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魔法使いの弟子


「魔法? それは無理無理、私にはそんな才能ないし、修行もしていないし」


 だめだめと手をひらひらさせながらも、もしできたらすごいなとも思う。

 そっとロビンハルトの顔をうかがって、おずおずと聞いてみる。


「……できるかな?」

「俺は教えるのが得意だよ」


 嬉しそうにロビンハルトは言うと、エトワールのお尻を押した。


「木の実を拾ってきて。2個だよ」

「わん!」


 いままでじっと伏せて、私たちの様子を見ていたエトワールが、お役目を貰って意気揚々と駈け出す。

 ちょこんとした脚が、思いのほかエネルギッシュに動いて走ると、すぐに木の実を咥え、もどってきた。


「よしよし、えらいぞ」


 エトワールは首を撫でられて目を細めている。忠実なバディ犬はロビンハルトの手のひらに慎重な仕草で実を落とした。

 2個の木の実は、ドングリに似た形だけれどがくが無く、深い紫色をしている。


「変わった実ね」


 つやつやとした表面は、誰かが磨いたようになめらかだ。


「イスルマの実は食べられないけれど、魔法がかけやすい。いいかい、見てて」


 ひとつ摘まんだロビンハルトが空中で指を離すと、実はふわふわと宙を漂い始めた。


「浮いてる! すごい」


 マジックショーを見ているような気分だが、これは魔法でタネはない。精神世界の産物だ。


「クレナも自分の手に引き付けてみて」


 促されて手をかざすと、私の動きに合わせてイスルマの実が上下に動く。


「おもしろいっ!」


 私のコントロールぴったりに動いてくれるのが、おもしろいし、なんだか木の実がかわいく感じられる。我ながら単純だけど。


「うん、できるね。じゃあ、両手の中にイスルマを隠してみて」


 宙に浮く紫色の実を、恐る恐る両手で包むと、中で発光しているのがわかる。

 手のひらが、ぽかぽかと温かく感じられた。


「熱くなってきたけど、大丈夫?」

「それでいい」


 ロビンハルトの手元を見ると、彼も手の中で木の実を発光させていた。

 私の視線に気がついて、口の端を引き上げ、にこっと笑うと軽く手を揺する。


 ――楽しそう。


「イスルマをネックレスにしよう。好きな形を頭に描いてごらん」


 いとも簡単にロビンハルトは言うが、元がドングリみたいな木の実のネックレスなんて、子どもの工作みたいなものができてしまいそうで思いつかない。


「難しいわ。先にやってみてくれない?」


 ロビンハルトに頼んでみると、うんと頷いて目を閉じた。

 長いまつ毛が伏せられ、頬の上に影が落ちる。色気のある美貌にドキリとする。

 私の手の中のイスルマがますます熱さを増して、これ以上の発熱だと持っていられない。


「よし、これでいい」


 ロビンハルトの手の中の発光がひときわ大きくなった。

 彼が、重ねていた手を広げると、そこには紫色の石が入ったシンプルなネックレスが出来上がっている。


「これって、アメジスト? 宝石ができるなんて」


 驚く私に、チェーンを持って揺らしながらロビンハルトが説明した。


「クレナのことを考えていたら、こういう宝石になった。飾らない、そのままの姿が可愛くて、とても綺麗だ」

「――え、それは……」


 それは、ちょっと言い過ぎ。


「恥ずかしいわ」

「女の子に、こういうこと言っちゃいけないのかな?」


 不安そうにロビンハルトが言う。


「えっと……」


 言って欲しいけれど、恥ずかしい。うつむいた私の頭をロビンハルトの手がくしゃっと撫でた。


「だめじゃない気がする。クレナ、嬉しそうだ」

「もうっ」


 女の子には慣れていないのかもしれないけれど、人の心を掴むのは抜群にうまい。


 ――かっこいいなぁ。


 さすがイブの愛弟子。

 では、私もロビンハルトを考えて作ってみようと目を閉じた。

 直視できないほどの華やかな美貌と、生真面目な性格。恩師に対する屈託のない尊敬の態度。私を甘やかしてくれる優しさ。屈強な身体に鉄仮面とプレートアーマーで身を包むいかつさ。


 ――いろんな面があって、すべてが輝いているわ。……大好き。


 ロビンハルトのことを考えると、最後には好きだという気持ちが抑えられなくなる。

 手の中に発光と熱が広がって、私もかぶせていた手を開いた。


「これは……珍しいね」


 私の手の中にあったのは、七色の虹が宝石の中に溶け込んだようなオパールだった。

 楕円形の宝石の中には赤青黄色、緑色とさらには紫やオレンジの色味も見える。


「私にとってあなたのイメージは、こんなふうよ」

「七変化?」

「つかみどころがないの」


 困った顔で言う私にロビンハルトは、ふふっと笑いかけた。


「クレナを大好きな気持ちは揺らがない。ずっと変わらないよ」

「……ありがとう。私も好きよ」


 見つめ合うと、恥ずかしくなって顔がぼっと熱くなる。

 ロビンハルトの頬も赤く染まって、私たちは手の中の宝石をもじもじとしばらくいじっていた。


「ネックレス、交換しないか?」

「ええ、いいわ」


 ロビンハルトの提案で、私たちはネックレスを交換した。

 紫色の宝石、ロビンハルトが私をイメージして作ってくれたネックレスをかけてもらうとくすぐったい気持ちがする。


 魔法で作られたネックレス、そして恋人同士のような甘いひととき。

 いつまで続くかわからない。

 次の瞬間には消えてなくなっているかもしれない。

 それでも、私はロビンハルトとの夢のような時間を大切にしようと考えていた。



 ***



(昨日は私が急に眠ってしまったから同じベッドだったけど、今夜はどうなの?)


 ロビンハルトの作り出した壁のない家のリビングで、私は考えていた。

 夜の散歩から帰ってきて、ロビンハルトは摘んできたイチゴを持って台所へと何か作りに行った。

 夜のイチゴの繁みには蛇が出ると止めたけれど「俺、蛇より強いよ」と笑われてしまった。

 あんな顔してワイルドだ。


 彼の魔力があれば、別の寝室を出すのなんて簡単なことのはずなのに、相変わらず寝室はひとつだ。


 ――そりゃあ一緒にいてくれる方が安心だし、あの顔はいつまででも見ていられるけど。


 膝にはエトワールがじゃれついてきて、ひっくり返ると、白い前足で自分の短い鼻をくすぐっている。ついにはクシュンとくしゃみをする様子に笑ってしまう。

 コウモリのイメージを発しながら飛んでいるときとは大違いの、丸くて小さな姿が愛くるしくてたまらない。


「かわいいっ、エトワールかわいいっ。なんていい子なのっ」

 思わず抱き上げてほおずりすると、ぺろぺろと顔を舐めてくれる。


――平和だわ。


今日一日を思い返してみる。

イブの指令が出て、魔法の石を作る練習をし、魔道からの物質取り出しの方法も教えてもらった。その合間にアレッサンドラ奪還の方法をあてもなく考えていたら、あっという間に森は薄暗くなり、ロビンハルトは夕食を魔法で準備する。

夕食がテーブルに表れる場面の魔法を学習しようと、レクチャーを受けたばかりの魔道を確認してみる。


「ああっ、残念。見えたと思ったんだけど」

「そう? うっすらとでも見えたら、次は自分でもできるようになるよ」

「はい、ロビンハルト先生」


 びしっと敬礼して背筋を伸ばすと、笑いながら身体を引き寄せて額にキスしてくれた。

 

 魔法ってすごい。


 恋ってすごい。


 私には変化が起こっていた。


 ――起きていられる!


 先読みができなくなって、体力を使わないせいか、それとも魔力の強いロビンハルトとの恋の力のせいなのか、星が瞬きを始めても私の体力は尽きない。


「すごいわ、本物の星空を見るなんて初めて!」


 興奮する私とロビンハルトは夜の散歩を楽しんだ。

 この私が夜に外を歩くなんて!


「ああ、本当に恋って素敵」






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