ラフィオンによる回復法
『マーヤ』
私の側に膝をついたラフィオンが、ゴーレムの頬に手を添える。
その仕草がなんだか優しくてほっとした。
でもラフィオンはそれで、私の中の魔力量を測っていたみたい。
「随分少ない……」
「閉じ込められただけじゃなくて、枷の魔法を使っていたみたい。むしろ枷の魔法で魔力を削って動けなくしていたようよ」
グレーティア王女からそれを聞いたとたん、ラフィオンの目がつり上がる。ひぃっ、怖い!
「原因を作ったのは、この王子ですか……」
いつもよりも低い声で言ったラフィオンは、ゆっくりと黒服の侍従さんに担がれていたコンラート王子の方を振り向く。
侍従さんもラフィオンの形相に、一歩足を引いた。
「ええと、ディース伯爵。国際問題になりますので、なにとぞ穏便に……」
立ち上がったラフィオンは、コンラート王子の方へ向かいながら微笑む。
「大丈夫だ。……王宮に行けば癒し手がいる。とりあえず王子を立たせてくれ」
ラフィオン、それって完全に危害を加える気満々よね?
『ラフィオン乱暴はしないで』
『こればかりは君の言うことは聞けないよ、マーヤ』
『だって、ラフィオンに何かあったら』
私を誘拐したことを怒っているんだと思う。それは嬉しい。けどコンラート王子に怒りをぶつけてしまったら、例え怪我を治せてもラフィオンが何か罰を受けることにならない? それが怖いの。
『大丈夫だマーヤ。どうにでもなる』
ラフィオンは聞く耳を持ってくれない。着々とコンラート王子に近づいていく。
「ラフィオンお待ちなさい」
それよりも先に、コンラート王子の前に立ったのはグレーティア王女だ。
「今やっても、この王子は薬の影響で状況がよくわかっていませんよ。それよりも、早くゴーレムの中にいる精霊を解放してやりなさい。死んでしまいますよ!」
ラフィオンは足を止めた。
「解放……ですか」
少し考えた後、ラフィオンは私の元に戻って再び膝をついた。
「君よりもあの男を優先してしまって済まないね。でもこれでわかったこともあるし、覚悟が決まった」
『え、何? どうしたのラフィオン? 覚悟って、何をするつもりなの?』
不安になる私に、ラフィオンは微笑む。
『生きているマーヤが、あの王子に関わって死なない方法を実行する』
『ど……どうやって?』
『君は何も心配する必要はない。とりあえず休むんだマーヤ。精霊の庭へ帰るといい』
そう言いながら、ラフィオンがゴーレムを覗き込むように顔を近づけてくる。
いや、そのまま近づきすぎて……。
『!?』
どう考えても、今、ラフィオンがゴーレムの顔に口づけた!?
え、ええええ? 夢? ゴーレムだと感覚がちょっと薄くて、よくわからない。
でも接触したのは間違いなくて、ふっと私の中に魔力が吹き込まれるような感覚が起きたから間違いない。たぶん、この間ラフィオンが私に魔力を分け与えるのと同じことをしたんだろうけれど……。
戸惑ううちに、ラフィオンが離れる。
そして私の意識も暗転し……。茜色の空が広がる、静かな世界へ戻っていた。
「ええっと……」
夕暮れ時の精霊の庭に座り込み、私はぼんやりと考えてしまう。
ラフィオンの行動の意味がわからなくて。
「魔法の法則か何かで、意味があることだったのかな?」
前は、魔力過多を直すために手首を齧られたんだった。だとすると、口が接触することが必要なのかもしれない。
「けど、顔……」
手首じゃだめだったのだろうか。もしかしてゴーレムの中に入っていたから?
「そうよね。前は私が実体化していたけど、今回はごれーむだったんだもの。全身は動かせるけど、精霊としての私が入っているのが頭の部分だったのかも」
それならラフィオンが、顔に口づけたのもわかる。
でも、ふと気を抜いた瞬間に、近づくラフィオンの顔を思い出す。
ラフィオン、直前で目を閉じてたの。金の睫が綺麗で、一瞬眠っているときのようなその顔に見とれそうになって……。
「ひゃああああっ!」
恥ずかしくなって、すぐそばの地面をダンダンと叩いてしまう。
周囲にいた精霊が、びっくりしたように散って行く。
「あ、ごめんねみんな……」
謝ると、精霊の卵達は『いーよー』と返してくれる。
ほっとしたものの、今度はどうしてこんなに恥ずかしくなるのかと、自問自答してしまう。
だって眠った時の顔なんて、そんなに恥ずかしがるものかしら? 一時はサリエル王子のお昼寝の番兵をしていたけれど、ふーんとしか思わなかったわ。
「やっぱり、ラフィオンがあんなことするから……」
まるで口づけをするみたいに、目を閉じたから恥ずかしくなったんだと思い至って、私は呻く。
「あれはキス……されたと、考えていいのかしら。いえいえ、魔力が足りなかったせいよ……」
治療のためなんだから。ラフィオンも仕方なかったのよ。
「それにほら、口じゃない……んだし」
ゴーレムに口みたいな模様はあった気がする。王宮の回廊にある鏡で、三角形の口があったのは見かけた。
ラフィオンが口づけたのはそこじゃなかったけど、そこじゃなかったけど。
「うわああああああ」
顔を覆ってじたばたしてしまう。
人間としては約16年間。男性とそんなことをしたことはない。
父親もあまり私や妹に愛情を持っていなかったから、家族同士のキスすら妹としかしなかったのに。
「恥ずかしい」
その一言に尽きる。
「でも、ラフィオン以外にされるよりは……いいし。小さい頃から見守って来たのだもの。家族みたいなものだし」
自分に言い訳をしていることに、なんだかおかしいと思う。でもどうしてかわからない。
そして精霊の庭に夜の帳が降りる頃に……再びラフィオンに呼ばれた。




