ラフィオン~彼なりの主張で
そっと口づける。
冷たい石の上からだ、ということがわかっていても、ラフィオンの心臓は大きく脈うつほどに緊張していた。
彼女にも、この意味は曲がらずに伝わっただろう。
自分がゴーレムの表面に口づけただけではないこと……好きだという気持ちが。
ラフィオンは、マーヤへの好意を隠していたわけではない。
最初は、自分を助けてくれる神の使いだった。その姿を山の中で垣間見てから、人に対する思慕に変わったのは感じていた。
女性への恋愛感情になったのは、マーヤが人の姿をして現れた日。酔っぱらったように上機嫌な彼女と踊り、その手に触れてからは急速に彼女への気持ちが恋に傾いた。
だけど、ラフィオンが押しても彼女が困った様子だったのを見て、察した。
マーヤにとっての自分は「幼かった時に出会った子供だ」という認識のままであることに。
それはもう少しラフィオンが成長しても、なかなか変わらない。彼女は今でもラフィオンを小さな子供扱いしようとする。
その考えを改めてもらわなければと思って、実行した。これからしようとすることを、認めてもらうためにも。
あと、あの余計なことをした王子に見せつけるために。
魔力を与え過ぎたのだろうか、ゴーレムがくずれて土の山に戻った後に、数秒だけマーヤの姿が薄らと浮かび上がった。
以前見たままの、長く柔らかそうな髪、細い手。とても幼い自分を背負って、魔物と戦えるとは思えない優し気な面立ち。
一瞬の幻に見とれていると、すぐに彼女の姿は消えてしまう。
立ち上がって振り返れば、地面に一度降ろされていたコンラート王子が、ぼんやりとしながらもこちらを凝視していた。
「ゴーレムに、ゴーレムに……」
つぶやく言葉から、しっかりとラフィオンがした事を見て記憶したとわかる。見えるようにしたのに視界に入っていなかったら興ざめなので、ほっとした。
嫌がらせがきちんと効果を発揮しないと、
そもそも、マーヤが嫌がっていた相手だ。
最初こそ夢物語のように思えていた、マーヤの人生の話。
手紙を送っても、ラフィオンにとってはまだ夢幻に近かった。たとえ届かなかったとしても、海を渡った手紙がきちんと戻って来ることは少ないから。
でもこの王子の性癖がさらけ出された瞬間に、彼女の話が全て真実なのだとわかった。
マーヤの言うことが真実なら、この王子は生きていたマーヤに触れ、彼女を殺す原因を作ったのだ。
そのなにもかもに腹が立つ。
ラフィオンは時折彼女の姿を見て触れることができても、一年に一度あるかないかだ。羨ましくてたまらない。
――同時に、ラフィオンの元へマーヤが来るきっかけを作った人物でもある。
だから完全にコンラート王子を憎んではいなかった。彼が余計なことをしなかったら、マーヤはラフィオンと出会うことはなかったから。
けれど今は違う。
マーヤを消滅させようとした男には、きっちりと思い知らせる。
「言っておくが、あれは俺のものだ。この世界へ呼ぶのも帰すのも、俺だけに許されたことだ。そして彼女を殺そうとしたお前には、もう決して会わせない」
コンラート王子に言い渡す。
ぼんやりとしながらも、王子は自分が執着していたゴーレムが手に入らないことは理解できたのだろう。もしかすると、少し薬の効力が切れてきたのかもしれない。
「そんな……ようやく出会えた、運命の相手……」
コンラート王子は衝撃を受けた表情になって、ラフィオンを睨み上げる。
「あ、あのゴーレムを召喚してくれないなら、君の主の要望は受け入れないぞ。君の主の権力が弱いことは知っているんだ。だから援助が欲しいのに、会うだけのことも拒否するのならこちらだって……」
薬の影響があるからこそ、心の中の欲望がむき出しになっているのかもしれない。今まで王子が決して言わなかった脅しを口にしたことに、ラフィオンはかっとなった。
サリエル王子やグレーティア王女にとって不利になるというのなら、ラフィオンはこの国を出るだけだ。未練はない。
そう思ったのだけど。
コンラート王子の前に、グレーティア王女が立った。また庇うのかと思ったラフィオンだったが、
勢い良くグレーティア王女が、王子の頬を平手打ちした。
ラフィオンは目を丸くして、思わず凝視してしまう。
コンラート王子はもっと驚いたようだ。平手の勢いで、ぼんやりしていた彼はその場に尻もちをついたけれど、頬を手で押さえながらぼんやりとグレーティア王女を見上げている。
「もうルーリス王国の援助などいりません。我が国が最も重要視しているのは魔法。その力無くば、魔物が多いこの地域では国を維持することができなかったからです。なのに殿下は人に力を貸してくれた精霊を殺しかけた。魔法使いが拒絶するのなら、我が国はその魔法使いの方を支持します。さ、殿下を王宮に連れ戻して」
震える声で言いきったグレーティア王女は、控えていた侍従に命じた。
コンラート王子は再び侍従達に担がれ、その場から連れていかれる。その間も、王子はグレーティア王女を何度となく振り返った。
「グレーティア王女……」
つぶやくラフィオンを振り返ったグレーティア王女は、清々しい笑みを見せた。
「もう、あなたに召喚を強いることはありませんわ。主としての私やお兄様は、魔法使いの権利を守らなければならないのだから、気にしなくていいわ。さぁ帰りましょう」
そうして王女も歩み出し、その時遅れてやって来た兵士達に指示してレイセルドを拘束させる。
この時ラフィオンは、彼らが主で良かった、と久しぶりに感じたのだった。




