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預言の娘と先読みの乙女

「クレナ、頭を隠して。うつむいて顔を見られないようにするんだよ」


 馬からおりて、並んで歩いていたロビンハルトが立ち止まって私の正面に立った。

 赤いコートには毛皮の縁取りのフードがついている。

 たっぷりとした分量のフードを私の頭に引き上げ、ロビンハルトの背中と馬のフランソワで私を隠すようにしてロビンハルトが、言い聞かせた。


「私の顔? ロビンハルトじゃなくって?」

 すべての人を熱狂させる美貌の騎士ではなくて、私の心配をされるなんて、立場がさかさまだ。

 フードの上から私の顔を包むようにして、ロビンハルトはしげしげと私を見る。


「小さい顔と大きな瞳、清潔感のある綺麗な肌に艶々とした茶色の髪。クレナは、この村の人がビーナスと掲げる『預言の娘』の絵に出てくる女の人に似ている。彼らが興味を持ったらやっかいだ」

「預言の娘? 実在の人なの?」


 過剰に褒められて頬を熱くしながらも、預言という言葉に引っかかる。

 甲冑を着たままのロビンハルトが、魔法の書を手の上に広げると、ページがひとりでにめくれて、画像が立ち上がった。


「これが預言の娘? あっ!」


 白いドレスを着た若い女性は、片手に装飾のついた望遠鏡を持ち、もう片方の手で片目を隠している。

 白い手の甲と茶色の髪で半分隠れた顔は、確かに私と似ていた。

 兜のシールドを上げたロビンハルトが、緑色の瞳だけを覗かせて私を見つめ、言いにくそうに話を続けた。


「実際にこの村にいた女性だ。強い魔力を持っていたというその娘は、望遠鏡で眺めるように未来のことを言い当てていたそうだ。子供のころは無邪気に未来の話をして村人を驚かせていたらしい。ほら、これが子供のころの彼女の絵だよ」


 ロビンハルトが指さしたところで、新たな絵が浮かび上がった。


「ああっ、これは。私が子供モデルをやった時と同じ構図」


 当時、森の妖精と名付けられた宣伝用の写真は、私が子供モデルとして一度だけ撮られたものだ。

 滴るような緑の森の中、白いドレスで遠くを見る女の子。

 構図も同じなら、女の子の顔立ちもそっくりだ。


「それって、いくつの時に撮ったの?」


 10歳だと答えると、魔法の書はまた新たなページを開いて、そのポスター写真も見せてくれた。とたんにロビンハルトが、でれっとした声を出す。


「子どものクレナだ。可愛いな」


 ――いやいや、それどころじゃない!


「もう、その人はいないの?」

「村中の男につけ狙われていて、引きこもっていたけれど、いつの間にか妊娠していた。それを知った村人は、赤ん坊を欲しがって逃げる彼女を執拗に追い掛け回したそうだ。最終的には身ごもったまま行方不明になってしまったって悲しい話が書いてある。この絵が片目を隠しているのは、彼女がもう預言をしたくないと言ったことの象徴みたいだ」

「ひどい……父親はどうなったの?」


 ロビンハルトは首を振った。


「腹の子の父親は今でもわからない。もしこのまま出産したら子供は取り上げられるし、意に介さない妊娠をさせられる。預言の娘は自分の悲惨な運命を察知して逃げた。そして消えてしまったんだ」


 ぞくっと背筋が寒くなった。

 まるで生贄にされそうになって逃げたみたいな預言の娘の逃避行。


 ――私はどうかしら?


 先読みができることを、知られないように気をつけていた東京での日々、あのバス事故で目撃者に不審な目で見られ始めた私は、その夜に姿を消した。


 筋書きが似ている。


「……怖いわ」

「あの絵は不思議な力を持っている。つきまとうストーリーも不吉だ。でも、俺がついている。エトワールもクレナを守るだろう」


 コウモリから子犬の姿に変わったエトワールを、私は胸に抱きしめた。

 エトワールにつぶらな瞳で見つめられて、ほおずりすると、きゅぅうんと可愛い鼻声で応えてくれる。


「ね? 頼もしいだろう」


 首を傾げ、目元をくしゃっとほころばせたロビンハルトが私の背中を撫でて、シールドを元に戻すと宿屋の玄関に向かう。


「ええ、私はぜんぜん心配していないわ」


 知るべきことは全部知ってしまおう!


 ――大丈夫、ロビンハルトがいれば恐れることはなにもない。



 ****



 宿屋に入ったのは、まだ明るい時間帯だった。

 宿屋の軒先では、固そうな干し肉が売られていて、宿泊客が酒を飲みながらそれをかじっている。たいていの客は大きな部屋に並べられたベッドで寝ているらしく、日中は外で過ごす。


 宿泊台帳を差し出してきたのは、ひょろひょろと痩せた宿屋の主人で、全身鎧で固めたロビンハルトを二度見したあとに、まじまじと私の顔を覗きこんできた。

 あまりに不躾ぶしつけな動きに、ロビンハルトが男と私の間に入ってきたぐらいだ。


「お嬢さんじゃなくって犬を見たんですよ。動物の持ち込みは二割増しですぜ」


 びくびくと怯えながら、宿主が金額のメモを渡すと、ロビンハルトは金色の硬貨を渡した。


「あまった分で、外の馬に餌と水をやってくれ」


 男は金貨を見て驚いた顔をしていたから、かなり多めだったのだろう。

 私たちは、雑魚寝の大部屋ではなく、こざっぱりとした個室に通された。

 鍵を閉めて鎧を脱ぎ始めたロビンハルトの横で、私は窓から外を眺めてみる。

 麗しの白馬は、他の馬たちと並んでつながれているのが見えた。


「フランソワもここから見えるから安心ね」


 振り返ると、くつろいだ姿になったロビンハルトが、水差しと洗面器に魔法をかけている。


「なにをどう変えたのかわからないわ」

「それはどうかな?」


 ロビンハルトが洗面器に手をかざすと、水差しが浮き上がって綺麗な水を流し始めた。


「あ、すごい」


 悠々と手と顔を洗ったロビンハルトがタオルに手を伸ばすと、水差しは元の位置に戻って、そこは旧式な洗面台に戻る。

 私も同じように手を洗う。不思議なことにどんなに水を流しても洗面器の水は溢れることはない。簡易な水道設備を作ったようになって、旧式な部屋が一気に便利になる。


「さぁ、ロビンハルトは寝てちょうだい。私はエトワールと遊んでいるわ」

「じゃあ、一時間だけ」


 ベッドにロビンハルトを寝かせて、私は窓から外を眺めていた。

 やはり疲労がたまっていたのか、ロビンハルトはすぐに熟睡してしまう。


 ――早めに寝かせて良かったわ。


 旧時代の街は、人々の動きがちょこまかと早い。

 見始めたら止まらなくなって、じっと外を眺めていた。


 そして、不穏な動きを見つけてしまった。


「やめて!」  

 


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