ロビンハルトの魔法と紅菜の告白
イラストレーターの炎かりよ先生(@kariyohq)に素敵な表紙を描いていただきました。
あらすじのページでご覧になれます。
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――いつの間に? どこから出したの?
並べられたマネキンのそれぞれの足元には、低い台が出されていて、ドレスに合わせた下着や靴、ヘッドドレスに手袋まで並べられている。
どのドレスもすっきりしたデザインで、いかにも着心地が良さそうだ。
白、紺、モスグリーンと落ち着いた色の無地のドレスはシンプルながら素材が良いのが一目でわかる。
シルクだろうかと手触りを確かめた白いドレスは、紺色のテープでポイントがつけられていて、身体の動きに合わせて収縮性もある。幾重にも布が重なっているのが贅沢だ。
紺色のドレスは軽く膨らんだ袖と襟がついていて、スカートの中でレースの裏地がおしとやかなフォルムを作る秀逸なデザインに夢中になって、胸元を押さえるのを忘れそうになる。
――おっと、あぶない。
ちらっとロビンハルトを見ると、彼はさっと視線を逸らした。
――早くドレスを決めなくちゃ。
最後に触れたモスグリーンのドレスは、中でも一番簡素だが目を引いた。
すとんと被るだけの脇の部分を、巧みなシルエットに縫い合わせている。マネキンが着ていなかったら、どんな形になるのかわからない。現代でもハイブランドのショーでモデルさんが着ていそうな、かっこいいデザインだった。
「素敵。こういうの、着てみたい」
「お目が高い。これは町一番の仕立屋の自慢の品だ」
「町? 町まで買い物に行っていたの?」
――私がトイレに行っている間に?
「魔法だよ」
――魔法?
魔法で簡単に出せるとしても、わざわざマネキンに着せて着用例まで見せてくれるなんて念が入っている。
「このドレスを、私が着てもいいの?」
「もちろん、どうぞ」
「うれしいっ、ありがとうロビンハルト。大好きよ」
私だって、アレッサンドラに負けないぐらいお洋服は大好きだ。こんなに素敵な服を見たらわくわくしてしまう。
するとロビンハルトが、むっと口元をゆがめた。
「俺は……ときどき、あなたがイブの奥さんだってことを忘れてしまうよ」
それは私も忘れていた。そっか、私は人妻なんだった。
――なんか……あんまり馴れ馴れしくするものじゃないかも。
「あの……お洋服が、好きなの……」
苦しい言い訳をすると、ロビンハルトは小さくうなずいて、ついたてを出した。
いや、出したというより、彼の手の中から出てきた。
「アレッサンドラは大切な預かりものだ。さぁ、この裏で着てみて、メイドの助けもいらない簡単な服だ」
細かな心づかいに感謝しつつ、ちらっと見えたリビングが、先程よりも豪華になっているのに気づいて、私はますます魔法の力に恐れ入っていた。
***
「美味しいっ」
深い森の中、長いテーブルの上には燭台に照らされた前菜やサラダ、濃厚なポタージュスープに、メインの肉料理、そしてデザートまでがずらりと並んでいる。
「食事を出すことはできるんだけど、給仕を出す魔法はまだ使えないんだ」
残念そうにロビンハルトが口元を曲げた。
コース料理として順番に出したかったと彼は言うが、こんな森の中でろうそくを灯したディナーを味わえることが驚きだし、味もものすごくおいしい。
「メインが少しぐらい冷めていても、かまわないぐらいおいしいわ。デザートまでたどり着けるか心配」
「確かに、レディに出すには量が多めだね。一番近い町のレストランは男性客が多いらしい」
私のイメージする魔法って、物質を空気から創り出すって感じだけれど、ロビンハルトの言い方だと瞬間的に仕立屋やレストランに出向いて必要なものを調達するみたいに聞こえる。
――ま、空気製のお料理よりも、コックさんが作ったディナーの方がいいに決まっているけどね。
メインの羊肉はもちろん、前菜と思しきプレートにもソースのたくさんかかった肉が載っている。東京のおしゃれなお店と比べたらゆうに五倍ぐらいは盛っているように感じる。
山盛りの前菜をぺろりと食べて、すぐにサラダの皿を引き寄せる彼の食欲は旺盛だ。
「おいしそうに食べるのね」
前菜でお腹を満たしつつある私は、ロビンハルトの年齢に似合わぬ食べっぷりに負けじと皿の上を片付ける。
「俺もイブも、食事の量は多いけれど、魔法はエネルギーを使う。知っているだろう?」
確かに、先読みのせいで私は異様に燃費が悪い。
「ええ、わかるわ」
「だろう? だからただの大食いじゃない」
鼻の頭にしわを寄せて、ロビンハルトがにっと笑った。
超絶な美形で素敵に年を重ねているのに、彼には屈託がなくて、しゃべりながらすぐにおどけた表情をする。
ちょっとぐらい表情を崩しても、それはそれで格好よく上品に見えるのは、彼の唇が完璧なフォルムをしているからだろう。
やや大きめで両端が持ち上がった唇は、輪郭が綺麗に整っていて下唇から顎にかけてのラインが写実的な絵画のようだ。目鼻が作る彫りの光と影、パーツの散らばり方、さらに素晴らしい声……。
「アレッサンドラ? 聞いてる? 好きなものから食べたらいいよ。マナーは関係無い、森の中だ」
ついぼんやりとロビンハルトの顔に見惚れていた私は、はっと背筋を伸ばした。
――夢の中にいるみたい。
暗い森の中の白いテーブルクロスや色とりどりの野菜とお肉にかけられたソースの香り、テーブルの向こうにはピンクとブルーのマカロンに似たお菓子が見える。BGMはフクロウの鳴き声、足元にはまん丸くなって珍獣エトワールが肉をお相伴している。
(現実感ない……全然ない……)
「肉とジャガイモは好きか?」
どう見てもそれは彼の好物のようで、ぱくぱくと食べながら、照れくさそうにロビンハルトが聞く。女の子の扱いに慣れていないと言っていたけれど、これだけできたら十分過ぎるほどだ。
「ええ、とっても美味しい」
実際、お肉もソースも美味しいし、ジャガイモは私がこの世で一番好きな食べ物だ。
ロビンハルトに先に飲むように促された温かいスープも冷えた身体にありがたかった。
極度の空腹が一気に満たされて、ぽうっとしてしまう。
(ああ、お腹がいっぱいになる前に、あのピンクのマカロンみたいなのが食べたい)
「もう食べないのか? 田舎料理だが、チーズの出来もいいぞ」
私のナイフとフォークを持った手がピタッと止まってしまったことで、ロビンハルトが首を傾げた。
食べることばかり考えていた私は、今が日本の時間で何時頃なのか失念していた。
――森だからっていうのもあるけど、真っ暗だわ……。
私はもうすぐ寝入ってしまう。そのあとは意識がなくなって朝まで目覚めない。そんな様子を見たら、この優しい人はきっと心配するはずだ。
――ちゃんと説明しなきゃ、病的なロングスリーパーであること。
学校の友人にだって、告白したことはない。
修学旅行でどうしても説明が必要な時には、パパが学校に話をしに行ってくれていた。
――自分の口で自分のことを!
「あの……私、夜は長く起きていられないの。食卓で寝てしまったらごめんなさい」
びっくりしたようにロビンハルトが目を瞬かせた。
(そりゃそうよね、攫われてごはんを食べさせてもらったとたんに寝てしまうなんて、危機感なさすぎ)
「それ、いつも?」




