コンラート王子の結論
グレーティア王女は、ルーリスの援助を断ったの!?
どうして?
グレーティア王女はお兄さんに害があるだろう結婚を避けるために、ルーリスに嫁ぐことを計画してて、そのためにコンラート王子と仲良くしようとしてた。そのためにラフィオンは何度もゴーレムを召喚していたのよ。
それをラフィオンが断ったのかしら? と思ったら、ちょっと違うようだ。
「仕方ありませんわ。コンラート殿下は精霊を殺しかけたのですもの。もう呼びたくないと言ったラフィオンの意思を尊重するのは当然です。あげく、私達への個人的な援助についてちらつかせた上で、脅迫する言葉を口にしたのですもの。そのような人では、嫁いだところでお兄様への力添えを継続して下さるか、わかりませんわ」
コンラート王子は、召喚しないと言ったラフィオンを動かすために、グレーティア王女を脅したらしい。
そこに怒ったグレーティア王女が、コンラート王子に援助を拒絶する言葉を叩きつけた、ということかしら。
平手打ちと一緒に。
「ある程度は報告を聞いてるよ……。本当にいいんだね? グレーティア」
グレーティア王女はうなずく。
「魔法使いはこの国を維持するために、大切な礎。そしてラフィオンは、火竜を呼び出せることで発言力を持つ貴族となったのです。彼を尊重できないとなれば、我が国の威信が揺らぎますもの」
それに、とグレーティア王女が微笑む。
「今度は別な国に打診を行います。この際、十歳年下の王子でも構わないでしょうし、戦力が心もとない国でも、私が妙な諍いの種にならなければどこでも良いと思いますの。さっそく手紙をいくつも書きますわね」
元から恋愛感情があったわけではなかったせいだろうか。グレーティア王女はさっぱりと次の策に手をつけようとしていた。
そこは良かったと思ったら、ラフィオンが言う。
『あの後のことはだいたいわかっただろう?』
『うん。レイセルドは捕まったけど、振り出しに戻っちゃったね』
そこが少し惜しいところだ。
『でも、サリエル王子達がラフィオンに無理強いしなくて良かった』
私の言葉を聞いたラフィオンが、少し照れたようにうつむいたその時だった。
扉が叩かれた。
やがて小さく開かれて、外に控えていた侍従が来訪者の名前を告げる。
「コンラート殿が? 抗議に来たかな……」
サリエル王子は立ち上がりながらも、不可解そうな表情をしていた。
ラフィオンも椅子から立ち上がり、その場をゆずるように窓際近くに立つ。
グレーティア王女も立ち上がりながら、やや警戒するように表情をひきしめて、彼が入ってくるのを待った。
そうして入室してきたコンラート王子は……何故か両頬が真っ赤に腫れていた。
『え、何……?』
どうして王子が頬を叩かれまくったような状態になっているの?
『……そもそも奇矯なことしかしない奴だからな』
ラフィオンがぽつりと伝えて来た言葉に、私は妙に納得した。確かに変なことしかしない人だったわ!
そうして三人が微妙な面持ちで迎える中、コンラート王子はなぜかまっすぐにグレーティア王女の前へやってきた。
やっぱり抗議するのかしら?
「サリエル殿、少し妹君と話をさせていただいていいだろうか」
それでも先に、サリエル王子にお伺いを立てるのだから、理性はちゃんとあるんだと思う……。まさか、理性を保つために腫れるほど自分で頬を叩いた、なんてことはないわよね?
そわそわしながら見ていると、突然コンラート王子がその場に膝をついた。
がくんと力を抜くような勢いだったので、グレーティア王女も慌てる。
「大丈夫ですか!?」
「どうぞ、気になさらずに」
一方のコンラート王子は、しごく冷静にそう言った。
「ただあなたを前にして、ひれ伏したくなったのです」
『ひれふ……?』
今、何か変な単語が聞こえたわ。幻聴?
首をかしげている間に、コンラート王子は話を続ける。
「まずは先に、先日の私の暴言について謝罪をしたいと思います。アルテ王国の社会構造や成り立ちのことなどに配慮が欠けておりました」
胸に手を当てやや頭を下げるコンラート王子に、グレーティア王女がうろたえたように一歩下がる。
「え、あの、その……」
困ったようにサリエル王子を振り返り、これまた目を丸くしながらもうなずくサリエル王子の様子を見て、グレーティア王女は返事をした。
「謝罪していただければ、それで私も良いのです。殿下は薬の影響で少し……そう、おかしくなっていただけですし、私もとっさに手を出したことをあやま……」
そこでコンラート王子が顔を上げ、すっと手を伸ばしてグレーティア王女の言葉を止めた。
「いえ、それについてグレーティア様が謝罪なさる必要はありません」
コンラート王子は立ち上がる。
「あの平手打ちを受けた時、薬でもうろうとしていた私の目が、覚めたのです。直前に、恋い焦がれたゴーレムが完全に他人の所有物だということを見せつけられても、なおあきらめきれなかった気持ちが拭い去られたようでした。幼い頃に叱られた時のことを思い出して、はっとなったのです」
その場にいた全員が、この人は正気か? という表情でコンラート王子に注目していた。ラフィオンでさえ。
ゴーレムに執着している時でさえ、抜け目なく取引を持ち掛けて来たコンラート王子が、本人が言うように、子供のように素直になっているのだもの。
「その気持ちが、薬による錯覚かと思いました。そのため、王宮に戻ってから再び薬の影響が出て、靄がかかったような気分になった時に、何度も私の従者やついて来た貴族達、そして王宮の召使いにまで頬を叩かせたのですが、やはり同じような気持ちにならなかった」
でもこれ、前にも似たようなことを聞いたことがあるのだけど。
覚えのある状況に緊張して見守る中、コンラート王子は続けた。
「でも、ゴーレムに抱いた思慕とは違うのです。ただそう、叱り導いて欲しいような気持ち。これに偽りがないと考えた私は、ぜひあなたに頼みがあってここへ来たのです」
「ええと、頼みというのは?」
『まさか』
私が思ったのと同じようなことを考えたのだと思う。ラフィオンが「え?」と言いそうな表情をしていたし、サリエル王子は口をぽかーんと開けてしまっている。
そんな中でコンラート王子は深く深呼吸し、目を伏せてグレーティア王女に願った。
「どうぞルーリスに……私の妻として嫁いで、生涯私を教え導いてくださいませんか?」




