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紅菜、コルセットとトイレの苦悩

 ――あぁ、また笑ってる。


 怖気づく私の背中に手を置いて、ロビンハルトがどうぞと椅子を勧めてくれる。


 ――座ったとたんに、さらなる異空間に落っこちたりしない?


 しかけが怖いのと、身体的理由で私は首を振った。


「無理、コルセットがあるから座れないと思うわ」

「ドレス姿の女性は大変だね、コルッセットを外す? それなら手伝ってあげる」

「いえいえいえ、けっこうです。座る、一度座るわ。休憩したいもの」

「じゃあ、座るのを手伝うよ」


 恥ずかしいから断ったけど、本音を言うと、どこかに隠れて楽な服に着替えたい。

 でも、ロビンハルトは私の発言をそのまま受け取ってしまう。


 ――この人、年齢のわりに考え方が短絡的!


 彼の落ち着いた風貌にすっかり騙されていたことに私は気がついた。

 素敵に世間慣れしたおじさまに見えるけれど、中身はクラスメイトの男子と変わらない、いや、それ以上に純朴な感じがする。


「こうかな?」


 いきなりロビンハルトが私の膝裏に手を入れて一瞬、お姫様抱っこになる。


(うわわ! 絶対、背中がめきっていう~)


 身体を硬くして身構えたわりに、ふわりと座らされると、柔らかなクッションと背もたれの角度が心地良くてふぅっと息をついた。


「ああっ、ソファって楽!」


 映画で観る乗馬シーンはとても優雅で憧れていた。でも、長時間乗るのは辛く、体力がいるのだと初めて知った。


「だろう? 俺も鎧のまま座ることがあるから、クッションにはこだわった」


 喋りながらガシャガシャと音を立てて、ロビンハルトは鎧を脱いでいる。


 ――とうことは、これはロビンハルトの私物? どこから運んできたの?


 私の驚きをよそにロビンハルトは、革製のグローブを外して空中に置くと、そこには甲冑小物を置くための棚が現れた。慣れた様子で肩当てや胴の部分も外していく。


 美麗な顔を覆っていたヘルメットは宙に浮き、幾何学模様のされた胴部がその下で頭部を受けとめるように飾られる。


 彼の動きに合わせて次々と甲冑が人形の体をなし、小物を置く家具が現れて、鎧を外し終わるころには部屋の角に西洋甲冑のオブジェが出来上がり、小物が収められるシンプルな棚の全貌もわかった。


 ソファ同様、手の込んだ立派な品なのだろうがほとんど装飾はなく、磨き抜かれた木目が美しい家具だ。

甲冑の下に騎士はこういう格好をしているのだと私は初めて知った。


 鎧の中からは、白シャツにベストという軽装が現れて、舞台で観たことのある『三銃士』のアラミスばりにイケメンオーラ全開だ。

 

 胸元を開けて、太ももにぴったりしたズボンとロングブーツ、背が高い抜群のスタイルが際立って、海外モデルのスチール写真を見ているみたい。


「ブランデーはどう?」


 甘い声で彼が囁いた。

 ソファの隣に腰かけて、持ち上げた手にはブランデーグラスが乗っている。

 ここまでキラキラの中年フェロモンを見せられると、逆に引く。


 ――また魔法? ブランデー?


 わざと視線を逸らすと目の前に大理石製のテーブルが現れて、こんもりとぶどうが盛られている。

 

 ――いつの間に! 魔法使いって呪文を唱えたり、星を散らしたりしながらかぼちゃを馬車に変えるんじゃないの? 


 ロビンハルトの魔法は彼の動きに追随して繰り広げられるようで、いつ行われたのかさっぱりわからない。て、いうか私、まだ18歳だからお酒飲めないし……それよりまず生理現象を、なんとかさせて!


 お腹がキュウっと痛くなって我慢の限界は近づいているけれど、のんびりとソファに座るロビンハルトに魔法でトイレを作って欲しいとは言いにくい。


 彼だって、トイレぐらい行くだろうから、きっと自分のために魔法のトイレを作るだろう。そのあとに便乗しようと私は尿意から頭を切り替えた。


「私……お酒は……」


 手を振って断るとロビンハルトが首をかしげた。


「そう? 無類の酒好きだってイブから聞いてた」


 ――アレッサンドラったら! あんな顔して酒豪なのね。


 だいたいアレッサンドラはいくつなのだろう。そういえば、地下室には可愛い形の酒蔵があった。


「お腹が空いてる? まずは夕食かな? やっぱりコルセットを外さない?」


 足元にエトワールがすり寄ってくる、丸い顔がすごく可愛い。

 顎のあたりを撫でてやると、ぐーっと喉を鳴らした。


(夕食?)


 私のお腹もぐーっと鳴る。


 確かに、おやつのクッキーもあまり食べられなかったから、お腹がペコペコだ。お酒じゃなくって夕食を出してくれたら助かる。


 かいがいしいロビンハルトの様子を見ていて、ふいに思ってしまった。


 ――パパみたい。


 ママやおばあちゃんがお稽古の時には、パパが早い夕食の用意をしてくれていた。

 ちゃんと日本の食事メニューを研究して、寝るのが早い私に合わせてきちんと準備をしてくれていたのだ。

 優しくて、かっこいい自慢のパパ。


 ――会いたい! 帰りたい!


 思考はあっちこっちにさまようけれど、もうどうしようもなくなって私は覚悟を決めた。


「夕ご飯食べたいです……でも、あの……その前に……」


 私の目はいつになく真剣だったと思う。

 ロビンハルトが、なんでも言ってというように微笑んでくれた。 


 恥ずかしいけど、このおじさまになら何でも言える。


「――その前に、やっぱりコルセットを外すわっ、それからトイレッ! トイレを作ってくださいっ」




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