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森の中のディナーと紅菜の涙

「それ、いつも?」

「毎日なの。睡眠時間が長いわりに疲れが取れないから……だと思うけど」

「困るだろうね」


 ロビンハルトが眉を下げた。彼が心の底から同情してくれているのがわかる。

実際のアレッサンドラは、そんな妙な体質をしていないだろう。うまく話さないと身代わりであることがバレてしまう。


 アレッサンドラでないことがわかったら、こんなに優しい人でも私を森に置いてアレッサンドラの城に引き返して行ってしまうのかな?


 ロビンハルトに守られているうちはいいけれど、暗い森に一人でなんて、恐ろしくて気が変になってしまいそうだ。

 指が震えてカトラリーを置くと、膝の上に手を隠した。


 ――泣いちゃだめ。


「ええ……困る」

「どんな時に困った? 話して欲しい」


 皿の上に残っていたソースと肉片を集めていたフォークを止めて、ロビンハルトが遠慮なく聞いてくる。単なる好奇心からじゃなくて、私の経験を知りたいのだ。


 ――でも、私はアレッサンドラとしてここにいるし……。


 東京での実生活の話は出来ない。

 私はふんわりと説明することにした。少し思い出しても、困った場面はいくつもあった。


「人に迷惑をかけるのが一番イヤ。ちゃんと時間を逆算しても変なタイミングで寝てしまうことがあって……パーティーとか……」


 説明しながら、じんわり涙が湧いて声が詰まった。少し思い返しただけで、気まずく、恥ずかしくて、顔がほてるような出来事があった。

 それは家に海外からのお客様を招いて、夕食をともにしたときのことだった。

 パパやママのお友達は愉快な人がたくさんいて、面白い話を聞かせてくれる。

 せめて八時までは眠くならないように、私は起床を遅くして工夫した。


 もう18だし、大人の仲間入りがしたいと私はいつも思っていたのだ。

 ところが、ホームパーティーの席で、世界旅行の話を聞き、本当に楽しかったのに私ったらダイニングテーブルについたまま寝てしまった……。


「せっかくの楽しいひとときなのに、寝てしまったら台無しでしょう?」


 パパが部屋に運んでくれて、朝起きると、私の分の夕食の残りがテーブルにセットされていたっけ?

 お客様はとっくに帰っていて、きっと気を悪くしただろうと思うといたたまれなかった。


 ――どうしてこんな体質なんだろう。


 ダークグリーンのドレスの膝の部分をぐっと握り締めた。

 こんなんじゃ誰かの世話になっていないと、一生まともに生活できない。


「わかった。アレッサンドラが寝てしまったらベッドに運んであげよう。大丈夫、俺は力持ちだ。それなら急いでデザートにしよう。このマジパンの間にクリームと苺が挟んであるもの、名前は知らないが巷で流行っているようだ」


 流れるような手つきでお茶を淹れてくれながら、ロビンハルトは白い皿の上にピンクとブルーのお菓子を乗せる。

 私の目に涙が浮かんだことを察知した彼は、わざと明るい声で、マジパンでいいのか? と目元にしわを寄せる。


「マジパンじゃないわ、マカロン。でも、生のフルーツサンドなんて見たことない。可愛いし、美味しそう……あ、紅茶、ありがとう」


 こぼれそうだった涙は、可愛いお菓子が引っ込めてくれた。なんて現金なんだろう。

 美貌の彼のお給仕だけれど、優雅に対応なんてしていられない。


 早く食べて、顔を洗って、歯磨きをして……。


 ぺこんと頭を下げて紅茶を引き寄せると、差し出された皿に乗ったスイーツの可愛さに身悶えする。

 田舎料理だってロビンハルトは言っていたけれど、この国の人の美的感覚って素晴らしい。


 スマホを持っていたら激写しちゃうところだ。

 

 ピンクのマカロンの表面にはアイシングで薔薇が描かれて、ブルーの方は白いレースが描かれている。挟まれた苺の真っ赤な側面が生クリームから覗いていて可愛いったらない、もう最高。


「いただきまーす」


 二度目のいただきますをして、ピンクのスイーツを頬張るとぱりぱりとした表面とクリームのしっとり感が何とも言えない。歯でつぶれた苺の甘酸っぱさに脳内が幸せ色になった。


「おいしーい」


 思わず頬っぺたを押さえてしまう。ほっぺ、落っこちそう。

 そんな私をロビンハルトがにこにこと見ている。


「ぱりぱりが好きなら、こういうのはどうだ?」


 新たな皿をロビンハルトが差し出す。

 タルト生地に盛られたフルーツに、霞のような飴細工が飾られたフルーツタルトは、くらくらするほど魅力的だ。


 ――何時かな?


 私の眠気は突然来るので、予兆がわからない。

 早くデザートを切り上げなくっちゃ!


「こんなに食べたら、食べ過ぎですって」


 目はタルトに釘付けだが、一応遠慮する。


「大丈夫だ。今日は疲れただろうから、たくさん食べていい」


 ロビンハルトの美麗な顔は、やけに説得力を持っている。

 そうかもしれない。いつもは寝る直前に食べると胃もたれするからこんな時間に夕ご飯やデザートを食べたことないけど、今日のカロリー消費は半端じゃなかった。


 今日はもう解禁、頑張っている私への燃料チャージだわ。


「……はい、いただきます」


 デザートナイフで切り分けると、飴細工がパリンと割れる。

 わくわくと口に運んで、私はまた頬っぺたを両手で押さえた。


「きゃぁ、新食感」


 酸味のある味わいと深い甘味に、フォークの運びが止まらない。

 小さく砕かれたタルト生地の破片まで食べきると、紅茶を飲んですっかり満足した。


「ああ、美味しかった。ごちそうさまでした」

「喜んでくれてよかった」


 食後のチーズをつまんでいるロビンハルトが、にっこりとうなずく。

 やっぱり悪い人にはとうてい思えない。

 でも、本当なら、ロビンハルトに守られるのはアレッサンドラだった。


 ――うらやましいな。


 そよっと風が吹いて、ふたたび周囲を見る。

 そういえば、外で食事をしているのにテーブルに着いたころから全く寒さを感じていない。


 目が慣れて、枝垂れ柳が風にそよいでいるのがわかる。見上げた夜空には月に照らされた白い雲が異様な速さで移動していた。月が顔を出してはまた隠れる。


 急激な眠気が襲ってきた。


「ごめんなさい、私……寝てしまうかもしれ……」


 どうして私はこんなにすぐ寝てしまうのか、彼なら答えを見つけてくれそうな気がした。さらには、どうやってどこで寝るのか、説明して欲しい。


 ――寝室とか、ベッドとか、あるの…………。


 頭の中では言葉を用意していたはずなのに、私は座ったままコトンと眠りに落ちてしまった。




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