プロローグ & 第一話
小説部分の投稿 初めてで手間取りました。
短いプロローグと1話を一緒に掲載します。
――ガシャガシャガシャガシャ……。
銀色のプレートがきしむ音を立てながら、鉄仮面の騎士が大広間を縦断する。
動作はゆっくりだが大股で、進みが速い。
背後に不気味なコウモリが飛び、腰に下げた剣も、彼の動きに伴って鋼鉄の接触音を響かせる。
楽器を共鳴させるために工夫を凝らした大広間には、武骨な金属音がこだまする。
本来ならば麗しい曲が流れる豪華なホールなのに、今や死へのカウントダウンの雑音が響きわたる。
悪魔の演奏のようなBGMを、奇怪千万の亡者である鉄仮面の騎士が響かせているとなると、耳から入った不気味さが皮膚表面で鳥肌へと変わる。
壁から天井まで緻密な彫刻が施された華やかなホールは、恐怖と興味、こらえきれない嫌悪、さらには興奮が入り混じり、うずまく感情から、うなり声が沸き起こっていた。
「おううう、気味が悪いったらない。獲物へまっしぐらじゃないの」
「なんておぞましい、私は見ないわ」
見ないと顔をそむけた女性は、扇の隙間からぎょろりと視線をめぐらせる。
鉄仮面の騎士のターゲットが自分ではないことが、客人の気を大きくさせていた。
醜い怪物の鉄仮面が、いかに美しい女性を攫って行くのか? もしや、この場で貪り食べてしまうのではないか?
ぴちぴちと若い女である生贄は、恐怖に叫び、命乞いをするだろう。
残忍な場面を想像し、興奮した野次馬の熱気は最高潮に達していた。
鉄仮面の騎士が、鎧をきしませながら真っ直ぐに進んでくる。
くすんだ銀色のプレートアーマーには幾何学的な彫刻がされ、鎧は隙間なく全身を包む。
顔面の覆いが下ろされた兜は、中の人の肌色さえも確認できない、いや……人ですらないかもしれない。
腐った身体と崩れた顔。
醜悪な存在、呪われた鎧に身を包んだ鉄仮面の騎士。
彼はこの城を牛耳る乙女、アレッサンドラをもらい受けに来たのだ。
***
「私はどうしてここにいるの? ぜんぜん話が見えないんですけど」
お前は転移して来て、明日には生贄になるって、ちゃんと日本語で聞こえているけど……意味がわからない。
だいたい私のしゃべっている言葉も、この人に伝わっているの?
「飲み込みが悪いわねっ、鉄仮面の騎士は私の顔を知らないから、おとなしく連れて行かれたらそれでいいの」
私を召喚したというアレッサンドラが、不快そうに眉間にしわを寄せて明日の段取りを説明している。いとも淡々と!
――ママ、パパ、おばあちゃん!
思わず家族ひとりひとりの名を呼んで胸の前で指を組んだ。
――どうして私が選ばれちゃうわけ? もう家には帰れないの? この人なに?
頭の中で疑問が次々と飛び出してくる。
私はただの女子高生で、いつものように早寝をした。そして、起きたら女兵士に取り囲まれていて、このアレッサンドラの前に引っ張ってこられたっていうわけ!
混乱するし、怖い。
私を呼び寄せたのはアレッサンドラ――ヨーロッパ貴族のような城に住む、若く美しい女性。自己紹介などしてもらっていないので、アレッサンドラ様とかしずかれる彼女の名は、お取り巻きの呼びかけで知った。
中央に立つ彼女は、ウエストをぎゅっと締めたドレス姿なのだけれど、教科書や漫画で見る十八世紀の姫とはかけ離れたデザインだ。
鉄仮面とか生贄とか身代わりとか、身のすくむ話をする彼女のファッションが、それはもうすごい。
――なんなの、このドレスったら!
大小の水玉模様の生地を重ねて、てんとう虫とその羽をモチーフにしている。
――たぶん……てんとう虫だと思うけど。
すんなりとした腕をむき出しにしたノースリーブで、背中に羽までついているし、頭や首についた装飾品は七色で、腕輪はときどきチカチカと光る。
ドレスの素材は高級そうな薄絹で、描かれている水玉の色が全部違うので、けばけばしいのか、品があるのか微妙な印象の服だ。デザインはまるで、奇抜な衣装と踊りが売りの原宿のアイドルみたい。
――可愛いけど、けっこう好きだけど。
こんな場面じゃなかったら、もっとじっくり鑑賞したい。
アレッサンドラのとんがったデザインには及ばないが、後ろで並ぶ女性たちも、鳥の羽や薔薇の花びらをモチーフにして「薄く重ねる」というテーマを踏襲したドレスを着ていた。
全員で服装を合わせているからか、その一団はステージ衣装のようにきらびやかな雰囲気の一体感がある。センターを取っている様子から、たぶん、アレッサンドラがこの城で一番偉いのだと思う。
姫か……もしかしたら女王なのかも。こんな衣装を作り出すデザイナーがいるのなら、卓越したセンスがあるんじゃないかな?
「ダンバーハート王っていう悪の権化がいるの、そいつがこの私を鉄仮面の騎士に差し出せって要求してきたのよ。冗談じゃないわ。フルメタルの装甲の下は腐った魔物だっていうじゃない。おお、いやだ。私はいっさいかかわり合いになりたくない、でもこのお城にいる女の子は、みんな私のお友達だから生贄になんてできないでしょう?」
栗色の髪を高々と結い上げ、七色のボンボンで飾ったアレッサンドラは、頬紅を濃い目に施した綺麗な顔をゆがめて顎を上げ、月の形の奇妙な椅子に座った私を視線だけ下げて眺めた。
猫みたいに切れ長の、しゅっとアイラインを引いた目が光る。
だから部外者の私を召喚したっていうわけ?
美人で気が強い姐さん気質。女性軍団のトップらしく我が強そう。仲間を守るリーダーシップは結構なことだけど、身代わりにされる私のことも考えて欲しい……自分の意見が一番で他人のことなんて考えちゃいないのね。
これまでの人生の中でも、アレッサンドラみたいな押しの強い人の気配に疲れたことがある。
どこからそう感じるのだろう? ピンと張った背筋? はっきりと言い切る語尾? それともつり上がった瞳の眼力?
――やっぱり一番は、このトンガリファッションからかな?
彼女の発する自我バリバリのオーラは、そばにいるだけで生気を吸い取る。
見た目や服装は、かなりその人を表すって本当だ。
――九割とか百パーセントとか言うものね。
すっかり気力を削がれて、しゅんとうなだれる。
うつむいて両膝を縮めた身体に視線を感じて、ちらった目を上げた。
――わっ、見てる!
アレッサンドラの大きな目には、私を身代わりにする申し訳なさとか、異世界から連れ出した罪の意識とか、そういう人間らしさがまったく感じられない。
「あなたったら……」
彼女の大きな瞳が、下賤な身分の私を値踏みしている。その目は頭の先から足指までを眺めて、そしてまた胸元に移る。きっと奴隷売人って、こんな風に人身売買の獲物を見るんだろうな。よく知らないけど。
――こわいよぉ。
パジャマ代わりにしているふわもこ部屋着の袖を、ぐっと引っ張り、その手を太ももの間に挟むと私は背中を丸めた。恐怖はどんどん大きくなっていく。
――ど……どうしよう。震えちゃう。
寒いし、オブジェみたいな椅子にはクッションがないからお尻は痛いし、第一、話の内容が怖すぎる。一個ずつ色の違う平らな石がびっしりと敷き詰められた床が、裸足の足の裏に冷たい。
「ね、そのもこもこの服。どうして下はそんなに短いのに、上は長袖なの? 尻尾がついているじゃない? その格好ってなんのつもり?」
急に話題を変えて、私の部屋着を指さすと、アレッサンドラが首をかしげた。
その時、急に彼女の顔に可愛らしい好奇心が浮かんだ。
「あ……」
――あれ?
続きは、明日の17時ごろの予定です。
紅菜が気づいたのはなに?