公爵からの提案
「これから……何か、名誉を回復する方法を考えなくては……」
グレーティア王女が、小さな声でつぶやく。
その時だった。
王子の部屋の扉が叩かれる。
侍従さんが応対に出てみると、それは国王からの呼び出しだったようだ。
体調が安定したのなら、話があるので来て欲しいとのこと。ラフィオンも一緒に来るようにという話だった。
『ああ、王子のお父様だから……王子が無理をして、炎の魔法を使っているってわかっているのね』
だからこそ、サリエル王子が治療を受けただろう後に、使いをよこしたのでしょう。
そういえば先ほども、国王専属の癒し手を使ったと言っていたわ。血を媒介にしていることも、ご存じなのでしょう。
「そろそろ行くか……」
サリエル王子が起き上る。
「お兄様。せめてあともう一時間だけお休みになっては」
グレーティア王女が止めようとするけれど、サリエル王子は首を横に振った。
「あまり僕が遅れるというのも、ただでさえ下がっている印象を地の底に落としそうだよ、グレーティア。戦ってもいないのに寝込むだなんて、体が弱いのでは。それなら別な者が王に立った方がいいだろうってさー」
サリエル王子は「よっこいしょ」と言いながら起き上る。
そのまま立ち上がろうとする王子に、ラフィオンが手を差し出した。
「ありがとラフィー」
「気になさらず。私は殿下が王になって下さらないと困る身なので」
「そうだったね。君の頼みについては、グレーティアにも説明済みだから大丈夫だよ。そのためにも……よっと」
サリエル王子が立ち上がる。
「グレーティアの身の安全のためにも、結婚を成功させるためにも、僕が王位につかなければならないからね。だから元気そうな様子をみせないと」
やつれたような顔で言い、サリエル王子は侍従達に着替えを命じる。
身支度を整えた王子と一緒に、ラフィオンは国王の元へ向かった。私はそれにくっついていった。
サリエル王子の住む棟からは、延々と廊下を歩くことになる。
長い道のりはサリエル王子にはことさらこたえたみたいだ。青い顔をした王子は、歩みも遅い。
誤魔化すように、付き従う侍従さんが、足を止めさせて外を眺めるような口実を作ったりする。
たぶんこういう役目としても、王子は侍従をいつも沢山まとわりつかせていたのかもしれないわ。
やがて、王宮の一室に到着する。
そこは国王の私室らしい。
入室すると、いつだったかラフィオンの叙爵式でも見た、サリエル王子によく似た高齢の男性がいた。
「まずは座りなさい。ディース伯爵も」
国王はすぐにサリエル王子を座らせる。彼が無理をしてやってきたとわかっているからだろう。
二人はそれに従い、国王も向かい合わせにソファに座った。
「何か飲むだろう?」
国王はそう言って、まずはお茶を用意させた。その後、国王や王子の侍従達も部屋から退室させてしまう。
お茶を口にして息をついた後、サリエル王子が言った。
「他には聞かせられないほど……悪い話なのですか?」
あ、そうかと私は気づく。
喜ばしい話なら、サリエル王子の侍従まで下がらせる必要はない。
たぶん何か厳しい内容の話があって、密かに打ち合わせるなり相談するつもりで、国王とサリエル王子、ラフィオンだけになるようにしたのだろう。
「かなり最悪だろう。おそらくお前にとっては」
国王は苦悩するような表情で、切り出した。
「先ほどから王宮の貴族達の間で、サリエルでは王として力不足だ、バイロンを王にするべきだと声高に呼びかける者が出ている」
ラフィオン達は表情を厳しくした。
「今までは、密かな動きだった。しかし今回は冬の巨人との戦いを見た者達があっさりと扇動されてな。わしの所へ集団で直訴までしようとしてきた」
「父上に直接ですか……」
サリエル王子はつぶやいて、唇をかむ。
予想以上に、さっきラフィオンの手柄を奪われたことが、貴族達の勢力図に響いているみたい。
国王にまで集団でおしかけるというのは、穏やかではないわ。
「間近で冬の巨人に接して、恐怖したからでしょう。これが遠い土地でのできごとであれば、身につまされることはなかったはずです」
ラフィオンの言葉に、国王もサリエル王子もうなずく。
「その集団を扇動していたのは、バイロンだったようだ。あいつが来てわしと話すということで、彼らを引き上げさせた。ただその話し合いで……サリエル、お前の今後に関わる提案をされたのだ」
サリエル王子が、じっと国王のことを見返す。
おおよそ予想はついているのだろう。
国王はそんなサリエル王子にひとつうなずいて言った。
「次の王に、サリエルではなく自分を選んでほしいと言ってきた」
「ずいぶん、はっきりと要求してきたのですね」
「そうだな。あいつが言うには、以前は王子の力が足りないようだから、自分を摂政にするように説得しようと考えていたという。しかしサリエル自身が何もできないこと、守ってくれない王ではついていけないと離反する貴族も出かねないと言い出した。
あいつは言わなかったが、国を守れない王の中にはわしも含まれているだろう。冬の巨人討伐に関しては、バイロンに任せてばかりだったからな……」
そうだった。
この国王も、今までの王よりも強い魔法が使えない人だった。ラフィオンのような部下もいなかったから、ずっとバイロン公爵に頼って来たのだろう。
だから息子と対立している状況でも、バイロン公爵をどうこうできなかったのだ。
公爵を失ったり表舞台から遠ざけるようなことになれば、冬の巨人のような魔物を退治できなくなる恐れがあったから。
「ただあいつも、サリエルのことを懸念して、わしがうなずかないということはわかっているのだろう。だからサリエル、お前を王太子にするという妥協案を出して来た」
「王太子!?」
ラフィオンも驚いて目を少し見開いた。
バイロン公爵が彼を排除したいなら、王太子になどする必要はないはずだもの。
「代わりに、三か月後にはあいつに王位を譲ること。そしてディース伯爵を公爵の養子にすること。それが条件だと言ってきた」
え、なぜラフィオンまで?




