両親も祖母も私の不思議な力を知っていて「起きていられないんだから、使いなさい」と、ゆるく応援してくれている。いや、普通もっと心配するなり疑問を持ったりすると思うんだけど、我が家は、流されるままってところがあるし、今日の先読みも聞いてこない。


 普通、知りたいと思うんだけど。


 両親もおばあちゃんも、私の自主性に任せて超早寝早起きをさせるがままだ。

 先読みで時間を有効に使ってはいたけれど、とにかく一生懸命勉強して、私は有名校の生徒になった。


 帰宅が早いことで生活リズムを整えてなんとか毎日を楽しんでいるから、学校生活がギスギスしているなんて気にしないことにしている。


 この世界に転移してしまった前日、私はやってはいけないことをした……いや、いけないことなのか今もわからない。


 ――未来を大きく変えてしまったのだ。


 期末試験をすべて終えて私はバスに乗って帰宅するところだった。

 ものすごくドキドキしていた。


 今朝、今日の試験問題とともに予見してしまったこと。

 それが、このバスの事故だったからだ。


 バスは遅れてバス停についた。いつもの時間のバスが故障して臨時バスが出たらしい。

 運転士さんは真っ青な顔をしていた。嫌な予感がしたけれど、何を話しかけていいかわからず私は運転席の後ろでつり革につかまる。


 まだ年若い運転士の額やこめかみに尋常でない汗が光っている。


 ――あ、もう限界。声をかけなくちゃ。


 そう思った瞬間に、彼はガクンと気を失った。


「きゃあああああっ!」


 バスは蛇行し、ダンプカーと正面衝突したところで目が覚めた。


 ――バス事故を防がなくちゃ。




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