レイセルドへの報復
どーんどーんと、火竜は楽し気に壁を尻尾で叩いている。
きゃっきゃっと笑い声が聞こえるので、アスタールも隠れてついてきているみたい。
そんな精霊の笑い声を背後に、ラフィオンは冷たい笑みを浮かべている。
顔の造形が素晴らしく良いラフィオンがそんな表情をしていると、とても怖い。
数秒してようやく気を取り直したレイセルドは、そんなラフィオンに抗議した。
「か、勝手に人の家を破壊して、何を考えている!」
「勝手に人の召喚物を攫っておいて、何を言うかと思えば……」
くくく、とラフィオンが笑う。
「嫌なら火竜を力づくで止めては? もちろん外面こそが全てのあなたに、王国が意匠とし、召喚できることが特別視される火竜を、殺せるというのなら……だが」
レイセルドが、言葉に詰まったように押し黙る。
王族に火の魔法の強さを要求するような国だもの。火竜を信奉している人も多いんでしょう。
そんな火竜を殺せば、レイセルドは強さの証明はできるかもしれないけれど、アルテ王国の人々からは白い目で見られかねない。
しばらく反論を考えた後、レイセルドはラフィオンに吠えた。
「私の背後には、バイロン公爵がいるんだぞ!」
その言葉に、グレーティア王女が「あら」と言ってしまう。
「自分から繋がりを口にするなんて……。そもそも周知のことでしょうに」
私もうなずいた。まさにそう思いましたよ、グレーティア王女。
「でもセネリス男爵が後ろ盾の名前を出さなければならないほど、ラフィオンのことを怖がっているってことなのでしょうね」
怖がる……ということは、レイセルドはラフィオンよりも強くないということ? だから最初から腰が引けた様子だったのかしら。
ラフィオンの方は、全く動じる様子もない。
「問題はない。ここは俺の生家でもある。少し家に立ち寄って、そこで兄弟げんかをしただけだ。兄弟げんかにまで口を突っ込むような、野暮な貴族が出て来たらお笑いだな」
淡々とレイセルドに答えている。
「そもそも俺とあなたは仲が良くない。それは皆が知っていることだ。召喚魔法の家系だったせいで、やり過ぎた状態になったと言えば、誰が反論できる? 魔法が使える貴族ならば、とっさに魔法でカタをつけてもおかしくないだろう?」
ラフィオンは、そこでもう一度笑ってみせた。
「いや、そんな誤魔化しすらも必要ないか。証言者を作り、その上でお前を消せばいい。証拠は残さなければいいんだ」
ラフィオンが更にケティルも呼び出す。
ふわりと現れたケティルは「あー」とあくびをしているのに、レイセルドは恐ろしさを感じたのかもしれない。一歩引きながらも悔し気に表情をゆがめた。
「な……っ、なぜ。なぜお前ばかり、そんなものを召喚できる! 王家の禁書でも読んだのか? そうだろう、そのために王子に取り入ったのだな!」
叫ぶレイセルドに、ラフィオンは微笑んだままだ。
「違うと言っても聞く気がない人間に、説明する必要はない。……やれ」
ライフィオンの指示に、最初に動いたのは火竜だ。
ぐわっと開いた口から、火球をいくつも吐き出す。
「ひゃっ、うわああああっ!」
悲鳴を上げてレイセルドは避けた。
けれど次々に火球が襲いかかる。
レイセルドは対抗して召喚をしたみたいだけれど、水の塊みたいなぷよぷよしたもので、炎に当たって蒸発してしまう。
「ふん……召喚図を描かなければ、先日のようなものを召喚できないのか」
逃げ惑うレイセルドを眺めているラフィオンは、さながら悪役の首魁みたいだ。
やがて火球の爆発で地面に倒れたレイセルドに、ケティルが近づいて黒い靄の中に取り込もうとする。
「ひ……!」
レイセルドはもう悲鳴もあげられないようだった。
「このまま冥界の使者の手にかかれば、死体は残らない。もう二度と会わずにすむな。さらばだ」
ラフィオンの言葉が合図だったかのように、ケティルの靄がレイセルドの全身を覆っていこうとする。
逃げることもできないらしいレイセルドは、恐怖のあまり気を失ったのかしら。がくりと喉をそらすように仰向いて倒れ、白目をむいている。
そこでグレーティア王女が止めた。
「ラフィオンそこまでよ。ここまで派手に破壊して火竜の姿を見せているのに、止めをさしたらあなたがやったのは明白でしょう。そんな目立つ殺し方をしては、大目に見られなくなるわ」
え、グレーティア王女、止める理由はそこなの!?
今言ってることって、なんだかラフィオンが殺したとわからなければいいって、言っているように聞こえるのだけど……。
「それにあなたの大事なゴーレムは、ほら無事よ。先にこちらの対処をしてあげて。とても弱っているわ」
「……仕方ないですね」
ラフィオンはケティルを下がらせた。靄が無くなったので、グレーティア王女と一緒にいた騎士が、急いでレイセルドを捕縛していた。
帰るよう促された火竜も空へ飛び立つ。
そしてラフィオンは、地面に降ろされた私に近づいてきた。




