ロビンハルト! メタモルフォーセス
「お前のこの顔と魔力は使えるって、イブが言った。嬉しかったよ、俺はすぐに弟子になった。身体が大きくなったら魔道配達の仕事もできなくなる。魔法使いの弟子になって、もっと高度な魔術を使えるようになりたかった」
「あなたの魔力って……どういう?」
残り少ない先読みの力で、じわじわと、ロビンハルトの言わんとしていることが読めてきていた。
「俺の顔と身体を一目見たら、恋に落ちるように修行してきた」
「!」
「人は俺を見ただけで、恋という感情の虜になる。だから余計な混乱を避けるために、全身を鎧で隠している。アレッサンドラも俺に夢中になるはずだったのに、どうやら全然効いていないみたいだ」
――なんてこと!
恋に落ちているかどうかっていうと、かなりロビンハルトに好意は持っている。正直にいうと好きかもしれない。でも、それは一緒に過ごすうちに少しずつ芽生えてきた感情であって、魔法の力で一目ぼれしたわけじゃない。
「そうだったのね。私は、フルメタルの怪物は腐った身体をしていて呪われた薬の材料としてアレッサンドラを連れに来たとアレッサンドラに言われて……あ!」
いけない、わけのわからないことを口走ってしまった。
「えっと……腐った身体とか誤解して、ごめんなさい」
なんとか誤魔化そうと、しらじらしい笑顔を作ってみるが、ロビンハルトには全く通用していないらしい。
「……」
彼はじっと私を見て、なにやら考え込んでいる。
「ずっと違和感があったんだが……アレッサンドラではないのか?」
――うわっ、するんと、バレた!
私はさっと目線をずらした。
「やっぱり、そうなんだな。浮世離れしているのは大魔王の妻だからってわけじゃない。別人だ」
――浮世離れって!
なるほど魔法も使えないし、ドレスもまともに着ていられない、そういう不自然さは彼の中でいいように解釈されていたらしい。
のんびりしているというか、若干抜けている。
「ご、ごめんなさい。私……身代わりなの」
渋々と認めるとロビンハルトが肩を落とした。
「俺は、とんでもない失敗をしでかしていたのか。イブから聞いていたイメージとぴったりだったから……てっきりアレッサンドラに間違いないと思い込んでいた」
「あの人と私はぜんぜん違うけど!」
びっくりして大きな声を出してしまった。気が強くて奇妙なセンスを持っているアレッサンドラと、凡庸な私はあまりに異質だ。
「イブは肖像画や彫刻を飾るタイプじゃないから、年のころや美人だってことしか手がかりがなかった。見ればわかるって言われていたんだ」
――美人って!
かぁああああっと頬が赤くなった。私の顔色を見たロビンハルトも同時に頬を染める。
「本当に、綺麗だと思った。さすがイブの妻だと……」
「あ、ありがとう。東京ではそんなこと言われないから……嬉しい」
お互いの言葉がもじもじと途切れがちになる。
「トウキョウ? この世界の住人でもない。だから魔法が効いていない。異世界人なのか?」
――そういう素っ頓狂なことは、察知できちゃうのね!
一瞬ですべてを察したロビンハルトが、しげしげと私を見た。
――わーっ、そうです、そうです、飲み込み早すぎ! そんな魔法のかかった顔で見ないで欲しい。
「あ、あの……」
「アレッサンドラの……いや、君の本当の名前はなんという? 教えてくれ」
ロビンハルトが手を差し伸べて、私の手に乗せた。
心臓がどきどきする。
なにも、隠しておけない。
彼なら、私を元の世界に戻してくれるかもしれない。
そのためには本当のことを言わなくっちゃ……。
私はごくっと、息を呑んでからゆっくりと声を絞り出した。
「私は……私は水島紅菜、異世界の高校3年生……です。アレッサンドラの身代わりになるために召喚されたって……聞いているの」
「ミズシマクレナ……」
ピィ、と頭上の鳥の声か甲高く響き、ロビンハルトの金髪に光の輪が下りてきた。
――え、なに?
光輪は彼の全身を包みながら下がっていく。
「ロビンハルト!」
彼がどこかに行ってしまわないように、私は取られた手をぎゅっと握りかえした。
目を閉じて光に包まれていたロビンハルトは、煌めく微粒子の中でまっすぐに私に顔を向けた。またしても天使のベルがさざ鳴って、ピアノの音色が高く、低く、超絶技巧の連打を奏でる。
鳥たちは、一斉にさえずり、フルートのようなビブラートで空気を輝かせた。
「これは、魔法?」
ロビンハルトがかけた魔法なのかと問うと、彼は首を振る。
輝きと音楽はまだ収まる気配はない。
これはロビンハルトの意思ではなく、外的な力によって引き起こされたメタモルフォ―セスなのだ。
森のテーブルを挟んだ私たちは、じっと顔を見合わせた。
その時は、突然来た。
「ああっ」
「クレナ」
20年近い歳月が、彼の細胞の中で逆行したのだ。
艶を放つ、きめ細かな肌。
ふっくらした頬と笑い皺のない目元、丸みのある瞳。緑色の瞳を取り巻く金色のまつ毛がふっさりと長く、色素の薄い顔の中で、目の際と眉毛がしっかりとしたラインをかたどっているのが、彼を凛々しく見せている。
もはや人間とは思えない完璧な美。
人形然とした風貌は、まなざしに込められた素直さと、柔らかな表情の効果で、美を超えた魅力を放っている。
ロビンハルトは18歳の姿に戻っていた。
「あれ? 戻ってる?」
のんきに言った彼は手の甲を見てから、自らの顔をなでている。
「これがあなたの本来の姿なの?」
私の問いにこくんと頷いた彼の頬が、恥ずかしそうにうっすらと染まっていた。
「イブが、遠隔の魔法で年齢操作を解いたんだ。術の使い方が大げさで、いかにもイブって感じがする」
にかっと口元を引き上げてロビンハルトが笑った。
40前の彼も素敵だったけれど、同い年のこの姿は破壊力が半端ない。
――キラキラしてるっ!
片手をロビンハルトに握られたままなので、空いている手の甲で目元を隠した。
「若くてまぶしいっ、ますます鎧で隠した方がいい気がするわ」
「クレナには効き目がないけどね」
いたずらっぽく笑いかけられて、胸が苦しくなる。
――効いてないわけじゃなくって、私は魔法じゃない好意を持っているんだけど。
そういえば、さっき彼に全裸を見られたばかりだ。
――おじさまなら納得できたけど、このロビンハルトはダメ!
恥ずかし過ぎる。
握り合っていた手をそっと放すと、ロビンハルトも中途半端だった朝食に戻った。
「同い年なんて……学校の同級生みたいね」
照れ隠しに言った私の言葉に、ロビンハルトはうつむいて笑いながら、同級生か……とつぶやく。
はにかんだ笑い方は、若いロビンハルト特有のものだ。
お互い気恥ずかしくなって、黙々と朝食を平らげた。
考えてみたら、同い年の男の子と一緒のテーブルで食事をするなんて初めてだ。
おいしいけれど、口が機械的に動いているみたい。いつもは驚くほどよく食べるロビンハルトも早々に朝食を切り上げた。
「ごちそうさま」
紅茶を飲み干してひと息ついた私は、ちらっと彼を盗み見た。
――まだ直視できない。どうしよう。
「おいしかったはずなのに、なんだか味がわからなかった」
照れた顔でロビンハルトが言う。
「私も……」
同じだったのかと思うとほっとした。
「イブの城には女性がいないから、女の子と食事をするのなんて子どもの時以来だ」
「は?」
思いがけない発言に、口がぽっかり開く。
――女性がいない?




