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森の中、18歳の話し合い。

 ――女性がいない?



「アレッサンドラのお城にいたのは、女性ばっかりだったけど……この国は男性と女性が分かれて暮らしているの?」


 私の問いにロビンハルトが白い歯を見せて、はははっと笑った。


「街中は男女比も同じぐらいで、家庭があり、子どもがいる。アレッサンドラの城は、女性だらけなの? それなら、あの二人はお互いに不貞をしていないことを証明したいんじゃない?」


 別居している配偶者に対して、浮気をしていない証拠としてわざわざ同性を集めて暮らすなんて、なんだか妙な感じがした。


「10年も離れて暮らしてきたのに、イブはあなたを使ってアレッサンドラを取り戻そうとしたり、女性を寄せ付けなかったり、どういうことなの?」

「未練たらたらなんだよ」


 ロビンハルトが指先でトントンとテーブルを叩くと、たくさんの食器に盛られていた朝食が皿も茶器も、そして残り物も綺麗さっぱり消えて、テーブルの上はパンくずひとつない状態になった。


「すごい」

「便利な魔法だろう? イブの身の回りの世話をするために、引き取られて最初に習ったんだ」

「それじゃあ、メイドもいない、本当に男性だけのお城だったのね。アレッサンドラの兵隊も女戦士で構成されていたし、お互い変わっているわ。さっさと復縁したらいいのに」


 夫婦のことはよくわからないけれど、私なりの感想だ。


「ね、そうじゃない?」


 ロビンハルトの緑の瞳を覗き込むと、うーんと口元をゆがめた。


「仲直りして一緒に暮らせば、分けられた男女にも、もう一度ロマンスが生まれるかもしれないでしょう?」


 言葉にしてから、いかにも世間知らずなことを言ってしまったかもしれないと気恥ずかしくなった。

 10年もこじれているのだ。そう簡単にはいかないことをロビンハルトならよくわかっているだろう。


「なるほど、それは気づかなかったな」

「え?」


 ロビンハルトが笑いながら言ってくれた言葉は、意外なものだった。


「確かにそうだ。イブは今も熱烈にアレッサンドラを愛している。また一緒に暮らすといい」

「そうよ!」


 賛同してもらえたことが嬉しくて、子どもっぽい返事をして手を叩くと、ロビンハルトの笑顔がますます明るくなる。


 ――笑うとほんっとにキラキラしてて、まぶしいっ。


 澄んだ瞳を細めると、優しげな涙袋がふっくらと持ち上がる。麗しい顔立ちは知的な品の良さが強いけれど、笑顔には甘味が強くて人懐っこい。

 思わず見とれてから、はっとした。


「あ、でも。二人の仲がうまく行っていないから、あなたは八歳から修行して鉄仮面をかぶらされることになったし、私は異世界に転移させられたんでしょう? アレッサンドラはね、ものすごぉく気が強いくて、ファッションセンスがとんがっているの。イブはどんな人?」


 自分の中にあるアレッサンドラ像をロビンハルトに伝えて、イブの情報も聞いてみる。

 ふたりの共通点が見つかったら、そこから手がかりが見つかるかもしれない。


 私の言葉を丁寧に聞いて、自分の意見も整理する。

 風の抜ける森の中で、18歳なりの意見を交わすのが楽しいのは私だけではないはずだ。


「イブは、かっこいいよ。大人の男の見本で、偉大なる魔法使いだ」


 ロビンハルトの顔が、尊敬する父の話をする息子の表情になった。

 形のいい唇が持ち上がって、得意げににっこり笑う。


「……そう。会ってみたいわ」

「クレナは年上に興味がないみたいだから、会わせてもいい。アレッサンドラみたいに年増好みだったら本当に危ない」


 ――それって……どういう?


 つまり、年齢操作をしておじさまに変身していたとき、アレッサンドラやお城の女性は簡単にロビンハルトの魔力に落ちたのに、私が興味を示さなかったから、イブをライバルにしても大丈夫と思っているってこと?


 ――師匠をライバル視するなんて!


 かなり直接的な、やきもち発言に聞こえてドキンとしてしまう。

 ロビンハルトは素直なだけに、思ったことをすぐに口に出す。


 ――と、ときめいちゃう。


 どんな顔をしたらいいかわからなくて、足元にいたエトワールを抱き上げると、待ってましたとばかりに尻尾を振る。ものすごく可愛いんですけどっ。


「場所を変えよう」


 立ち上がったロビンハルトにリビングに誘われた。と、いっても壁のない家は仕切りもなく、床もあちこちが草地のままで森の中を移動する短い散歩のようだけど。


「朝食後は、いつもしばらくエトワールと遊んでやるんだ。クレナも暖炉の前に来て」


 小さな火が焚かれている暖炉の前に近づくと、毛足の長い毛皮現れ、ふわりと敷かれた。


「素敵、映画のワンシーンみたい。それに、あったかい」


 炉辺には、追加の薪や火かき棒が配置されて、パチパチと燃える火からは嗅いだことのある良い匂いがする。


「いい匂い」


 くんくんと嗅ぐ私にロビンハルトが「桜の木で作った薪だ」と教えてくれる。


「燻製を作るときにも使うらしい。この匂い好きなんだ」

「ああ、スモークチップの香りだわ。パパが、チーズやソーセージを燻製にしてくれるの」


 簡易式の燻製器をキッチンに持ち込んで、いろんな自慢の燻製を作ってくれた。


 ――パパ……心配しないでね。私は、あったかい暖炉に当たっています。


「優しいお父さんだね」


 少しうらやましそうに言われて、じんわり涙が瞳に溜まった。

 そうだった。ロビンハルトは両親がいないんだった。


 なんてことないように生い立ちを語ってくれたけれど、彼のこれまでの人生に家族というものは存在しない。強烈な同情と同時に、自分の家族に会いたくてたまらなくなる。


「――帰りたい……」

「泣かないで、エトワールが心配するよ」


 ロビンハルトのほうがよっぽど心配そうな表情をしているくせに、愛犬のせいにすると、待ちかねていたようにエトワールが膝に飛び乗る。


「いい子ね、朝ごはんの間はおとなしく待っていたの? わぁああっ、かわいいっ」


 手の甲で、ゴシッと涙を拭くとロビンハルトが、真っ白な布で頬を押さえてくれた。


「こすると、綺麗な目が赤くなる」

「あ……ありがとう」


 気障な台詞なのに、心から言ってくれているのが伝わって、胸が熱くなった。

 エトワールが、ハッハッと舌を出して「遊んで」とねだってきた。

 白くて丸い頭を撫でると、きゅうううんと哀れな声を出す。『そうですよ、お待ちかねでしたよ』とでもいうような目が、なんとも言えずに可愛らしい。


 暖炉に背を向けて座っていると、背中がぽかぽかと温かく、私とロビンハルトの間を飽きもせずに往復するエトワールにちょっかいを出すのが楽しい。


 ――楽しいけど。


 さっきからロビンハルトの目が今にも閉じそうになっては、はっと頭を振って目を覚ましている。ロビンハルトの目が閉じるたびに暖炉の輪郭が薄れて、今にも消えてなくなりそうだ。


「ロビンハルト、ねぇ、教えて。もし、あなたが寝てしまったら私は裸になっちゃうの?」


 彼の肩に指先を載せて、つんと揺すっただけですぐに目を覚ます。


 ――かわいそう。寝かせてあげたい。


「ああ、ごめん。いや大丈夫。身に着けたものは消えない。そんなこと心配してたんだ」


 可愛いなと小声で言われて、腰を下ろしていた毛皮からお尻が浮いた気がした。

 好意を持ってくれている男の子――それも、中身も見かけも、まっすぐでとても素敵な人に優しくしてもらえるのって、こんなに浮かれてしまうものなんだ。


「恥ずかしいもの、寝ても消えないならよかったわ」


 もじもじし始めた私を見て、ロビンハルトもふいっと視線を外した。


「えっと……、それにしてもおかしいな、一晩寝ないだけで、ここまで眠くなったことないだけど」

「魔力を使って、いつもより疲れているのよ。今なら日差しがあるから暖炉が消えても寒くないし、少し眠ったらどうかしら? うとうとしながら馬に乗るよりいいでしょう?」


 ロビンハルトは、一瞬迷っていたけれど睡魔に抗えないらしく、次第に身体が傾いできた。


「一時間だけ、それだけ寝たら俺は一晩寝たのと同じだ……から」


 ぱたんと私の膝に頭を乗せて、彼はそのまま眠り込んでしまった。と同時に暖炉も毛皮のラグも消えて、私たちとエトワールは森の中の陽だまりにいた。


「膝枕するとは言っていないんだけどっ」


 文句を言いつつも、思わず彼の顔をじっくり見てしまう。金髪が光を弾き、肌には輝きがある。瞼は長いまつ毛に縁どられて、うっすらと青みがかかるほどに薄い。細い鼻筋は完璧なラインを描き、口元は上品だ。


 ――配置とか肌質だけじゃなくって、骨格からして美しいんだなぁ。


 鉄仮面を脱いだら、見た人を一瞬で恋の泥沼に引きずり込んでしまう。そんな魔術を身に着けてしまった彼に私も恋してしまっているのだろうか。


 ――魔法の力で?





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