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鉄仮面の騎士と先読みの乙女

 ――ロビンハルトは利用されている?


「ご名答」


 私の思考を読み取ったイブが、シロツメクサの花を揺らしながら話を続ける。


「愛妻をダンバーハード城に戻ってこさせるために考えた作戦の、最大の武器がロビンだ。町で美形の子供を探していたら、美と才能を併せ持ったロビンを見つけた。孤児で綺麗な顔をしていると、屈折した自尊心や大人の手垢がつく場合が多い。不良少年のリーダーなんて矯正のしようがないと思っていたのに、ロビンは違ったよ。純粋無垢で正義感まである。まったく私はツイていた。アレッサンドラ奪還を目指して私はロビンに修行をさせたってわけだ」


「ロビンハルトは、魔術師になりたくてあなたを信奉しているのに!」


 なんだかやるせない気持ちにかられていた。

 確かに、町で孤児として暮らすより、尊敬する魔法使いの修行を受けるという道を選んだのはロビンハルト自身だ。


 ――でも……。


 ロビンハルトのこの10年の修行は、イブの妻に帰って来てもらうための茶番を演じる役者として費やされたに過ぎない。彼はそれを甘んじて受け入れているのだろうか?


 ――おまけに、かけられた術が私に誤爆するなんて……。


 生真面目なところのある彼は、きっと一生懸命に学んできたはずだ。それを思うと、私はキリキリと胸が痛んだ。


「もし、あなたの計画どおり、アレッサンドラがダンバーハート城に帰ってきても、ロビンハルトとあなたの奥様が両想いになったままなら大失敗じゃないですか」

「ああ、小娘はこういうところでわかっていない」


 イブがふるふると頭を振った、肩の小鳥が一度低く飛んでまた肩に降りる。


「納得済みでダンバーハート城に帰ってきたとたんに魔術を解く。するとアレッサンドラはこんな小僧にのぼせた自分が恥ずかしくなるだろう。彼女ときたら、自分は若く見せたいくせに男は年増好みだ。そのためにロビンの年齢を、できる限り上げてから行かせたが、術を解いたらこの通りの美青年ときた。この甘さはまったく彼女の趣味じゃない。アレッサンドラは久しぶりのダンバーハート城が気に入るだろうし、私は男らしく彼女を許す。すると我々は元のさやに納まること請け合いだ」


 ――単純! 本当にひどい。心をもてあそんで最低! 


「一度はロビンハルトに恋したアレッサンドラを、ダンバーハート城でロビンハルトと住まわせるつもりなの? ロビンハルトが成長してアレッサンドラの好みになる可能性もあるわ」

「む?」


 イブが腕を組んだ。それは考えていなかったようだ。


「女性の考えることは思いもよらないな。ふむ、ロビンは人間だから成長する。アレッサンドラのそばに置いておきロビンが年をとったら危険かもしれないな」


 思ったままを口にした私は、はっとして手を口に当てた。


 ――私……余計なことを言ったんじゃ……。


「ならば、ロビンは生まれた町に帰すかな。クレナは東京へ帰るといい。ロビンのことなら心配するな。顔を隠してする仕事を何か見繕ってやろう」

「どうしてそんな冷たいことを言うの!」


 むかむかと腹が立っていた。

 イブの都合で連れてきたロビンハルトを、フルメタルの装束でないと人前に出られなくしておいて、今更、鉄仮面の騎士の姿で町に放り投げるなんて。


 ――そもそも鉄仮面をつけなくてはいけなくなったのって、ダンバーハート夫妻の夫婦喧嘩のせいじゃない?


「そんなこと、させられません。ロビンハルトにつけさせた妙な魔力を取り去ってください」


 こめかみの血管が切れそうに怒る私に、イブがげらげらと笑い出した。


 揺らしていたシロツメクサの花が、空中で小さなパンの形になった、と思ったら偵察鳥がくちばしに咥えて、ピューっと垂直に空に飛びあがる。

 一連の動きは面白いけれど、素直には見ていられない。


「ふざけないで」

「そんなこと言っていいのか? ロビンは一生モテて、祀り上げられる人生を送りたいのかもしれないぞ。それに術を解いたら、お前にべた惚れの状況も消えてしまう。これだけの美形に恋焦がれられて、さぞかしいい気分だろう?」


 とんでもなく意地悪なことを言われて、私はまなじりを釣り上げた。


「偽物の恋なんていりません」

「ほぉおおお」


 イブが首を傾ける。

 にやにやと笑われて、急に恥ずかしくなった。確かに私はロビンハルトの好意を嬉しく思っているし、彼がいるから森の中のこの状況を楽しんでいる部分もある。


「ただ単に魔法を解くだけじゃない」


 私の心境を読み取ったイブが、にやっと笑みを浮かべた。低音の彼の声に凄みが混じる。


「魔法の解除と同時に、お互いがかかわっていた記憶も消える。今、この世界でお前の味方はロビンだけだ。術を解いて他人になってしまったら、お前はここで身よりもなく、ひとりぼっちだぞ」

「……そんな」

「さて、そろそろロビンも起きるだろう。私はこれで失礼する」


 身軽に立ち上がったイブが、身体の前でくるんと指を回した。


 ――空気が変わった!


 明るい朝の森の中なのに、彼の周辺はやけに陰影が深くて風が止まっている。

ザワザワという葉音が交響曲の序章のように、これから起こる爆発的な音楽を予感させていた。


「威勢のいいお嬢ちゃん。心配するな、まだ魔法は消えない。しばらくロビンを貸してやろう。ふたりでアレッサンドラを連れ帰してくるのだ。鉄仮面の騎士と先読みの乙女。お前たちの力を存分に発揮してわが愛しき妻を説得せよ」

「私と……ロビンハルトで……」


 私には夫婦の機微なんてわからないし、ロビンハルトだっていかにも女性に免疫がなさそう。私たちには、荷が重い。


「ロビンはだてに10年修行を積んでいるわけではないぞ、まぁ、がんばれ」


 イブがウィンクをすると、すっと筆で流したような瞼がキラリと星を放って、片側だけ、ほんの一瞬閉じる。

 慣れた感じのウィンクは気障だけど、絶妙に似合っていた。


 彼の無責任な応援とともに、つむじ風が起こり、野の花と葉が舞う。シャーンとシンバルが鳴り響いてバイオリンが一斉に弦をかき鳴らす音が渦を巻く。


「きゃっ」


 目を開けていられなくて、手を顔の前にかざし、下ろした時にはイブの姿が半分消えかかった。


 ――ああ、なんて大げさな消え方!


 そう思って、そっと目を開けると、彼は面白そうに笑いながら目の前に立っていた。


「消えたんじゃないんですか?」


 イラッときて、ついつっけんどんな言い方になると、彼が大声で笑った。

 森に響き渡る声が「はははっ」と高らかなのに声質が渋い。


 ――確かに、何をやってもいちいち決まっているわ。


 ロビンハルトが「イブはかっこいい」と絶賛していた気持ちがちょっとわかる。


「女性に冷えは大敵だ」


 のんびりした声でイブが言い、空中でふわりと手に取った漆黒のケープを私の肩にかけると、顎の下でリボンを結んでくれた。


 毛皮を周辺に配したケープは、メイン生地がカシミアなのか驚くほど軽く肌ざわりがいい。赤ずきんちゃんみたいなフードがついているのも素敵だ。


「あ……ありがとう」 


 確かに、森の突風を避けるケープがあると暖かくて、座っているのも苦でなくなる。


「よく似合う。若い女の子にシックな色は最高だ」


 フードを起こして頭にかけてもらうと、ますます暖かい。


「可愛いよ」


 ――うっ! 


 イブの言葉に不覚にもドキリとした。クラスの女の子に年配の俳優さんの熱狂的なファンがいて「枯れ専」とか自称していたけれど、気持ちがわかる気がする。

 いや、イブはぜんぜん枯れていないみたいだけど。


「では、頑張ってくれ。愛する妻が帰ってくることを一日千秋の思いで待っている」


 ふたたびつむじ風が起きると、ファンファーレとともにイブの姿は消えた。今度こそ完全に。


 ――出てくるのも、去るのも大げさな人。






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