誘拐事件の結末について
一瞬、呼び出しに応えるのが怖かった。
「どんな顔して会えばいいの!?」
だってやっぱり恥ずかしい。そしてラフィオンが最適な方法としてあのキスを選んだとしただけだとしましょう。
そうすると意識してこんなに恥ずかしがっている姿を見たら、ラフィオンに変だと思われるわ!
迷っていると、エリューがささやいてきた。
「早く応じないのかい?」
「でもエリュー……」
「応じなければ、次いつ呼ばれるかもわからない。もうお前が応じなくなったと思って、呼ばなくなるかもしれないよ?」
やや笑いを含んだ声で言うエリューに、私ははっとなった。
もしかして、ラフィオンに私がいじけたり、あの魔力の受け渡しで彼のことを嫌いになったと勘違いされてしまう?
それに、精霊の庭と現世では時間の流れが違う。私の気持ちが落ち着くまで待っていたら、一年とか経ってしまっているのではない?
あとコンラート王子や、捕まえたレイセルド達がどうなったのかも知りたい。
「わ、わかったわ、ありがとうエリュー」
恥ずかしさに悩んでいる場合じゃない。状況的に仕方ないもの、と思って私はラフィオンの呼びかけに応じた。
一瞬の暗転、そして再び仄明るい場所が目に映る。
そこは何度か見た、サリエル王子の部屋だった。
サリエル王子はげっそりとした表情でソファに座り、隣にはびしっと気合いが十分入ったグレーティア王女がいる。
向かい側に座っているのが、ラフィオンだ。
『マーヤ、来てくれて良かった』
ちょっとほっとしたようなラフィオンの様子に、私はばたばた暴れたくなる。
え、やっぱりちょっと応えるの遅かった? だから私が何か意識しすぎたかって思っちゃった?
『あの、うん、呼ばれたから……』
言葉を濁そうとしたあげく、答えになってない返答をしたことにまた慌てたけれど、ラフィオンは気にしないでいてくれたようだ。呼んだ理由を説明してくれた。
『今日はあれから二日経ってる。今から聞けば、あの事件をどう処理したのか、どう処理するのかわかるだろう』
ラフィオンが私に心で話しかけて来る間に、サリエル王子が面倒そうに言った。
「もー、本当に君がそんなにも怒るなんて思わなかったよラフィー。結構がっつりと拷問的なことになってて、最初は焦ったね。やっぱり僕も監獄塔に行って良かった……」
「左様ですか? あのまま放置しておけばいいと思ったのですが」
しれっと答えたラフィオンに、サリエル王子はぐずぐずと背もたれに寄りかかって、天井を見上げた。
「レイセルドには、最初から魔法封じの銀を身につけさせるつもりではいたんだよ。逃げ出すのを防止させるためにもね。でも君、少量とはいえ銀を粉末にして飲ませるとかさぁ……」
「うちのゴーレムはあの粉をかけられたわけですから。同じ目にあわせねばと思いまして」
「一歩間違えたら、証言を引き出す前に再起不能になるってば!」
サリエル王子が、めずらしく大声を上げる。
「量は調節しましたが、殿下」
「うわああああ。本当に頭の中身がどうかしてるよラフィー」
とうとうサリエル王子は顔を覆って、泣きまねを始めた。
……今の話を総合するに、レイセルドは監獄に囚われて魔法を封じられたらしい。その上でラフィオンによって、毒を飲ませるも同然のことをされたみたい。
ただラフィオン的には、私にしたことをお返しただけのつもりみたいだ。ということは、私が動けなくなって捕まったのは、魔法封じの銀とやらいう物質のせいなのね……。
一方のグレーティア王女は、かなり楽観的だった。
「そこまで嘆くことではありませんわ、お兄様。ラフィオンが自ら召喚した精霊を大切にするのは当然のことです。それが少し行き過ぎただけですわ。許容範囲です。どちらにせよ、王族を害そうとした者ですから」
グレーティア王女までそう言いきるので、サリエル王子はこれに関して、妹でさえ仲間になってくれないと悟ったようだ。諦めたようにため息をついて座り直す。
「もう諦めた……。死ななかったし、尋問はある程度したからいいことにするよ。しかしバイロン公爵を追い詰めることには、利用できなかったけどね」
「トカゲのしっぽ切りでしょう。あちらも慎重に、レイセルドの側に証拠は与えなかった。援助を受けるためにレイセルド側は、バカみたいにその意向を受け入れてたのですから。ただ彼の腰ぎんちゃくをしていただけでは、こちらも公爵の関与を決定づけられない」
「手下を、他国の王族に害を与えたということで拘束できただけ、になりましたわね……」
これについてはグレーティア王女もため息をついた。
レイセルドが何かの約束を書いた書状や手紙を持っていたら、そのままバイロン公爵も捕えることができたみたい。
確かに残念よね。一網打尽にしたかったもの。
そこでサリエル王子が、言いにくそうにグレーティア王女に尋ねた。
「そういえばグレーティア。君……コンラート王子を張り飛ばしたと聞いたんだけど……」
え!? どういうこと?
「張り飛ばしたのではありませんわ、お兄様。平手打ちです。飛んでおりません」
サリエル王子が右手で額を押さえた。
「そこは問題ではないよ……。どうするんだ? ルーリスに嫁ぐと言っていたのが、これで不可能になっただろう?」
そうだ。コンラート王子に平手打ちをしたということは、グレーティア王女もそう決断したのではないだろうか。でなければ、聡明な彼女がコンラート王子に危害を加えるわけがない。
案の定、グレーティア王女はうなずいた。
「もちろん、平手打ちにした後でルーリスの協力など要らないと申し上げましたわ」
なんとも潔い返答に、サリエル王子はまたしてもため息をついた。




