アレッサンドラ VS ロビンハルト
……鉄仮面の騎士の生贄として、あの日、侍女のミリーに先導されて通った鏡の間。
アレッサンドラとの謁見の前に通る幅広の廊下のような部屋だ。
この空間は、女王に会う人しか通れないとミリーが言っていた。
その言葉通り、私たちを追っていた勢は、ドアのところで立ち止まって入室できず、部屋の中を歩くのは私たちだけだ。
ロビンハルトに横抱きにされた私は、彼の首に両手を回して落っこちないようにつかまった。
いわゆるお姫様だっこの状態で黄色い光をまといながら進む。
私は、ぐるりと周囲の壁を見回した。
数多の鏡には、ロボットのようなプレートアーマーに全身を包んだ騎士に抱きかかえられた私の顔の横に、金色の髪が光り輝くロビンハルトの麗しい顔が映っている。
イブに貰った黒いマントが私たちをひらひらと包む。
鏡に細工をして、スタイルも顔の配置も実際より劣って見えるようにしてあるはずなのに、ロビンハルトの姿に関しては遠目でも膨張されていても、つい目をこらしてしまう美の吸引力がある。
――すごいなぁ。
鏡から本物のロビンハルトに視線を移すと、にっこりと笑いかけられた。
いつもそうだ。
私と目が合うと彼は嬉しそうで、私以外のことで気もそぞろになっているところなんて見たことがない。
――彼の愛は真っ直ぐで情熱的……。
つんと胸が痛む。
急いでアレッサンドラの城に来たけれど、ここで話し合いが上手く進んだら、私はまたアレッサンドラの術で東京に帰されてロビンハルトとはもう二度と会えなくなる。
「あの……ロビンハルト」
「うん?」
「いままでありがとう。アレッサンドラに召喚されて、怖くてたまらなかった時もあったけれど、あなたと一緒にいられたから私はこの国と魔法が好きになったわ」
「クレナ!」
彼の頬がぽっと染まり、赤斑をちりばめた緑色の瞳がキラキラと輝く。
「うれしいよ」
歩を止めるでもなく、ロビンハルトがそっと唇を重ねる。
膝に乗せた兜が落ちないように二人の身体に挟んで、私はおとなしくキスを受けていた。長いわけでも、濃厚なわけでもない慈しみのこもったキス。
歩きながら、というのが私たちの慌ただしい現状にぴったりだと思った。
顔が離れ、じっと見つめ合う。
私たちの間に、今までなかった新たなシンパシーが通っていた。
――この気持ちの名前は……なに?
むずむずと胸の奥が痛む。痛みには感じたことのない甘さが混ざっていた。
私たちは鏡の間を歩ききり、ホールの扉はもう目と鼻の先だ。
ロビンハルトが初めて現れたとき、私はホールの中にいた。
あの時と同じ、扉は誰が開けたでもなくふわりと左右に道を開く。
――いた!
今日の大広間には客人がなくて、ひな壇の上にある華やかな椅子にはアレッサンドラが一人腰かけていた。
ちょいちょいと彼女が手に持っていた扇で私たちを呼ぶ。
一瞬、ロビンハルトの顔を見たアレッサンドラがどう反応するのか怖いような気がした。
絶大な権力と、奇妙な魅力を持ったこの人がロビンハルトを気に入ってしまったらどうしよう?
「呼ばれているね。本物のアレッサンドラだ」
愉快そうにロビンハルトが言って、私を下ろすでもなくひな壇の前に進み出る。
ガシャガシャと鉄の音を立てて、ホールを縦断する鉄仮面の騎士に抱かれて進むと、アレッサンドラのカラコンの入った紫色の瞳が怒りに燃えている。
「鉄仮面の騎士、毎度、毎度、城を騒がせてくれるじゃない。迷惑だわ。クレナを下ろして私に謝ったらどうなの?」
――へっ?
イライラした声、謝罪を求める言葉。
(アレッサンドラって、ぜんぜんロビンハルトの魔法にかかっていないんじゃ?)
「あっ」
ロビンハルトが驚いた声を上げて、私をそっと下ろすと「持っててくれてありがとう」と小声で礼を言ってから兜を受け取った。エトワールは翼を閉じてロビンハルトの肩に止まる。
アレッサンドラの眉が、ますます釣り上がる。
「早くっ!」
催促するアレッサンドラの甲高い声に、ロビンハルトは胸に手を当てて腰を落とす挨拶をする。エレガントな動きは甲冑の音さえ立てない。
「城を騒がせて申し訳なかった。イブ・フォン・ダンバーハート卿の弟子でロビンハルト・オーウェンといいます。ダンバーハート城へはアレッサンドラと入れ替わりで住み込んでいるので会ったことはないけど、お話は聞いていて……」
顔を上げ、にこにこと話を続けようとするロビンハルトの前で、アレッサンドラが手のひらを見せた。
「おだまり、いろいろと気にいらないわ」
「……は?」
ロビンハルトと私は一緒に首を傾げた。
――いろいろ?
「まず、ロビンハルト。あなたその顔で私を誘惑して城から連れ出そうとしたわね。この前来た時にはもっと年配に年齢操作をしてイブに寄せていたのも気に入らないわ」
「ばれてましたね。それもまったく効いていないみたいだ」
「当り前よ。イブより格好の良い男はこの世にいないわ」
――へぇ!
アレッサンドラの意外な言葉に私は、胸をときめかせた。
イブはまだまだ猛烈にアレッサンドラを愛していて、執着しきっている。
一方のアレッサンドラもイブのことを憎からず思っているようだ。ならば関係修復はたやすいことだと思われた。
「だったら、ダンバーハート城に戻るっていうのはどうかな?」
こともなげにロビンハルトが聞いた。
――ああ、こんなに気の強い人に!
ロビンハルトは遠まわしとか湾曲とかいう言葉は知らないようだ。
「いやよ。あの殺風景な城で暮らすのなんてこりごり」
ぷいっとアレッサンドラが顔を背けた。
「……殺風景なの?」
ロビンハルトの持ち物や、再現されたトイレの華美さを見るに、殺風景という言葉は当てはまらない気がする。
「イブは、審美眼が厳しくて家具一つとってもお眼鏡にかなうものが見つかるまで妥協しないんだ」
「おかげで私は結婚して四年もドレッサーが無いままだったわ」
口元をゆがめてアレッサンドラがいう。
「それに私のことを装飾過多の悪趣味だって言ったのよ」
「それは、酷いわ」
思わず私は擁護した。このごてごてはギリギリセーフだってば!
「でもね。なにより気に入らないのはイブの弟子よ。アンドレアスと、その次はロビンハルト。イブがあんな男なのは弟子たちのせいだわ」
過去を思い出したのか、アレッサンドラがギリギリと歯噛みを始めた。
「パパの?!」




