揺れる気持ち
光の球状態に戻ったみたいだ。
まだ私は、ラフィオンの側にいて彼を見ていられるから。
そして私の姿が消えたことに、グレーティア王女は驚いて自分の口を手で押さえている。
「え、彼女はどこに……」
「精霊ですよ、王女殿下」
ラフィオンが簡潔に答えた。
「彼女は精霊なんです。ただ俺が、仮初の姿を与えていただけで」
「そうなの……?」
グレーティア王女は、しばらく信じられないという顔をしていた。でもふと何かを思い出したようだ。
「精霊は……人のような姿をしている者が多いの? 彼女、あのゴーレムの中にいた精霊なのではない?」
「え?」
ラフィオンが驚いたように目を丸くする。
「やっぱりそうなんでしょう? 先日、セネリス男爵にゴーレムが捕まった時に、ゴーレムの中の精霊を解放する時に、一瞬、さっきの女性の姿が見えたのよ。今思い出したわ」
え、グレーティア王女に私の姿が見えていたの?
しかもしかも、それってラフィオンがゴーレムに口づけした時……。
恥ずかしさにのたうちまわりたい。今は人の姿じゃないからそれができるわ!
うわーん!
じたばたしている間に、ラフィオンがグレーティア王女に言った。
「……間違いありません。あれが俺の精霊の元々の姿なんです」
それを聞いたグレーティア王女がうんうんとうなずいた。
「それで、女性の姿に気づいたラフィオンは、彼女のことを特別に思うようになったのね」
と、とくべつ!?
グレーティア王女の言葉に、私はびくつく。
え、まさか本当に、他の人からもそう見えているの?
いえいえ、きっと小さい頃からお互いに協力してきたから、ラフィオンが懐いているのをそう見えているだけじゃ……ないの、かな?
懐いているだけという自分の想像に、ちょっと悲しくなる。
やだな。どうしてこんな気持ちになるの?
まるでラフィオンのことを、私が……意識してるみたいで。
「それはどういう意味で……」
ラフィオンは表情を変えずにグレーティア王女に尋ねた。
ほら、ラフィオンは動揺もしていないわ。
だから特別に思っているわけじゃなくて、魔力を奪うのも与えるのも、やっぱりああいう手順が何か必要なだけで……。
それでいいはずなのに、どうしよう、なんだか本当に悲しくなってきた。
そんな私の気持ちの揺れなんて、王女には知るよしもない。うふふと微笑みながら言った。
「あの事件の時、精霊は大事だし、だから救出することについては何も問題は無かったの。だけどラフィオン、あなたの対応はちょっと違和感があって……。自分に利害のある相手を救うような態度じゃなかったわ。セネリス男爵への報復にしてもそう。ちょっと過剰すぎるから、本当にゴーレムや人形が好きなのかしらって思ったのよ」
「……ゴーレムが好きなのは間違いないですが。なにせ初めて召喚ができたものですから、思い入れもありますし」
ラフィオンはうっすらと微笑んで言う。
グレーティア王女の言葉をラフィオンは否定しなかった。
ということは、子供が人形を大事にするように、ラフィオンがゴーレムの中にいる私のことを大事にしているのかもしれない。
グレーティア王女は、ラフィオンの言葉に、投げかけた問いをかわされたように感じたのかもしれない。少し不満そうに口をとがらせた。
「とりあえずはそれでいいわ。お兄様の様子を見に行きましょう」
「ええ、けれど先ほど見たことは言わずに。別の扉から彼女が出て行った事にしてください。あの精霊は特別ですから、狙われると困ります」
「そうね。人の姿をした精霊は珍しいもの」
グレーティア王女はうなずいて、先に部屋を出て行った。
私はその姿を見送りながら、しくしく痛む心をもてあましていた。
なぜ痛いの。今は実体もないはずなのに。
それにラフィオンはずっと可愛い弟のような存在で、見守って行きたいって思っていたじゃない。
自分の気持ちがわからない。
望んでいることを、頭の中ですらはっきりとした言葉にするのが怖い。なのに、ラフィオンに懐かれているだけ、と言われるのは嫌で。
でも私は精霊だもの。もしこのままの状態だったとしても、ラフィオンと人のようには一緒にいられない。
時々会っては、たちまち老いて行く彼を見守って、取り残されるだけ。
そして人生をやり直すことができれば、彼のことを忘れてしまう……。
『おいでマーヤ』
『……はい』
頭のなかがぐるぐるしてきて、なんだかいつもどうやってラフィオンに返事をしていたのかもわからなくなる。
だから少し堅い口調になってしまった。
でも、呼ばれるのは嫌じゃない。
そして側からいなくなるという選択肢もない。
だって私に出来る限りはラフィオンを守るって、そう決めている。
ラフィオンだって、私のために手紙を出したり、コンラート王子についても随分協力してもらっているのだもの。
でも側にいても、遠い気がして……泣きたいような気持ちになった。




