まずは頭の中を整理しましょう
運命が変わらないことにがっかりする。
それと同時にわかったこともある。
「過去が変わると、あんな風になってしまうのね……」
まさか問答無用で、変わった場所からリスタート、になるとは思わなかったの。
ラフィオンに、なんとか精霊の庭へ戻るとだけでも伝えられて良かったわ……。後で召喚にすぐ応えられなかったとしても、体調が悪かったんだって考えてもらえそう。
「あ、でも完全に過去が変わってしまったら、永遠に戻れないってことよね」
今までのことは全部忘れたままの私では、手紙を出して知らせることもできない。
だってあの時の私にとって、ラフィオンは知らない人のままで。一度手紙をくれたきりの、希薄なつながりしかない相手だったもの。
元気ですとか、連絡をするような間柄じゃない。
ただ少し、憧れを感じていたぐらいで……。
そのことを思うと、少しだけ心が痛んだ気がした。
「にしても、ミルフェ嬢が王子に固執したのが、借金が原因だったなんて……」
せっぱつまっていたからこそ、誰を蹴落としてでもと思ったのだろう。だからって人を崖から落とす必要はないと思うけれど。
……と考えて、ふと記憶を思い出す。
なんか私が崖から落ちた後に、彼女も落ちて来たような?
自分で足を踏み外すわけもないし……と考えて、ぞっとする。もしかしてだけど、一緒にいた令嬢達にミルフェ嬢も落とされたのではないかしら?
私一人だけが落ちたのなら、マーヤ嬢が足を踏み外したと証言しても、疑われやすい。
けど私を邪魔に思っていたミルフェ嬢も、一緒に落ちてしまえばどうだろう。
マーヤ様とミルフェ様が言い争いになって、止めようとしたのだけど崖が怖くて近づけずにいたら、二人とも足を踏み外して……と言った方が、とても真実味がある。
「……うん、考えないことにしましょう」
ここを追及しても、私にいいことはあんまりないし、真実はわからないのだもの。
それよりもグレーティア王女のことだ。
船を待っていた港では『急逝した』としかわからなかったけれど、後でもう少しだけ詳しく聞けたの。
どうもグレーティア王女は、魔獣と戦って倒れたそうなの。
過去に戻っている時には、私はラフィオンやアルテ王国のことも全て忘れていたからわからなかったけれど……その話は、どうもおかしいような気がする。
「だってラフィオンがいるのよ……?」
以前グレーティア王女が討伐に参加した時も、彼女はなるべく安全な後方にいた。
というか飛び出そうとして、危ないからとサリエル王子に羽交い絞めにされていた。だから何か彼女では敵わない魔獣が相手だったら、すぐに側にいた人に庇われるはず。
こういっては何だけど、グレーティア王女とサリエル王子は魔法の力が強くない。だからこそ王弟のバイロン公爵に押され気味なのだけど。
そのために、ラフィオンを自分の配下に置いた。彼を保護してでも取り込んだのは、自分達の力をつけるため。そしてラフィオンは火竜とも契約した魔法使いになった。
そんなラフィオンが助けられないような状況だった、ということではないかしら。
「どうしてかしら。ラフィオンに何かあった?」
考えても今はわからない。とにかく、ラフィオンがどうなるのかがわからないことには……。
「にしても、コンラート王子って恋人に恵まれない運でも持ってるんじゃないかしら」
私が死ぬ前だって、婚約者の王女と結婚できなくなったのよね。次に婚約者に選んだ私は、崖落ちしたわけだし。
今度はグレーティア王女と婚約したけど、失ってしまうのだもの。結婚できない運を持っているとしか言いようがないわ。
「どうにかしたいけど……」
私一人じゃいい考えが思いつきそうにない。
とりあえずラフィオンに呼ばれる前に、エリューに確認しておきたいことがあったので、そちらを済ませよう。
「エリュー」
呼びかけながら、泉の中に立つ樹に近づく。
「記憶は戻ったようだね」
「ええ、ありがとうエリューのおかげだわ。それで、少し聞きたいことがあるの」
「何だい?」
エリューはいつものように快く応じてくれる。
「過去を変えることが出来たら、毎回すぐに、やり直すべき過去に戻ってしまうものなの? 少しでも猶予とか……そういうものがあったりしないのかしら?」
私の問いに、エリューはちょっと悩むように枝葉を揺らす。
「そうだねぇ……。お前がそうだったというのなら、猶予はないんだろうね。そもそも過去を変えるなんてめったにやらないんだよ。だからそういう事例が無いんだ。みんな聖霊として生まれる前のことは忘れているはずだから」
私は思わず、近くで遊んでいる水の精霊を見る。
水滴になって跳ねて、沢山波紋の足跡を残して遊んでいる。彼らから、もう一度やり直したいなんて言葉を聞いたことはない。みんな以前は違う命として生きていたはずなのに。
「記憶が残るというのも、未練の強さというわけではないから……マーヤがこうして二度も記憶を引きずってきたところを見ると、素質なんだろうね。そして昔、一人はお前のように記憶を持ったまま精霊になって、過去を変えられないかと悩んでいた子はいたよ」
「え、その方はどうなったんです?」
「その子は精霊の卵として召喚された先も過去ではなかったし、精霊として生まれ出たのも未来だった」
「その人は……何もできなかったのね」
どんなにか辛いだろうと思う。もしかすると、という可能性があった分だけ。
それとも、完全に無理だと思い知ったら諦めがつくのかしら。
私は少しの間、見知らぬ誰かの気持ちを想像したけれど、今はそうしている場合ではないわ。いつラフィオンに呼ばれるかわからないのだもの。その前に、確認しなくてはならない。
「あとエリュー、過去に戻る時って、どうにかして今の私の記憶を持って行くことはできないのかしら?」
もしそれができるのなら、もし運命を不完全にしか変えられなかったとしても、王子に対してももっと別の方法をおもいつくかもしれない。ラフィオンに手紙を書くことだって、できるかもしれない……。
でもエリューには「基本的には無理だろうね」と言われた。
「そう……ありがとう」
だとすると、グレーティア王女を救わない限りは、何度でも私は精霊の庭へとすぐに戻って来てしまうのかもしれない。
だから先に、伝えておくしかないだろう。ラフィオンにも。
運命が変わったら、ある日突然私がラフィオンの呼びかけに答えられなくなることを。




