たとえ会えなくても
「少し、我慢してくれ」
そう言って、ラフィオンが両手の中に私を閉じ込めてしまう。
真っ暗になって、私は何も見えなくなる。
けれどアスタールの「あっ」という声と「黙ってろ」というラフィオンの声が聞こえた後、お酒を飲んだ時に胃の中が熱くなったような感覚が訪れる。
何がなんだかわからないうちに、私はラフィオンの手を避けるほど大きくなって、気づいたら、私は人の姿に変わっていた。
「え、あっ」
精霊の魂だけの状態ではなくなったせいか、風に思いきり煽られて、ラフィオンに抱きとめられる。
すぐにアスタールが魔法をかけてくれたけれど、ラフィオンは私を抱えたままにしていた。
「万が一のことがあるから」
そう言われると、質量がある状態で竜の背に乗ったことがなかった私は、うなずくしかない。落ちたら怖いもの。
でも、ラフィオンに接している肩とか、支えられているお腹とか、足の上に座っちゃっていることが気になって落ち着かない。
どういうわけか、死んだ当時のドレス姿になっているから、足なんて沢山重ねたペチコートのせいで良くわからないと言えばわからないのだけど。
でもその分、ラフィオンは余計に重く感じているはず。
しかも私、以前こうして実体化した時とは違うドレスを着ているの。このドレス、確か少し重かったのよね……。
あれこれとどうしようもないことを考えていると、ラフィオンが言った。
「前と違う服装だな」
「あ、多分、死ぬ時期が変わったせいだと思うの。その時の服装になるみた……」
説明している途中で、私は言葉を止めた。ラフィオンが、とても悔しそうな顔をしていたから。
「どこか痛いの?」
怪我でもしたのかと思えば、ラフィオンは首を横に振る。
「なんでもない」
「……そう? でもどうして私の姿を? 魔力か何かを使ったんでしょう? そんなことをしなくても話せるのに」
「君の表情を見たかったんだ」
「え?」
「光じゃ、辛いと思ったのかどうかわからないだろ。……二度も死ぬ状況を味わっておきながら、君がそんなにさらっと話してみせるから、見られるようにしたかったんだ」
私が、辛いと思ったのかどうか、を?
「どうして」
「普通は、辛いはずだ。何度も死にたくないだろうし、死ぬ度に苦しいと思う。君だって辛かったから、生き直したくて俺に手紙を頼んだりしたんだろう?」
ラフィオンに言われて、私は呆然とする。
それから目の前が滲んで、ぽろりと涙が頬を零れ落ちたのを感じた。
すると、堰が決壊するみたいに、私が憤りと前を向く原動力に変えたと思って、押しこんでいたものが溢れてくる。
辛かった。苦しかった。最初は何日も泣き続けた。
でもやり直せるかもしれないって希望が見えて、どうにかするために必死になっているうちに、辛いって思っている場合じゃないって、自分の心の隅っこに閉じ込めていたんだとわかる。
ラフィオンに気づかされてしまったら、ぎゅっと胸が苦しくなった。
「ごめん、泣かせたかったわけじゃないんだ。ただ君が辛くないかどうか、俺が気になっただけで……」
「ううん。ラフィオンは心配してくれただけだから」
涙を拭おうとしたら、先にラフィオンが開いていた右手で、涙を拭ってくれた。
「俺も自分が死にかけた時に、やっぱり辛かった。森に捨てられて、動けなくて。どうしようもないと思った時にマーヤが来て、助けてくれただろう?」
「うん」
ラフィオンがまだ小さかった頃のことだ。あの時、私もラフィオンのことを死なせたくないと思って、必死だった。
なにせゴーレムになったからって、自分になにができるのか良くわからなかった。どう戦うのかもわからないし、でも小さな子供を死なせたくない一心だった。
「俺はそれが嬉しかったから……」
ラフィオンは語尾を濁してしまったけれど、その気持ちがするっと心に浸みこんで理解できた気がする。
同じように、私が辛かったらそれを助けたかった。ラフィオンはそう願って、でも私が辛いのかどうか、隠しているだけなのかもわからなかったから、人の姿に戻したんだ。
「ありがとう」
お礼を言うと、もっと涙が流れる。
うつむいた私を、ラフィオンが両腕で抱きしめた。
小さく息を飲む。
完全に身長差も逆転して、腕のなかに収まってしまっている感覚が妙に心地いい。まるで、私の方が子供になってしまったみたいだ。
恥ずかしいけれど、ここから逃げたくない不思議な気分で。
そのままひとしきり泣くと、不思議とすっきりしていた。
「それで……過去を変えると、すぐに人としての人生に戻ってしまうのか?」
私が落ち着いたのを見て、ラフィオンが元々の話に戻って尋ねてきた。
「過去が大きく変わった時点に戻ってしまうみたい。そして本当にすぐ、その場で戻ってしまうから」
私は一度、息をついてから続けた。
「もし運命が変わって、そのまま私が人として生きていける状態だったら……。もしかすると、もう私を呼び出せなくなるかもしれないの」
少しだけ人生をやり直して戻った後、私は普通に『あの後のラフィオン』に呼び出されている。
ラフィオンの方は、あれから一か月くらいは経過しているのではないかしら。
だから、もし人生を完全にやり直せるとしたら……。
ラフィオンはもう私を呼び出せない、と諦めてしまう程度の間は、私は精霊に戻れない可能性がある。
それに死んだからと言って、必ず精霊になるかどうかもわからないし。
私の話に、ぐっと眉間にしわを寄せたラフィオンに、さらに告げる。
「あと、過去に戻る時は今の私の記憶を持って行くことはできないみたいなの。だからラフィオンのことを思い出せないと思う……」
ごめんねと言う前に、ラフィオンに「問題ない」と言われる。
「それでマーヤが、死なずに生きていけるのなら、問題ない」
「ラフィオン……」
会えなくても、人生をやり直せるならと言ってくれる。
少しは寂しいと言ってほしい気持ちもある。だけどラフィオンは、それが私の念願だったと知っているからこそ、あっさりと問題ないと言ってくれるんだろう。
「ありがとう」
だから私は、胸の痛みを感じながらも。もう一度ラフィオンにそう言った。
話が終わる頃、ちょうどアルテの王都の上空へ来たようだ。
けれどすんなりと王宮に降り立つわけにはいかなくなった。
「くそ、やっぱりか……」
王都の王宮の敷地内。広い庭園がある部分ではあるけれど、そこに先ほど見たばかりの冬の巨人がいた。




