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魔王、イブ・フォン・ダンバーハート参上!

 ――魔法の力で?


 それは違う気がする。

 最初はパパと年齢の近いおじさまだと思っていて、頼りがいと優しさにすっかり気を許していた。全裸を見られた時だって、まぁ仕方ないなんて思えたぐらいだ。

 でも、同い年の男の子だとわかってそばにいると、ロビンハルトの純粋さや18歳らしい茶目っ気にどんどん惹かれていく。


 きっとロビンハルトがここまで秀麗な顔立ちでなくて、高校のクラスメイトとして存在していたとしても、私は彼の性格を好ましく思ったはずだ。


 ――そうは言っても、この顔を見てしまうと、綺麗すぎて溜息が出るけど……。


 あれこれと考えを巡らせていると、ロビンハルトの頭がくるんと上を向いた。


「……ん、クレナ……」


 彼の口元がふいにほころんで私の名を呼ぶ。ドキッとして背筋が伸びた。


 ――起きているの?


 様子をうかがっても、すうすうと寝息を立てて、起きている気配はない。


 ――寝言?


 幼くなった顔立ちに、少し開いた口元が可愛い。思わず私も微笑んでしまったところで、手をぎゅっと握られた。

 

 ――えっ!

 

 片手は私の手を握り、もう片方の手はスカートの布を握っている。お座りをして私たちの様子を見ていたエトワールも私のスカートに背中を押し付けて丸くなる。

 美男子と子犬に囲まれて、気持ちがぽかぽかと温かくなる。


(まるで、眠っている間に私がどこかに行かないように押しとどめているみたい)


 私の胸が、きゅんと音を立てた。

 ロビンハルトは孤児だと言っていた。逃避行を熱っぽく誘ってくれたのは、家族が欲しいのではないかと思う。


「さびしいのかなぁ」


 片手を握らせるままに、もう片方の手でそっとロビンハルトの金髪を撫で上げてみる。

 柔らかな巻き毛が揺れると、彼の顔周りで光の反射が起きる。

 私の中で、初めての感情が膨れ上がっていた。


 ――彼のことが知りたい。


 いつか読んだことがある。


『初恋の魅力は、この恋がいつかは終わるということを知らないことだ』


 そんなことはない。

 私はこの恋が終わることを知っている……はず。


「さむっ……」


 ロビンハルトには強がりを言ったけれど、火の気のない森の中は湿気があって寒い。

 首回りの開いたドレスを着ているせいで、背中がぞくぞくと冷えてきた。


 ――がまん、がまん。


 今日の先読みの夢をもう一度思い返してみた。


(馬に乗ってダンバーハート城に行く私の心は、重石が乗っかっているみたいに暗かった。ロビンハルトが一緒に行ってくれるなら、あそこまで落ち込むことないと思うけれど)


 ということは、これから城に行く前に何かよからぬことを知ってしまうのだろう。思い出してみたいのに、夢の中のその部分が暗幕がかかったように黒くて、何があったのかわからない。アッサムランサー国に転移してから、私の先読みの切れ味が悪くなっている。


 日々、まったく知らないことを経験しているから、というのもあるのだろうが、この国の空気を吸っているだけで身のうちにあった六感めいたものが消えていっている。


(とにかく、覚悟しなくちゃ)


 くるりと森の中を見回すと、さわさわと木の葉が揺れて、枝の先に止まった小鳥たちが右に左にと飛び交っている。あんな動き、見たことがない。


(まさか……)


 そう思った瞬間に、目の前に小さな竜巻が起こり、みるみるうちにそれは大きくなっていく。


「あぶないっ」


 近すぎる。

 竜巻の真空部分に巻きあげられたら、飛ばされてしまう。


「ロビンハルト、起きて、竜巻よ! ロビンハルト!」


 やはりおかしい、催眠術にでもかけられているようにロビンハルトはびくともしない。そうしているうちに竜巻は同じ場所でキリキリと回った挙句に色を持ち始めた。


「……えっ、なに?」


 薄紫の煙が竜巻の流れに沿って上がっていき、そのまま天空へと吸い込まれていく。


「――あなたは!」。


 紫煙の消えたそこには、黒髪に黒装束の紳士が立っていた。

 背が高く、やせ形で、レーサーのようなレザースーツの上に黒いマントを羽織っている。

 この世界は中世から近世の雰囲気があるのに、彼の現代的なスタイルはなぜか強い説得力を持っていた。彼が着るならこの衣装しかないと思わせてしまう、迫力にあふれているのだ。


「イブ・フォン・ダンバーハート……先生?」


 彼はロビンハルトの師匠だ、一瞬の判断で先生と呼んだ。するとイブがにやりと口元をゆがめた。年のころなら50歳ぐらい、男っぽい濃い眉と、彫りの深い目元が往年の二枚目俳優を連想させる。


 ロビンハルトが憧れをこめて「かっこいいんだ」と絶賛するのがわかるし、東京でもこの手の人なら素敵なおじさまとか、チョイ悪おやじとか言われてものすごく人気が出そうだ。


(近づいたら、オーデコロンの香りがぷんぷんしていそう)


「オーララ、可愛らしいお嬢ちゃん。イブと呼んでくれ。我が麗しのロビンとエトワールまですっかり君になついているようじゃないか?」


 母の生け花教室に通ってくるフランス人のグループが、わびさびの風情漂う作品を見たときに「オーララ!」と、感嘆した声を上げる。

「おお」とか「ああ」とか言っているんだろうなと想像はつくけれど、イブ(彼がそう呼べと言うから、呼ばせていただきます)の超低音の渋い声だと「こらこら」みたいに笑いを含んで聞こえる。余裕がある大人の色気ってこういう感じ?

 じりっ、と黒いブーツの先が落ち葉を踏んで近づいてくる。

 贅肉を削ぎ落した肉体のラインが、レザースーツ越しにはっきりとわかる。


 ――脚が長くて、細っ!


 頭の中ではいろんな言葉が渦巻くけれど、膝にロビンハルトを乗せたまま、身体は動かすことはできない。

 座ったままの私の前で、長い脚が仁王立ちになり、黒いマントが風になびく。

「ロビンは、18歳の姿に戻っているな。どうだい、美しいだろう? 町中で拾ったときには、野暮ったい服にぼさぼさの髪の子どもだった。それでも美貌と聡明さは隠しようがなかったよ。純粋な心が美しい顔に反映されて、それは魅力的に女性を引き寄せる」

「……」


 なるほど、ロビンハルトの顔立ちに素質を見つけたのって、つまり真っ直ぐな精神が魔法をかけるときの土台に適していたからってことだわ。

 私は黙り込んでしまった。

 これまで先読みの夢に出てこなかったイブの全体像を見たことで、彼が操る魔法のシステムが少し理解できた。イブは良い素材を逸材に変えるプロデューサーでアレンジャーだ。

 彼の強い美意識に合格した者を磨き、自分にとって必要な姿に整える。

 じっと観察し、分析を始めた私にイブはにやりと笑いかけた。


「年齢操作をばらした場面は、甘酸っぱかったぞ。ああいう青春の一ページを見るのは、いいものだ」

「あ、あの時!」


 空で鳥が鳴いて、ロビンハルトがイブの存在を感じていた。


「こっそり見ていたのね」

「人聞きが悪い。初心なロビンを心配してわざわざ様子を見に来たんだ」


 言葉とはうらはらに、彼は気分を害した様子もなく私たちのそばに座り込んだ。

彼が近づくと、意外なことに白檀の香りがした。

 ロビンハルトもエトワールも起きる気配がない。これって魔法で寝かされているんじゃないかってことに、やっと私も気がついた。


「金色の髪に完璧な顔立ち、優しい心根。どうだい? どっちの年齢の彼の姿と恋に落ちたかな?」

「どっちって……私は魔法には……」

「ふん、だろうね。ロビンの最大の魔力も異世界の女の子には無効だったわけだ」

「それって……」


 ロビンハルトの放つ魔法の魅力に、私が陥落しないとイブは読んでいたのだろうか?

 思わず膝の上のロビンハルトを見たが、彼もエトワールもぐっすり眠っている。


「しばらく起きない、もうわかっているんだろう。そう、これは魔法だ。私が寝かせておいた。ふたりで話しがしたかったんだ、クレナ」


 ――この人、私の名前を知っている。


「名前だけじゃない。君の能力も、父親のことも知っている」


 ドクンと心臓が大きな音を立てた。


 ――パパのことを?


「アンドレアスも私の弟子だった」

「ええっ?」




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