変態でもいいですか?
コンラート王子がグレーティア王女に求婚した。
まさかと思ったけど、今度は平手打ちに心を打たれたらしい。というか、教え導くって恋の相手に言うにはちょっと違うような?
しかも続けてとんでもない単語が聞こえた。
「どうぞ私に、一生あなたの足下に侍る許可を……」
『侍るっ?』
『……どこまでいっても、奇矯さは治らないんだな』
ラフィオンが心の中で、ものすごく感心したようにつぶやいた。あまりに突き抜けすぎて、そう言うしかなかったみたいに。
私も同じ気持ちだ。
というか本当に普通の道を歩めない人なんだなと、しみじみとコンラート王子を見る。
『マーヤの時は殴ってもらいたいから結婚しよう、だし。ゴーレムの時にも殴らせるために所有したい、だっけ。グレーティア王女の方はある意味グレードアップしているような』
なにせ侍りたいだ。
足下ということは、もやは叩いて欲しいのではなく、踏みつけて支配下においてくれということではないだろうか。
治らないというより確実に進化してる。
一方、症状を悪化させたグレーティア王女の方は、ややしばらくの間は呆然としていた。どうしてこうなった、と言いたげな表情だった。
でも、徐々にこの状況を理解していくに従って、じっくりと考えるような顔になる。人差し指を口元にあて、目を閉じてさらに熟考し出した。
え、グレーティア王女まさか……。
と思った時、グレーティア王女は目を開けてコンラート王子に尋ねた。
「もしかして、私のお願いを叶えてくれたりしますか?」
「はいもちろんです!」
コンラート王子、即答だった。
「どんなことでも?」
「結婚してくださるのなら……」
一応条件を出しながらも、コンラート王子は何か命じてくれるの? みたいな目をグレーティア王女に向ける。
「魔法もゴーレムも必要ありませんよね?」
「あなたが来て下さるなら」
それを聞いたグレーティア王女は、サリエル王子を振り返って言った。
「お兄様、私、とてもひどい要求をする代わりに、ルーリスに嫁ごうと思います」
やっぱりだった! グレーティア王女は利益について考えてたのね!?
「正気なのかい……!?」
サリエル王子は、可愛い妹の嫁ぎ先に不安を覚えたのだろう。思わず叫んでから、こわごわとコンラート王子を見る。
こちらの気持ちの方がわかるわ私。家族が変態に嫁ぐと言うのだもの。驚くわよね。
「彼の様子と発言から、私の身はこの上なく安全だと思います。それにお兄様にとっても有利な条件でもうなずいてくださるでしょう。王女としては、かなり条件のいい結婚だと思われます。いかがですか?」
「ああグレーティア様、受けて下さるんですね! ありがとうございま――ぶっ」
喜びのあまり飛びつこうとしたコンラート王子の頬を、グレーティア王女が突き飛ばす。
「まだです。少しお待ち下さい」
「……はい」
もはや意のままに従う人形のようになっているコンラート王子が、グレーティア王女から一歩離れ、大人しくうなずく。
既にしつけ済みとも思える行動に、私は戦慄した。
というかグレーティア王女、コンラート王子がひれ伏すとか侍るとか言ったせいで、何をしてもいいと判断した?
心の片隅を『まさかグレーティア王女ってサドだった?』という言葉がかすめる。
『それが当たりかもな……』
私の心の声が聞こえてしまったのか、ラフィオンがそんなことを言い出す。
とにかくグレーティア王女に問われたサリエル王子は、困惑しきった表情で何事かを考えた後、今日何度目になるかわからないため息をついた。
「とりあえず要求する内容を聞いてもいいかい?」
「まずはルーリスとの交易については、お兄様の裁可がなければ決定されないこと」
『あ……サリエル王子の権力を強めるため?』
私のつぶやきに、ラフィオンがうなずいてくれる。
「お兄様が王子としている限りは、アルテとの交易における関税を下げること。下げ幅については、お兄様と殿下で論議した上でということで、お願いしたいですわ。下げ過ぎてルーリスから反感を買うわけにもまいりませんもの」
『グレーティア様は、やはり現実的な方だな』
アルテに有利な条件を並べる王女に感心しながらも、ラフィオンは遠い目になってる。
『本気で嫁ぐ気なんだな……』
そこに衝撃を受けてたのね、ラフィオン……。私もだけど。
サリエル王子の方が、妹が変態に嫁ぐ決意をしたショックから立ち直るのは早かったようだ。
「お前の条件はわかったよ。でも……本当にいいのかい? たぶん大事にはするだろうけどさ……侍りたいと言うくらいだし。君がそれを耐えられるのなら、まぁ、政略結婚の相手としてはそう悪くないだろうと思うけども」
歯切れの悪い言い方だが、それでも冷静に利害については考えているようだ。
サリエル王子の言う通り、これだけ惚れこまれている上に服従の姿勢をとっている相手なら、まずグレーティア王女が結婚生活で困ることにはならないだろう。
問題は、変態でもいいですか? ということだけで。
そしてグレーティア王女は微笑んで言った。
「いいんです。私も侍りたいとまで言う方が相手なら、そう不幸にはならないだろうと思いました」
ちゃんと考えて決断したという妹王女に、サリエル王子はうなずいた。
「それなら結婚を認めるよ……。父王への許可については、ラフィーに手伝ってもらえれば大丈夫だからね」
そうしてサリエル王子は、グレーティア王女に歩み寄って手を握る。
「可愛い妹の幸せを、願ってる」
「ありがとうございますお兄様」
無事にサリエル王子の許可をもらったグレーティア王女は、嬉しそうにそう答えた。
その背後で、無事に自分の結婚が決まったコンラート王子が、満面の笑顔で拍手をしていたのだった。




