新たな展開は吹雪とともに
「ラフィオン……」
お別れも言えないと話したら、どんな顔をするかな。冷静な人だから、あっさりとわかったって言うだけかしら?
思えばゴーレムに口づけた後も、私だけこう、様子がおかしい受け答えしてたし……。
でもそれは、少し寂しいと思う自分がいる。
精霊としての体感でいうなら、ラフィオンとの付き合いはほんの数か月ほどのものでしかない。だけど彼が小さい頃から見守って来たせいか、もっと長い間一緒に戦ったりしてきたような気がするの。
だから私は、お別れが辛いんだと思う。ラフィオンのこと忘れてしまうから。
ラフィオンはどうだろう。
私に頼らなくてもいいくらい……むしろ私を助けに来られるぐらいに強くなったから、私のこと必要なくなったし、お別れしても平気かな?
でもグレーティア王女達との話では、ラフィオンは私がさらわれてすごく怒ってたって言ってたし、悲しんでくれるかもしれない。
どちらにせよ、話すの、辛いな……。
うつむきかけたその時、ふわっとした靄が目の前をよぎったように見えた。
振り返ってみれば、白いベールみたいな靄が空中に浮かんでいた。
『精霊になりそこなった子だね』
エリューの言葉に驚く。
「そんなことがあるの?」
『時々ね。上手く生まれ変われないこともあるのさ。さあ、こっちにおいで』
エリューが声をかけると、靄はするっとエリューの側に飛んで行く。そうして少し高い場所の葉の一つに吸い込まれて行った。
『生まれ出る時間を間違えた子か、精霊のはずがないのに来てしまったのか。なんにせよ私の中で眠らせておけば、そのうちに向かう場所へ行くだろう』
「不思議ね……」
そうつぶやきながら、エリューはやっぱりお母さんみたいだなと感じた。
沢山の子供達を導いて、あやし、送り出す存在。
おかげで私も、前世の記憶を引きずって精霊になっても、色々と教えてもらったおかげで泣き暮らすことはなくなった。
「エリューにも先に言っておかなくちゃ。すぐってわけではないけれど。いつも助けてくれてありがとう」
今までの感謝を込めてそう言うと、エリューが照れたように枝をざわつかせた。
『私にとってはいつものことだよ。それよりほら、お前を呼んでいるよ』
エリューの言う通り、ラフィオンの声が聞こえた。
どう話そう、そんなことを考えながら私は応えたのだけど。
見えて来た人の世界の景色に、私はびっくりする。
『え、何なのあれ……』
どこかの森だと思う。
そこが、真っ白な氷雪で覆われていた。緑の針葉樹も凍てついた氷の彫刻のようになっていた。
森の奥には、なんだか巨大な生き物みたいなのがいる。けど、吹雪と灰色の空に紛れる色をしていて、輪郭がよくわからない。
『マーヤ、来てくれたか』
私のことが見えるラフィオンが、肩にくっついている光の球になっている私を振り向く。
『この間は、魔力が少なくなって戻ったのか?』
単刀直入に尋ねられて、私はなんだか慌てる。
今説明する? いいえ、もっと落ち着いたところで話したいかもしれない。大事なことだもの。
だからラフィオンの質問には、そうだと答えておいた。
『それにしても、また魔獣討伐? というか、前から一体どれくらい時間が経ったの?』
『あれから一月だ。コンラート王子は婚約と春の成婚の確約を得て、意気揚々と次の国へ渡った。今はまだ秋だが、雪が降るほど寒くはならないはずなのに、あいつが出た』
ラフィオンが指さす方向にいるのは、白灰色っぽい巨大な何か。
『冬の巨人だ』
『冬の……』
その時、おおおおーんと、何かが吠えるような声が聞こえた。
空気を震わせるほどの大きな声に、精霊だというのに私も震えそうになった。
とたん、風雪が強まる。
ラフィオンのしっかりとした毛皮のコートの上から羽織ったマントが、激しく風になぶられる。
『あれは、本来冬にでてくる魔獣だ。このアルテ王国が炎の魔法や火竜をことさらありがたがるのも、あいつが冬になると現れて、町や村を凍り付かせて全滅させる恐れがあるから』
なるほど、と私は納得する。
アルテはルーリスより北にある国だから、寒くて火が大事なのかと思っていた。けど、魔獣という脅威があったからなのね。
『とはいっても、数年に一度山奥に出没するだけになっていた魔獣だ。なのに今回は人里に近い場所に二体現れて、その一方に俺が派遣された』
説明を終えたラフィオンは、私にして欲しいことを頼む。
『マーヤ、君にはこの後ろにある町を守っていてほしい。冬の巨人は、他の雪の魔獣を従えていることが多い。俺が倒している間に町がやられては本末転倒だ。一応王国の兵も連れて来てはいるが、魔獣相手にどれだけ抵抗できるか不安なんだ。中には魔法が使えない者もいる』
それは不安よね。魔法が使えないのに魔獣と戦うなんて、かなり苦戦しそうだもの。
『わかった……あ、それとラフィオン』
『どうした? 何か心配ごとでもあるのか?』
尋ねてくるラフィオンが、心配そうに私を覗き込むようにする。
少しほっとした。私のことを気にかけてくれてるとわかると、なんだか安心したの。
『後で少し話があるの。すぐに私を帰さないでいてくれる?』
その言葉に、ラフィオンは少し眉間にしわをよせながら,
うなずいた。
『わかった』




