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黄金蜜《おうごんみつ》の季節


「クレナ、これをどうぞ」


 金縁のティーカップを二つ、トレーに乗せてロビンハルトがリビングに入ってきた。

 同時に、苺とココアの甘い香りがする。


「いい匂い!」

「生クリームにも苺が混ぜ込んであるよ」


 暖炉の前のローテーブルに乗せたティーセットのスプーンには、半分にカットした苺が置かれ、ココアに浮かんだ生クリームにも小さくカットされた苺の赤が見える。

 東京のコーヒーショップで出したら大人気になりそうなフォトジェニックぶりだ。


「可愛い、ロビンハルトが作ったの? すごく美味しそう。デザートドリンクを飲む習慣なんてあったのね」


 両手でホカホカのカップを包み、ご機嫌で聞いてみるとロビンハルトが首を振った。


「いや、アッサムランサーでは見たことがない。苺のフラペチーノってこういうのかなって、想像で作ってみたんだけど、違うかな?」

「フラペチーノ?」


 違う、ぜんぜん違うけど。


「こういうのじゃない?」

「フラペチーノは冷たいドリンクで……でも、どうしてそのメニューを知っているの?」

「ああ、冷たいのか! クレナが寝言で言っていた。私、ストロベリーフラペチーノがいいって」

「え? キャッ、やだ、どうしよう」


 寝言? そう言えば、昨夜はママとお茶しに行った夢を見たんだった。

 表参道の行きつけのお店のソファ席。二人で学校のことや素敵なパパの話で盛り上がった。これは先読みの夢じゃなくって……普通の夢。


 ――やだ、涙が出ちゃう。


 ロビンハルトに寝言は聞かれるわ、ママのことを思い出すわで、なんだかしゅんとしてしまう。


「……あの、ロビンハルト。私の寝る部屋を別で作ってくれない?」


 おずおずと切り出した私に、彼はカップを置いて壮絶に悲しそうな顔を向けた。


「どうして? 寝言を聞いて怒った? あ、フラペチーノが大間違いで、俺にがっかりした?」

「いいえ、いいえ」


 びっくりして首を振る。


「寝言は恥ずかしいけど、フラペチーノのことを考えて作ってくれたのが嬉しいわ。それにすごくおいしい。ありがとう」

「そう? じゃあ、どうして別々に?」


 いかにも安心したように、だが不満そうにロビンハルトが聞き返す。


「だって……こっちの世界ではどうかわからないけれど、私の住んでいるところでは……若い男女が一緒には……」


 いいかけて口ごもってしまう。

 東京の女の子だって、好きな人とできるだけ一緒にいたい、触れ合いたいって気持ちは持っているし……私は何を怖がっているのかな。

 かぁっと耳を赤くした私の様子に、さすがのロビンハルトも気がついたらしく金色の頭をかいた。


「心配しないで、何もしないよ。この季節は黄金蜜の星座が真上に来る。一緒に眺めたいって思っているだけなんだ」

「……黄金蜜?」

「そう、今の季節をそう呼ぶ。綺麗な星の観測ができるよ。きっとクレナは気に入る」

「天体観測? 素敵ね」


 ロビンハルトがいつも私のことばかり考えてくれていることに、浮き上がるような喜びを感じる、

こんな風に好きな女の子のために飲み物を作り、星座を眺める提案をするなんて、ロマンチックで胸が高鳴らないはずがない。


「それに、起きて意識のあるうちはいいけれど、昨日みたいに眠っていうる間にアレッサンドラかイブがクレナを連れ去ってしまうんじゃないかと心配なんだ。一緒のベッドが嫌なら俺はソファに座ってクレナを見ていようか?」


 一点の曇りもない瞳で見つめられて、胸がいっぱいになった。


「いいえ、いいの。寝言がうるさいかもしれないけれど、一緒に寝ましょう」

「クレナの寝言は可愛いよ」


 にっこり笑ったロビンハルトが私の指先を握る。

 そっと唇が乗せられ、キスをされる。

 こういう優しいくちづけを、ことあるごとにロビンハルトはしてくる。

 彼は、偽物の恋の病に落ちているのだ。


 ――切ないなぁ。


 自分にがっかりしたかと聞いてくるロビンハルトの気持ちを、今に私が味わうことになるだろう。

 魔法が解けた彼が見るのは、異世界から来た無力な高校生で、なにができるでもない。

 アレッサンドラの奪還だって、どうしたらいいものか全く見当もつかないありさまだ。

 それなのに、大切に、大切に、私が怖がったり悲しんだりしないように。この人はいつでも私のことを考えて行動してくれる。


 ――いつかロビンハルトに本当に好きな人ができたら、きっとその人は幸せだわ。


 歯を磨き、ロビンハルトの用意してくれたシンプルながらに着心地のいい寝衣に着替えると、私たちは揃ってベッドに入った。

 枕を並べて仰向けに横たわる。木々の隙間から星空が見える。


「本当、天体観測ができるのね」

「まだ、ちょっと早かったかな? もう少し、寝ちゃだめだよ」

「うん、大丈夫」


 森の中のベッドは、不思議な寝床だ。

 ロビンハルトの魔法の力は、どうしても建物の躯体構造を作ることができなくて、壁や屋根がない。

 中途半端な豪邸の中でふたり並んで寝ているのは、おかしな感じがする。

 壁も屋根もないけれど、外敵から守る要素は詰め込んであるとロビンハルトは説明してくれた。

 強すぎる風も少しの雨も、鳥や野生の獣も侵入することはできない。

 ただ、見られているような気持ちがして自制が効くのは確かだ。


(もしかしたら、女の子とふたりっきりの時には部屋のドアを開けておくとか、そういうマナー的な気持ちなのかな?)


 同じ年のロビンハルトならあり得る発想だと思う。

 そっと隣に目を移すと、天空を見上げていたロビンハルトが、私に緑色の瞳を向けた。

 差し出された手に私の手を乗せると、優しく握ってくれる。

 ぬくもりに胸の中で抑え込んでいる恋慕の気持ちが込み上げてくる。

 

 ――どうしよう。


 いつか来る別れが怖くてたまらない。


「アレッサンドラの城に行って、私たちが説得したら、あの人帰るっていうかしら」


 何度となく考えている疑問をロビンハルトに投げかけてみた。


「難しいかもしれない。かといって俺の顔でアレッサンドラを誘惑する作戦はもうしない」


 穏やかな声でロビンハルトが約束してくれた。


「良かった。イブの方針のままだと、アレッサンドラはいつか傷つくわ」


 そう! そうなのだ。

 アレッサンドラが出て行った原因が、イブの自己中心的考え方なのだとしたら、強引なことをしてはいけない。


「ロビンハルトが、わかってくれて嬉しいわ」

 

 イブの考えた鉄仮面の騎士の作戦を、私はどうしても受け入れることができなかった。

 ロビンハルトと私の考え方が同じ方向を向いているのが、なんともいえずに嬉しくて声を上げると、ロビンハルトは私の手にキスをした。


「さぁ、そろそろ上を見よう」


 促されて見上げると、星はついさっきよりも輝きと数を増している。


「あれは薬瓶座で、隣は魔女座、伝説では魔女はあの薬が欲しくて空を追いかけているんだって」


 見える? と指さす先にはひときわ明るく輝く星と、そこから繋がる十二個の星があり、少し離れたところに、小さな星の集団が見えた。


「大きく光る星がある方が薬瓶座だ。小さくてくすんでいるのが魔女座」


 この世界にしかない星の並びを教えてもらう。

 身体は温かいベッドに入って、快適な枕に頭を載せたまま星空観察をするなんて、ものすごく贅沢だと思う。


「星座は一緒に動くんじゃない?」

「そう、その通り。だから魔女は薬瓶がつかみ取れない。歌いながら空を駆けている。歌を聴く?」


 ――歌?


 問われて頷くと、ロビンハルトの指が私の耳に触れた。とたんに耳に飛び込んできたのはソプラノの歌声だ。魔女の声というより世界の歌姫も真っ青の美声。


 観客を得た魔女は、麗しのプリマドンナの姿になり、巻き毛を揺らしながら夜空の大スクリーンで歌う。

 まるで映画を観ているようだ。


「綺麗な声」

「だろう? この季節は魔女の歌声が聴けるのがいい」


 ロビンハルトの言う季節とは、日本で言うところの春と秋がごっちゃになった、黄金蜜おうごんみつと呼ばれる時期だ。

 果物は実り、風は甘く、天体も麗しい。

 異世界に転生してからまだ3晩目。


「ここは、綺麗で不思議な場所ね」


 そよぐ風に吹かれるベッドで、ロマンチックな歌声を聴きながら私はつぶやいた。


「……俺にとってはクレナがいるところが、一番いい場所だけどね」


 ロビンハルトの甘い言葉もいつも通りだ。

 魔法のかかった彼の台詞に流されないように、私はぎゅっと目をつぶった。



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