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ロビンハルトの求愛



日本で活躍する同い年の男性アイドルのことも思い浮かべてみるけれど、ロビンハルトの完璧な美貌の前には霞んでしまう。


「ところで俺に話があった?」


 まぶしげに目を細めて、ロビンハルトが問う。


「え? えーっと」


 同級生としての彼を、つい重ね合わせてどぎまぎしてしまった。

 私たちの間には、伏せている事柄が多すぎる。


「ええ、あの……その……あなたのお仕事のことなの」


 よーく言葉を選ぶようにして、私は切り出した。

 遠回しに、反応を見ながら……。


「ダンバーハート城に連れて行かれたら、鉄仮面の騎士は私を薬の原料にするって聞いたんだけど……あの登場は気に入られたくって、だったの?」

「薬の原料!」


 ロビンハルトがびっくりして目を見開いた。

 アーモンド型の大人っぽい目が、丸くなるとかなり可愛い。

 同い年の彼が想像できる気がする。やっぱり実年齢の彼が見たい。


「そんなものにするはずがない。だいたいイブが許さない。誰がそんな恐ろしいことをアレッサンドラに吹き込んだんだ」


 思いがけずにロビンハルトは憤慨している。

 怒るとは思わなかった、そして困ってしまう。誰がってアレッサンドラ本人なんだけど、今は私がアレッサンドラなわけで、どうしよう?


「えーっと、誰だったかな? 風の噂?」


 困り切って小首をかしげ、誤魔化すようにサンドイッチに手を延ばす。

 生クリームにリンゴのシロップ煮のサンドイッチは、彩りにミントの葉が挟まっていて酸味と甘味、そして爽やかな香り。そしてやっぱりパンがおいしい……はずだけれど味がよくわからない。


「風の噂か、とにかくそんなことはあり得ない。アレッサンドラが城に戻ったらイブが、ちやほやしてくれるだろう。ああ見えて愛妻家だ……だけど……」


 ふっ、とロビンハルトのまなざしが切なく潤む。


「アレッサンドラがイブのもとを去ってから十年も経っているという。もし、彼への愛がもうすっかり冷めてしまっているのなら、俺とともにいてくれない……か?」

「はぁ?」


 びっくりして口を開けた私の頭上で、ピィイイっと鳥が鳴いた。

 甲高い鳴き声に肩をすくめて、声のした方を仰ぎ見る。

 なんの種類の鳥かわからないけれど、濃い紫色の小鳥が仲間を呼んで空に輪を描いていた。

 ロビンハルトも空を見上げた。


「イブが探している」

「あの鳥が?」

偵察鳥ていさつどりだ」


 ――これは……見た場面かもしれない。


 上空に使い鳥が飛ぶ景色はデジャブだった。

 目を閉じて今日一日の先読みを思い出してみる。


 ――わからない。


 この世界に来て、曖昧な部分が多くなった夢は、もはや記憶の中で散乱して、ジグソーパズルの小さな一片のようだ。


 つかみかけた偵察鳥のシーンから繋いでみようとしても、真っ白なピースを絶望的に眺めるばかりで形にならない。

 自分の世界に入ってしまった私に、ロビンハルトが真剣な声で語りかける。


「嫌ならダンバーハート城に行かなくてもいい」


 テーブルの上で、ロビンハルトが私の手を握った。

 空を見上げていたエトワールが、気配に気づいて駆け寄ると、彼を加勢するようにテーブルの下にもぐって私の足の甲に前足を乗せる。


「もしあなたが望むなら、俺がイブのもとから連れて逃げてもいい」


(この状況ってどうなの?)


 中身は18歳だというロビンハルトに手を握られて、私は当惑していた。


 ――ロビンハルトは、自分のマスターの家出した奥さんに、逃避行を促している。不真面目な人じゃないけれど、これは不倫だわ。


さらに私は恐ろしいことに気がついた。


 ――10年前に家出した妻って……。


 アレッサンドラも年齢操作をしているのだろう、ならば彼女はそれなりの年のはずだ。


(ロビンハルトと私は同じ年らしいけど、彼が好きなのは年増の、師匠の妻?)


 ――歪んでいる。


 自分の母親ぐらいの女性に横恋慕するなんて。


「私を連れて逃げるとか、そういうわけにはいかないと思うけど」


 どこに行くっていうの? それに私は異世界の人間だ。

 思わず出た冷たい声に、ロビンハルトが、身を乗り出して私の目を覗き込んだ。


「……不思議なことだ。アレッサンドラは俺の顔を見てすぐに恋に落ちなかったのだろうか?」


 さすが美男子、自信たっぷりなことを言う。


「あなたは美形で、もしかしたら世界一ぐらいのハンサムだと思うけれど、私は出会ってすぐの人を外見だけで好きになったりはしないわ。それに年齢操作だってこと知らなかったから、おじさまだと思っていたし……。第一、私のことを人妻だと認識していての誘惑なんて、私はそういうの好きじゃない」


 こんなに全否定するのは申し訳ないし、我ながら頭が固いと思うけれど、美形だからといってすべての人が彼に一目ぼれするとは限らない。

 きっと、今まで誰も忠告してくれる人がいなかったに違いない。ここはビシっと言っておかないと。


「なんてことだ」


 ロビンハルトは私の手を放して、頭を抱えた。


「俺の魔法はポンコツだ」

「魔法?」


 私、魔法にかけられていたの?


「もっと詳しく説明して」


 への字に結んだ口を開けて、静かにロビンハルトが語り始めた。


「俺がイブの弟子になれたのは、ほんの少しの魔力と、この顔のおかげだった」

「魔力と……顔……?」

「アレッサンドラなら、知っているだろう。イブがスカウトする子の特徴だ」


 知らないけど、この話はぜひとも聞いておきたい。


「私は知らないの。できるだけ詳しく話して」


 いつの間にか、エトワールがとぼとぼとテーブルの下から出てきてお座りをすると、私たちをじっと見ていた。草を食んでいたロビンハルトの愛馬が小さく「ひひん」と鳴く。

 しばし考え込んだロビンハルトが、何から話そうかなと前置きしてから昔話を始めた。


「8歳だった俺は、親も身寄りも無く、学校にも行かずに街で小銭稼ぎをしていた。子供には大した仕事もないから魔法使いがテーブルに出す料理を料理人から受け取って魔道をくぐって配達する。今朝の料理も、そういう子供が運んできたものだ。でも、身体が小さくないとできないから重宝されていたんだ。それに魔道で迷子になったら一生出て来られない。怖がらないことも要求された。なかにはもっと高度な魔法が使える子どももいて、そういう子だけは魔法学校に行っていた」


 衝撃的な告白にあんぐりと口が開いてしまう。

 孤児だった上に、8歳で危ない仕事をしていたなんて。


「ちょっと待って、じゃあロビンハルトは元から魔法使いじゃないの? ええっと、人間?」

「もちろん、人間だ。アレッサンドラは面白いなぁ」


 私の失礼な質問にも、頬にえくぼが浮かぶチャーミングな微笑みで頷く。


「イブには、人間の子の中では素質があると言われた。だから俺も頑張った」


 10年前を懐かしむようにロビンハルトは話を続けていく。


「俺にとって魔道はちっとも怖くなかった。コツがあるんだ。現実の道はないけれど、頭の中に白い一本道を作り上げて歩く。街には孤児にベッドと朝食だけ提供してくれる施設があって、みんな日中は外をうろつくんだ。町は人間と魔法使いが共存している。魔道の配達は割のいい仕事だったけれど、中には魔道で迷って帰ってこない仲間もいた。そんな時にイブが来たんだ」


 奇想天外すぎる彼の話に、私は引き込まれていた。

 この世界では人間の子供とはいえ生きていくために魔術は絶対なのだろう。


「イブはかっこよかった。真っ黒い服に黒い髪、細身で背が高く、気品がある。あの人が孤児の家に現れたとき、みんな腰を抜かした。悪魔みたいだった。そのイブがロビンハルトはお前だなって俺の顎をつかまえて顔をしげしげと見た」


 私は想像してみた。

 黒装束の悪魔が、金色の髪の少年ロビンハルトの顔を眺める構図は、麗しいけれど恐ろしい。


 ――イブ・フォン・ダンバーハート、いったいどんな人物なんだろう。





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