王子の秘密
とにかく今は、ラフィオンのすることに手を貸す時間だ。
そう思って、色々な物思いは一度、心の奥底にぎゅっと詰め込んで忘れることにする。
サリエル王子の様子を見に行くと、既に癒し手を呼んで、具合は良くなったようだ。
それでも起き上るのはしんどいようで、寝た状態のままラフィオン達に顔を向ける。
「ああ、ラフィー。ごくろうごくろう。間に合ってくれて良かったよ」
にへらっと笑うサリエル王子に、ラフィオンは眉間にしわをきざんだ。
「今回は、あまり間に合っていないのではありませんか? 皆には、バイロン公爵が止めを刺したように見えたことでしょう」
「あー、あれねー」
ははっ、とサリエル王子が力なく笑う。
「あっちも相当焦っただろうねー。北の方にラフィーが派遣されたんだから、すぐには戻って来られない。その間に王宮にも冬の巨人を出現させて……僕が何もできないことと、公爵なら倒せることを印象づけたかったんだろうなーって」
「やはり、故意のようですか?」
ラフィオンの問いに、サリエル王子はうなずいた。
「故意でしかないだろうね……。どうやって冬の巨人を呼んだのかはわからないけど、タイミングが良すぎもんなー。ラフィー、君が出かけて現地に到着しただろう頃合いに、こっちにも出現したんだよ……」
私は目をまたたく。
バイロン公爵は冬の巨人を使ってまで、サリエル王子の弱さを証明しようとしたということ?
そこまでしなくても……と思う。元々サリエル王子は、魔法の力が弱いことは知られていたと思ったので。
「公爵も焦ったと思うよ? 君にあっさり倒されちゃったら困るからねー。ものすごく急いで魔術を使ったんだろうさー。ま、でもこういうことをするのなら、勝つ準備はしておいてくれないと困るけどね。王都が壊れちゃうよ。僕は弱いしさー」
自虐的に言うサリエル王子に、グレーティア王女が困ったような表情になる。
「お兄様……それは私も同じですわ」
彼女がもし強い炎の魔法が使えたら、彼女がすんなりと女王に収まり、バイロン公爵につけ入る隙などなかっただろう。
「私が強かったら、お兄様に無理をして炎の魔法を使わせることもなかったのに……」
「そういえば、お加減はいかがですか?」
ラフィオンに尋ねられたサリエル王子は、寝具から手を出して見せた。
「もう治ってるよー」
「それはようございました。王宮が破壊されていたら、陛下専属の癒し手の力が借りられなくなる恐れがありましたからね……」
「一度だけなら、怪我をしたと見せかけられるだろー?」
「怪我をしようもない状態だったら、すぐに不審がられてしまいますよ」
二人の会話に、私は首をかしげた。
『怪我? 傷を隠す?』
そもそもサリエル王子が、あの状況でどうして怪我をしたのだろう。
魔法を使うにしても、距離がまだかなりあった。そして周囲には騎士達もいたのに。
私の心のつぶやきを聞き取ったのか、ラフィオンが説明してくれる。
『サリエル王子に使える炎の魔法は、弱いものだけだ。それを中程度の魔法を使えるようにするために、王子は血を媒介にしているんだ』
『血……?』
血がなんで、媒介になるのか。そう思ったら、ラフィオンが何も聞いていないのに説明してくれた。
『媒介は、その属性に近いものを使う。そして魔法使いは、その血統で使える魔法が決まるんだ。なら、サリエル王子の血には炎の属性が強く含まれていることになる』
『あ……』
そうか。魔法使いの魔法は、血統による。
ということはみんな、体の中に流れている血が、その魔法を呼び寄せる力になっているのかもしれない。
そして血を流して外気に触れさせるということは、ラフィオンが媒介だと言って使っている宝石とかと、同じような効果を発揮するんじゃないだろうか。
『魔法を使う度、自分で腕に切り傷をつけているために、貧血気味になったり、体調を悪くしやすかったりするんだ』
『そんな……』
そこまでしているのか、と私はショックを受けた。
でも少しでも強い炎の魔法を使えないと、サリエル王子はすぐに周囲に潰されて、下手をすると王子としての身分も危うかったのかもしれない。
ただでさえ暗殺されかけることも多々あるようだし、彼にとっては自分の身を守るために必要なことだったんだ。
なんだか辛いな、と思う。
せっかく魔法を使えても、無理をして苦手なものを使えるように自分の身まで傷つけ続けて……。
『……?』
そこで私は、何かが心に引っかかる。
苦手と言う言葉で、何かを思い出しそうなんだけど……。
心の中でうんうん唸っている間にも、ラフィオンとサリエル王子の会話が再開していた。
「でも確かに、バイロン公爵のやり方は強引だねー。焦った原因は、間違いなくグレーティアの結婚だろうけどさー」
「他国と手を結んだから、焦ったのでしょうか……」
「それもあるだろうねー。有利な条約を結べることになったから、少し僕のこと見直してくれる貴族も出てきたし。政治力的には王子の僕が優位だからこそ、今のうちに潰しておきたくなったのかもー?」
そしてバイロン公爵の目論見は、成功しつつある。
手も足も出ず、避難するしかない王子の姿を印象付けてしまったんだわ。
それをカバーするはずのラフィオンの活躍をバイロン公爵が奪い、公爵が冬の巨人を倒したという形にもなってしまっている。
これからどうなるんだろう。
ラフィオンの行く末にもかかわるから、私は不安にならざるをえなかった。




