討伐のその後で
バイロン公爵。
アルテ王国の王弟で、サリエル王子を追い落として王位を得たいと願っている人。
パッと見、悪役のようには見えなかった。むしろ若い頃はさぞかし女性に人気があったのだろうと思える人だった。
表情はどこか冷たい。
私に先入観があるせいかもしれないけれど。
だって私はラフィオンの味方だもの。
公爵はラフィオンを助けてくれたサリエル王子の政敵で、ラフィオンをいじめていたレイセルドを利用していた人だもの。どうしたって警戒してしまう。
だから敵だと思っていたのに、ラフィオンに優し気な目を向けている気がする。
どうして……。
「君を私の元に引き抜きたいくらいだ。今からでもどうだい? 私は君を歓迎するよ」
しかもラフィオンを勧誘してきた。
あれ、でも待って。
勧誘するということは、ラフィオンが強い召喚術を使えるようになったから、利用できると思って優し気な顔をして見せているのかもしれない。
きっとそう。
ラフィオンも私と同じように考えたみたいだ。
「私への悪意で、他国の王子に悪影響を及ぼした人物と懇意にし続けた人とは、とうてい思えない勧誘ですね」
こっちを陥れようとしたのに、何をいっているのか。
ラフィオンのそうしたあてこすりに、バイロン公爵は笑みを浮かべる。
「彼の能力を買ってはいたけれどね。召喚魔法を使える家は少ないから。ただ人の心をどうこうは私にだって難しい。こちらの目をかいくぐって行動に出た者を止めることなど、不可能だと思わないかい?」
バイロン公爵は悪びれもせずに言った。
ラフィオンが目を睨むように細める。そんな様子にも、バイロン公爵はひるむこともなく笑う。
「以前から、君には注目はしていたんだ。オリアーナの息子の君にね」
ラフィオンがはっと息を飲んだ。それを見て満足げな顔をしたバイロン公爵は、ふと私の方を見る。
「彼女は君の大事な人かな? 怪我をしないように、きちんとみていてあげるべきだよ」
ラフィオンは表情を変えないようにした。
黙る彼に手を振って、バイロン公爵は立ち去っていく。王宮の、中央棟の方だ。
十分にバイロン公爵が離れた所で、ラフィオンが私に駆け寄った。
『マーヤ。大丈夫か』
『私は平気。ラフィオンは? 炎に巻き込まれたりしなかった?』
『それは大丈夫だ……かなり制御された炎だったから』
ラフィオンの方は多少熱を感じたぐらいだったらしい。
『あいつが、君に目を付けるなんてな』
『大丈夫よラフィオン。私は精霊だもの。この仮初の姿が消えたって消滅しないわ』
目を付けられたところで、精霊の庭に帰るだけなのだから。
『そうだが……気をつけてくれマーヤ。前回、君が捕まったことを忘れないでくれ』
そう言って頭を撫でられて、私はうなずきながらも気恥ずかしくなる。子供にするような仕草なのだけど、心地よくて。
年頃の女の子が、素直に受け入れてはいけないような気もするのだけど、やめないでほしい。そう思う自分に戸惑って、でもラフィオンは召喚主なのだからと、無理に自分に言い訳をしてみたりする。
「とにかく王子達の所へ行こう。君はみんなの目に晒してしまったから、どこか隠れられる場所で、元の姿に戻そう。その方が安全だろうから」
うなずき、ラフィオンと一緒にサリエル王子達の元に戻る。
すると、サリエル王子が青い顔をしてぐったりと目を閉じていた。そうしていつもの黒服の侍従さんたちに囲まれている。
どうも戦闘後、侍従さん達は棒やどこからかシーツを持って来て即席の担架を作り、それにサリエル王子を載せようとしていたみたいだ。
「怪我をしたのか?」
尋ねるラフィオンに、侍従さん達はいいえいいえと首を横に振る。
「いつものですよ、ディース伯爵」
「そうか……」
いつものって何だろう?
私にはよくわからないけれど、ラフィオン達はわかっているようだ。
「早くお部屋に運んであげて」
グレーティア王女の言葉に、侍従や近くを取り囲んでいた騎士達が進み出す。
「状況が知りたいから、あなたも一緒に来てねラフィオン。それで、その女性は……?」
グレーティア王女が戸惑った顔になる。それも無理はないと思うの。
だって私、見かけたこともない令嬢だろうから。
「説明するためにも、どこか部屋を貸していただきたいのですが」
ラフィオンは、早々に私を隠すことにしたようだ。人の姿から変化させるために、グレーティア王女に部屋を要求する。
「わかったわ。それならお兄様の部屋の控えの間を使いましょう」
サリエル王子達と共に移動した上で、グレーティア王女は私とラフィオンを小部屋に案内する。
ラフィオンに要求されるまま、グレーティア王女は人払いをしてくれた。
「それで、その方は?」
「そこで見ていて下さい」
言い置いて、ラフィオンは私の前にひざまづく。
『今から、元の姿に戻す。少しの間我慢していてくれ』
『わ、わかったわ』
でも元の姿に戻すのに、なぜひざをつくのかしら。そう思っていたら、ラフィオンが私の左手を持ち上げて、挨拶をするように口づけた。
手の甲に触れるラフィオンの唇の感触に、頬が熱くなる。
でもやろうとしていることはわかる。私に魔力を与えた時の逆をしようとしているんだと思うけれど。
口づけのことを思い出す。
ゴーレムだったけれど、中に私がいるとわかっていたラフィオンがしたこと。
今も、必要がないはずなのにわざと膝をついたラフィオン。
その姿と唇の感触に、私は少し期待しそうになってしまう。
まさか、と。
ラフィオンは私をそういう形で想ってくれているの……?
想像するだけで、胸が苦しくなる。そんな自分にどうして、と思っている間にめまいがして、気が付くと私は仮初の肉体を失っていた。




