いざ、アレッサンドラのもとへ
「もう少し森にいても良かったのに」
半ばむくれるロビンハルトを急き立てて、私たちはアレッサンドラの城に向かっていた。
ロビンハルトは全身を鎧で覆って、魅力的すぎる外見を隠している。
――ガチガチに隠しても、ものすごく綺麗なのはわかるわ。
隠していたって私には彼の内部、心臓の底、思想の切れ端まですべてが見える。
細胞の一つ一つが輝いている。
恋は私の視力を、かくも鋭くしてくれた。
二人乗りは馬が疲れるのでは? と心配していたらフランソワは百馬力だから大丈夫だって言われた……単位はよくわからないけれど、そんな怪力の馬、フランソワは美しい面立ちのサラブレッドだ。
力があって美形というのはロビンハルトと共通している。
コウモリ型に変身したエトワールは、私たちの周りをバタバタと飛んでいる。あの白くて可愛い姿が、グレーのコウモリに変わってしまうのだから、エトワールにも潜在能力があるのかもしれない。
「とにかくイブの指令を遂行して帰らなくっちゃ。おばあちゃんが心配してる」
私は夢を見た。
先読みではない。
現在の東京で、私の部屋の夢だ。
私のベッドは空っぽで、おばあちゃんが目を潤ませて私のいたはずのシーツを撫でていた。
私の身体が異世界へと行ってしまっていることは、経験者のパパが説明しているはずだけど、きっとおばあちゃんは納得できていないだろうし、もし私がおばあちゃんの立場でも、帰りを待つのは辛いはずだ。
――ロビンハルト、ごめんなさい。
真夏の夜の夢の中で、妖精パックがまぶたに塗ったという惚れ薬。
――あのお話の中でも、相手を取り違えてドタバタになっちゃうんだったわ。
シェイクスピアのお話をなぞるように、ロビンハルトは私にぞっこんという体になっている。魔法が解けないまま私がいなくなったら、彼は嘆き悲しむだろう。
――それなら、今のままで急に魔法が解けたら?
あれほど私に尽くしてくれた記憶は残るのだろうか? だとしたら、どんなに気まずい思いをするかと考えると、目の前が真っ暗になる。でも、私はこの猶予期間を楽しんでいた。
このままでいいはずがない。
「現状を変えなくちゃダメなの!」
魔法の力でロビンハルトに好かれていることも、イブに頼まれたアレッサンドラの奪還を先延ばしにしていることも、きちんとすべて解決しなくっちゃ。
そのためにはダンバーハート城にアレッサンドラを連れ帰って、イブの気持ちを変える必要がある。
私には、どうしてアレッサンドラが逃げ出したのか、ぼんやりとわかってきていた。
ロビンハルトから聞き出したイブという男性像は、アレッサンドラの夫としてはシンプルの度が過ぎている。
「イブのリビングも、書斎も、かっこいいんだ!」
手放しで師匠を絶賛するロビンハルトの言葉を総合するに、イブはクールなブラックアンドホワイトで城内を統一しているらしい。
――そういえば、ご本人も真っ黒づくめだったわ。
アレッサンドラのごてごての飾り過ぎは、一歩間違えたら悪趣味極まりなかったけれど、ぎりぎりのところで、カワイイ、キレイ、をキープしていた。
女の子の私の目から見てぎりぎりなら、イブの目から見たら完全にアウトだろう。
ふたりで暮らしていた時に、アレッサンドラの趣味をあれこれ制限していただろうというのは聞くまでもなく想像できる。
アレッサンドラが出て行ったあとに、イブは彼を尊敬して彼のすることなすこと全肯定のロビンハルトと10年暮らしてきたのだ。
もし復縁できても、またアレッサンドラが出て行くのは目に見えている。
丸一日馬に揺られて、三日前に逃げてきたアレッサンドラの城の前に立つ。
「着いた」
フランソワからおりたロビンハルトが、私を抱き下ろしてくれる。
アレッサンドラの城に敬意をこめて、私が着て来たスカートの部分には大きめの羽飾りがいくつもついている。ふんわりしたスカート部分以外は胸元も袖も黒い布地を使ってもらった。
その上からイブに貰ったマントを着ると、とてもシックなスタイルになる。
(このデザインでアレッサンドラがなにか感じてくれたらいいけど……)
フランソワを透明魔法で隠したロビンハルトが私の腰に手を添えて歩きだした。エトワールはコウモリの様相になって宙を飛ぶ。
たちまち城の中から甲高い叫び声が聞こえた。
「鉄仮面の騎士よ!」
「戻ってきたわ、兜を脱いで! お顔を見せて!」
「こっちに来てぇ」
窓やバルコニーには鈴なりの女性の顔が突き出され、おのおのが手やハンカチを振っている。数日前に見たロビンハルトの美貌の効果はまだありありと彼女らに残っているらしい。
「クレナ! 鉄仮面の騎士! なにしに来たの? 城を騒がせると容赦しないわよ」
城の正面に当たる庭で立ち止まると、トランプの柄で縁どられたポップなバルコニーにアレッサンドラが登場した。
今日のアレッサンドラは、全身がうすいピンク色で、巨大なボールのような袖は柔らかな花のモチーフで膨らんでいる。襟元から腰のあたりまでは身体にぴったりとしたラインでお尻からまたふんわりと花が咲く。
(可愛いっ)
計算されたデザインは、ド派手だけど女の子の心をくすぐる魅力がある。
「ん?」
アレッサンドラの眉がぴくっと上がった。
「そのマント、イブの趣味ね。こっちに寄越しなさい」
――反応した!
私と顔を見合わせたロビンハルトが、おもむろに兜を脱ぐと、城から女性たちが飛び出してきて女兵士の制止も聞かずに駆け寄ってくる。二百人はいるであろう彼女たちは、もはやアイドルのコンサートで最高潮に達したときの興奮で素敵なドレスを着ていることなどお構いなしに疾走してくる。
――怖いっ!
「クレナ、これ持ってて」
兜を渡されて胸に抱くと、膝裏に手を回されて持ち上げられた。
「あわわっ!」
ロビンハルトお得意のお姫様抱っこだ。
フルメタルに美麗な顔だけのぞかせたロビンハルトと、彼に抱き上げられた私の周りに黄色い膜が出来上がる。見上げたエトワールにも光臨のような膜がかかっている。
「侵入禁止の魔法だ。誰も俺たちに触れられない、このままアレッサンドラに会いに行こう」
ごく間近に女兵士が迫っている。
女性たちの金切り声が上がる。
それでも私たちは、静々と……いいえ、鎧の音をガシャガシャと、城内に入って行った。




