伝えるべきこと
『マーヤ』
ラフィオンの呼びかけが聞こえた瞬間、必要がなくなったゴーレムの体が土に還る。
私はケティルとさよならし、ラフィオンの側へかけつけた。
アラルはついて来た上で、ラフィオンから赤い石をもらって飲み込む。それで満足したように姿を消した。
『またねマーヤ』
『うん、またね……』
私はそう返す。
あと何度、こうしてアラルやケティル達と挨拶ができるだろう、と考えながら。
人に戻りたい。
でも人に戻ると、もう会えなくなるかもしれない。
そう思うと、ケティルやアラルとさよならしても、胸が痛む。
『マーヤ、どうかしたか?』
いつものように肩に止まっていた私を、ラフィオンが覗き込むようにする。
『あ、ううん、大丈夫』
『そうか? なら王都へ急ぐ。話はその間でいいか? 陛下の命を受けて討伐には来たが……。王宮に残した王子と王女が不安だ。俺という戦力を引き離しておいて、何かするつもりかもしれない』
『え? 冬の巨人がラフィオンを引き離す作戦なの?』
「可能性がある……火竜!」
ラフィオンが呼ぶと、火竜が仕方なさそうに姿勢を低くして、翼を広げて背中までラフィオンが駆け上がりやすいようにしてくれる。
いつの間にかアスタールのお父さんが、ラフィオンに仕方ないなぁって態度を取るようになっていたことに、びっくりする。
私が居ない間にも、会っていたのかな?
それとも前回呼び出した時に、こんなに仲良くなったの?
ラフィオンは駆け寄って来た兵士さんに指示を出した後、さっさと火竜に乗ってしまう。
「王都へ行ってくれ!」
『まったく竜使いの荒い……』
ぼやきながらも火竜の頭の上から、ひょこっと小さな火竜、アスタールが顔を出した。
『マーヤだ!』
『アスタールお久しぶり!』
また会えた、嬉しい。
そう思う私に近づいたアスタールは、その前にラフィオンに何かの魔法をかけてくれた。
『父さんが振り落とすかもしれないからね』
と言ったので、前回のように火竜の背に乗っても振り落とされないように、何かの魔法をかけたのだと思う。
「助かった。ありがとう」
ラフィオンも親切なアスタールに普通にお礼を言った。
それを見て、火竜はふんと鼻息をついてから飛び立つ。
ケティルの魔法と違って、アスタールの魔法は風も防いでくれるみたいだ。悠々とその場に座りながら、ラフィオンの髪はそよ風しか受けていないみたいに、さやさやと揺れるだけだった。
『アスタールって、すごい魔法が使えるのね。ラフィオンにほとんど風が当たっていないわ』
『僕は生まれた時から、この魔法は使えるんだよ。父さんから転がり落ちたら、また精霊の庭で生まれ直さなくちゃいけないだろうからね』
火竜の子供でも、親から離れると死ぬ可能性があるということみたい。世の中って厳しい。
「話しているところを済まないが……先にマーヤの話を聞きたい。いいか? 早く戻らないと危険かもしれないから、移動中で悪いとは思う。でも、あちらに着いて落ち着いてからの方がいいか?」
聞かれて、私は応えた。
『あ、早い方がいいわ。グレーティア王女にも関係があることなの』
「王女に?」
『先にちょっとラフィオンとお話させてね、アスタール』
そう断ると、前はお話ができないと駄々をこねていたアスタールは、すんなりとうなずいてくれた。
『いいよ。その人間がいれば、またマーヤに会えるんだもんね? 今度は僕とお話するために父さんを呼び出してくれればいいよ。人の話も興味深いしね』
快くラフィオンに譲って、ラフィオンの近くにお行儀よく座ってこちらを見ている。
それならと思って、ラフィオンにあれを伝えることにした。
『うん、その……ね。実は前回、私の運命が少し変わって。変わった分の人生を過ごして来たの』
「……は!?」
ぐりんと、ラフィオンが私の方を向く。
風になびく金の髪が、目を見開いたラフィオンの顔の周りでせわしなくなびく。
火竜の魔力なのか、恐ろしいまでに強い風はある程度抑えられているけれど、完全に防げているわけじゃないのだ。
「どういうことなんだ……? 人生が変わった分を過ごした?」
『あのね、どうもグレーティア王女との結婚が決まってすぐ、私の死ぬ時期が変わったの』
『……運命が変わったわけじゃないのか?』
私の言い方から何かを察したように、ラフィオンが聞き返してくれる。
『そうなの』
ラフィオンの推測を肯定して、私は説明した。
死期が変わると、すぐに私は変更された時点の人生に戻るらしいこと。
あの後、先に自国へ帰ったコンラート王子が、グレーティア王女の船を待ち構えていたこと。
けれどグレーティア王女が亡くなったということで、結婚が駄目になってしまったこと。
そのためコンラート王子は、再び結婚相手を探すことになったこと。
時期は変わったし、少し殺されるシチュエーションが変わったけれど、結局私が崖から落とされてしまったことも話した。
『だからグレーティア王女が、死んでしまうかもしれないの。それをどうにか助けなくちゃって……。あと、』
「マーヤ」
それまで黙っていたラフィオンが、私の言葉を遮るように名前を呼ぶ。
『なあに?』
「君は……。くそ、やっぱりこれじゃわかりにくい」
そう言ってラフィオンは、ポケットから何かを取り出して、飲み込んだ。
『え、石?』
石というか、宝石に見えたんだけど。大丈夫なの、そんなの飲み込んで!?
と思ったら、ラフィオンが光の球になっている私を手の中に捕まえて、しまう。




