ふわもこパジャマとの再会
冒頭で紅菜が着ていたふわもこパジャマと意外な場所での再会です。
「日本の華道って、私は好きだわ」
――良かった、やっぱりアレッサンドラには通じる!
イブをイメージした作品を生けると、アレッサンドラは私とロビンハルトにダンバーハート城へ行くように命じた。
「イブに私の感性を尊重するように言ってちょうだい」
つんと顎を上げて言うアレッサンドラの視線が、シンプルな生け花作品へと注がれるのを見ていると、なんとかこの二人の確執を解きたいと思う。
「わかったわ、行ってきます」
「俺が案内するよ」
ロビンハルトが「じゃあね、アレッサンドラ。また会おう」と、手を上げてから兜をかぶる。イブは彼のことをのんきだと言っていたし、私も時々そう思うけれど、物おじしないロビンハルトの態度はやっぱり魅力的だ。
――なんて爽やかなの!
全身を隠したロビンハルトの周りを、コウモリに扮したエトワールがパタパタと飛び回る。邪悪な雰囲気を演出しているその姿が、私にはやたらと素敵に見える。
アレッサンドラが扇を持ったまま腕組みをした。
――私たちに任せるのは、やっぱり不安なのかしら?
「イブはアレッサンドラが大好きなのよ。きっとうまくいくわ」
請け負う私の腰を引き寄せて、アレッサンドラが耳打ちする。
「ロビンハルトには、きっと誰にも言っていない秘密があるわ」
「え?」
――どういう秘密?
イブのかけた真夏の夜の夢の魔法で恋しているって、それだけだけじゃないの?
「いずれわかるでしょう」
「それなに? ね、アレッサンドラ、ああああっ――」
もっと詳しくと、聞き返そうとした瞬間、私とロビンハルト、そしてロビンハルトの肩の上に戻っておとなしくしていたエトワールも、城外で待つフランソワのそばに瞬間移動させられていた。
「おおっと!」
甲冑分の重みで、どすんと着地したロビンハルトが、吹っ飛びそうな私をがっしりとホールドする。
顔と顔が接近して、兜がなかったらキスされてしまう距離だ。
「アレッサンドラの魔力って女性とは思えないダイナミックさだね」
声の調子から、兜の中でロビンハルトが笑っているのがわかる。
「そうね」
――秘密ってなんだろう?
頭の中は、さっきのアレッサンドラの言葉が渦巻くけれど、赤いコートを着せてもらって馬に乗ると、背中から伝わってくるロビンハルトの温かな波動に心が落ち着いてきた。
――いずれわかるってアレッサンドラは言っていたし、無理に聞き出すのはやめよう。
アレッサンドラに引き止められているのか、城からの追手はない。
それでもフランソワの脚は速く、ぐんぐんと海ぞいから内陸へと移動していく。
森に入ると、人気がないことを確認してロビンハルトは兜を脱いだ。
枝に止まったエトワールも、翼を震わせてからぴたりと身体に沿わせる。
「アレッサンドラにも言われたけど、たしかに不便だね。キスもできない」
私の頬に唇を寄せたロビンハルトに振り向くと、しばし馬を止めて唇を重ねた。
――ロビンハルト。
もう何度目のキスだろう。
角度を変えて唇を重ね合わせ、最後に小さな音を立てて唇が離れた。
「クレナ、好きだよ」
「私も……好き、ロビンハルト」
背後から抱きしめてくれる腕が、硬い甲冑に包まれていることも、もはや気にならない。
「今日中に三層まで行ける。このまま行って大丈夫?」
美しい顔が屈託なく笑いかけて、私もつられて頷く。
「ええ、平気よ」
夜を過ごした森を進み、森を抜けると、しばらく浅い川をじゃぶじゃぶと渡った。
馬の蹄の先だけが濡れる水たまりのような場所と、前足が浸かるぐらいの深さの場所が交互に、そして延々と続く。
そこを渡り切ると、ロビンハルトはふたたび兜をかぶった。
「三層には人がいるの?」
「うん、人間の住む大きな街で、俺は子どものころここにいた」
「……そうだったの」
孤児だったと聞いたロビンハルトの子ども時代、もしかしたら、あまりいい思い出のない場所なのかもしれない。
この街で魔道の使い走りをするよりも魔法使いの弟子になることを選んだロビンハルト。
そのせいで、人前に出るときには顔と身体を隠さなくてはいけなくなった。
確かに美男子オーラもこの甲冑超しにはわかるまい。
鉄仮面をつけた姿の肩にこうもりと化したエトワールが止まると、彼を知らない人にとってはまがまがしさが半端ないだろう。
それも仕方ないのだ。
ロビンハルトのむき出しの顔や姿を、見てしまったらヒステリックなほどの恋の病にかかってしまう。
「三層の街は、かなり近代的だ。にぎやかな集落があって、若い娘が雑貨やドレスを売っている。クレナが好きなら立ち寄ってもいい。ものすごく派手なものばかりだし、娘たちも騒がしいけれどな」
彼の発言は、街の入口で理解できた。
「竹下通りにそっくり!」
原宿駅からほど近い竹下通りの入口アーチそっくりな形とフォントで、何やら文字が書いてある。読めないけれど、この通りの名前らしい。
ロビンハルトはアーチの手前でフランソワから下りると、私も手助けして下ろしてくれた。全身を甲冑で固めたロビンハルトは、手綱を引き、もう片方の腕を私の腰に回している。
通りの入口で、お菓子を買っていた女の子たちが、鉄仮面の騎士とそのそばにいる私を指さして小声で言い合った。
「鉄仮面の騎士と生贄よ」
「鉄仮面だ、鉄仮面の騎士だわ」
人々は混みあっていた道の中央を開けて私たちを通してくれるが、わくわくした目で遠巻きに眺めるだけだ。
アレッサンドラの城にやってきた鉄仮面の騎士が、生贄の女の子を攫って逃げた。
森を抜けて駆け抜けた噂は、数日前の出来事がしっかりと伝聞されているらしい。
三層の街は都市といって差し支えない規模で、人々の身なりはさまざまだ。
ドレスを着ている女の子がいれば、スラックスにシャツの男性もいる。
ロングコートの上に斜め掛けのバッグを持った若い女性などは、表参道で見かけても違和感のない服装をしている。
年代を特定することは難しい、現代的な服装の人がいるかと思うとロミオとジュリエットの映画で観たような服装のカップルもいる。どの人も一様に言えるのは、私たちを見て見ぬふりをしていることだ。
――これって、もし私が本当に攫われているのだったら、ずいぶん薄情じゃない?
助けようなどという気持ちは全くない。
彼らに私は関係ないのだから仕方がないけれど、同じ人間なのに。
生まれ育った原宿の町にそっくりな通りで、こんな風によそ者扱いされると、強烈にさびしく感じる。
私のことは無視に近く、ロビンハルトのことはこわごわと眺めている。
ここはロビンハルトにとっては生まれ故郷だ。きっと味気ない思いをしているに違いない。
――早く、この通りを抜けてしまいたい。
そう思った矢先に、私はとあるものにぱっと目を止めた。
「これは?」
半分通りに飛び出したショーケースの中に飾られていたのは、ふわもこの室内着だった。もちろん私のものではない。
私のパジャマのデザインを真似て、生地も似たようなものでできている。
刺繍やレースで飾られたアッサムランサー国のデザインとは、明らかに異質の服が売られていた。
「あの……これって前から流行っているんですか?」
目を逸らそうとする店番の女性に聞くと、ちらちらと鉄仮面を装着したロビンハルトを見ながら教えてくれた。
「アレッサンドラ様がこの前のパーティーでお召しだったものだよ。センス抜群だから、さっそくアレッサンドラモデルが出回っているのよ」
「アレッサンドラの着る服で流行ができているの?」
――そうだ!
「ロビンハルト、これをダンバーハート城に持って行きましょう」
私の頭にひらめいた場面があった。
最近ほとんど使えなかった先読みだ。
――これをイブに見せているのは……私だわ。
「わかった。ここにあるもの全部買おう」
鉄仮面の奥から聞こえるくぐもった声に、周辺の女の子たちが「ええっ」と反応する。
「アレッサンドラの服を買いに来たの?」
振り返って尋ねた私に、同年代ぐらいの女の子たちが「そうだけど、いいんです」とびくびく手を振る。そうか……鉄仮面の騎士が怖いのね。
「一着でいいわ。みんなの買うものが無くなっちゃう」
中でも派手な色合いの、ふわもこパジャマを手に取ると、ロビンハルトが全部でもいいのにと不満げな声を上げる。いやいや、女の子のショッピング欲を邪魔してはいけない。
ロビンハルトは律儀にグローブをはめた手でお会計をし、店番の女性はこわごわとお金を受け取っていた。
私たちは派手なショッピングバッグを持って、ダンバーハート城へと向かう。
噂の鉄仮面が女の子に最新流行のふわもこ服を買ってあげた、というショッキングな事態に町の人々はどよめいている。アレッサンドラにこのニュースが届くのもすぐだろう。
――まずは先を急がなくては!
明日も17時過ぎの更新です。




