そして問題の人物と出会う
建物の側にいると、その大きさがより実感できる。
王宮そのものは四階建てで、左右に大きく広がっていた。
けれど冬の巨人は、高さは王宮の外縁の壁にある見張り塔よりも高く、王宮の一棟を飲みこめそうなほどの横幅があった。
立ち上がれないのか、膝をついた状態でそれなのだ。
歩き出したら、王宮を踏み潰すことなど容易だろう。
この危機に、どうあっても立ち向かわなければならないのは、王族だ。
氷雪を操る魔物に対抗できる、炎の魔法使いを崇め、国王にした国なのだから。
けれどサリエル王子にも、グレーティア王女にも、そんな魔法は使えない。だから王子はラフィオンを取り立てたのだ。
ということは、
「まさか、サリエル王子達を矢面に立つようにして、殺そうとしてる?」
王子達は、討伐を拒否できないだろう。
王宮ならなおのことだ。
でも満足に戦えないサリエル王子達では、冬の巨人を倒せない。
「まさかグレーティア王女の死因って、これ?」
「ちっ……。マーヤ、落とされないようにしてくれ」
舌打ちして指示したラフィオンが、近くでにこにこしながら私達を見ていたアスタールに言う。
「お前の父に、マーヤを落とすなと言っておけ。今は仮初の肉体があるんだ。怪我をする」
「もちろんだよ!」
命令されたのに、アスタールは友達に頼み事をされた程度の受け取り方をしたみたいだ。軽く返事する小さな竜に、ラフィオンも苦笑いする。
火竜の方はそれだけではなかった。
「フン、後生大事に抱えてなくとも、私は落としはせんわい。そもそも精霊なら、仮初の肉体がなくなっても精霊の庭に帰るだけだろう」
「なら存分に、あの巨人に炎を浴びせてくれ。三分の一も溶かせば、仕上げは俺がする」
私も戦う。
そう言おうとした時には、火竜は冬の巨人の頭上に滑り込んで、炎を吐き出した。
とてつもない熱が発生しているはず。
周りの風景が、陽炎みたいに揺らいでいる。
冬の巨人は、頭部が溶けてなくなった。それでも冬の巨人は平気なようだ。
腕を振り上げて、火竜を掴もうとしてくる。
火竜はすぐさま上昇し、それから冬の巨人と対峙しようとしていた人の前に、一度降りる。
「降りるよ、マーヤ」
「う、うん」
ラフィオンは私を抱えたまま地面に降りる。
深く雪が積もっていたせいなのか、私を抱えたまま、近くに見えるサリエル王子達の前に歩いていく。
火竜はすぐさま空に舞い上がって、ラフィオンに言われた三分の一を目指して、再び冬の巨人を溶かしにかかる。
「ラフィオン! 良かった……」
ほっとした表情のグレーティア王女の横で、サリエル王子が苦笑いする。
「君が戻ってくれて助かった。早かったね」
「俺の精霊が、危機を教えてくれましたので」
そう言って、ラフィオンが私を降ろしながら、心の声で伝えて来た。
『王子達と下がっていてくれ。万が一の場合もある』
『わかったわ! 万が一の場合には、私が守るから!』
なるほど。私にサリエル王子達を守って欲しいのねと思って、私はうなずく。
『そこまでしなくてもいいんだが……。気をつけてくれ』
そしてすぐさまサリエル王子達に言う。
「殿下方は下がっていて下さい。火竜の動きを阻害することになります」
「頼むよラフィオン」
私もサリエル王子と一緒に、冬の巨人から離れて王宮側へと移動した。
逆に冬の巨人へと向かって行くラフィオンを、振り返りながら。
それが不安そうな姿に見えたんだと思う。グレーティア王女が話しかけて来た。
「早く、一緒に行きましょう?」
「あ、はい」
思わず応えて、グレーティア王女に手を引かれて足を早める。
そうして歩き始めたら、ラフィオンが来て少し安心したのか、冬の巨人を警戒しながらもグレーティア王女が言った。
「あなた、ラフィオンの……ご友人? それとも恋人?」
「こいっ!?」
その単語に、思わず声を上げそうになった。
すぐに否定するべきだったんだと思う。だけど、この間のゴーレム姿の時に口づけられたこととか、さっきまで抱きしめられていたことを思い出してしまった後、なぜか言葉にできなくなる。
――どうして。
違うって言う方が、ラフィオンのためになるのに。
だって私は、存在しないはずの人間……。
思わず悲しくなってしまうと、グレーティア王女が急に慌てた。
「ごめんなさい。こんな時に変なことを聞いてしまったわ」
そして足を止めて、冬の巨人を振り返る。
「ああよかった。ほら、ラフィオンがもう冬の巨人を倒してしまうわ」
火竜は、予定通りに冬の巨人を三分の一溶かしたようだ。
そうして火竜を遠ざける様に手を振ったラフィオンが、何かの術を使おうとしていた。
けれど……。
「え!?」
横からまばゆい光を伴った、火線が冬の巨人に襲いかかる。
冬の巨人の中央を貫き、その向こうまで炎を吹き上げた何かの魔法。
そのせいで、冬の巨人は致命傷を負ったようだ。
ぐずぐずと巨人の形をつくっていた雪がくずれていき、その場に雪の山をつくる。
「…………」
冬の巨人は倒したけれど、今のは……何?
思わずラフィオンに向かって走る。
「あ、お待ちなさい!」
グレーティア王女が引き止めようとしたけれど、私は無視した。
今の私は人じゃないもの。一番大事なのは、ラフィオンの安全だもの。予想がつかないことが起こったことが不安だった。
そうして声が聞こえるところまで近づいた私は、ラフィオンの近くに歩み寄って来たもう一人の人物を見つける。
「引きつけてくれて良かった。おかげで楽に倒せたよ」
淡い金の髪。青い瞳の、50代に近い男性だ。着ている黒い衣服や緋色のマントも、裕福な貴族だということがわかる。
一方のラフィオンは、睨むような目を男性に向けていた。
どういうこと?
「それにしてもさすがだね、ラフィオン殿。火竜を自在に操るとは」
「おほめに預かり光栄です、バイロン公爵」
私は、バイロン公爵の賞賛の言葉に嘘がないような気がして戸惑う。
サリエル王子の敵なのに? その配下のラフィオンを、邪魔に思っていてもおかしくはないはずなのに……。




