一番の壁はやっぱり
「助けて、このままじゃ殺される?」
私が書いた文字を読み上げたコンラート王子は、ゴーレムの指先と頭を交互に何度も見た。
「お前、人間の言葉が理解できるのか?」
尋ねられた私は、続きをかくのをちょっとためらった。だって話が通じるとわかったら、ますますコンラート王子が執着するかもしれない。
とはいえ脱出方法はこれしか思いつけない。だから曖昧にする。
《少しだけ……。魔法使いの言葉は、ほとんどわかる》
コンラート王子の言葉は、断片的にしかわからないよと前置きした。
《あの魔法使い、私を殺すと言っていた。このまま召喚主と引き離され続けると、消滅する》
「消滅するわけがない。ぎりぎりの状態になるが、一日だけなら大丈夫だと、セネリス男爵は言っていたぞ」
《消滅する。魔法使いは、うそをついてる》
「うそ?」
《私が名前を教えなかったら、そのまま消滅させて別な精霊を呼ぶだけ。でも魔法使いじゃない人には、何をしてもわからない》
私の文字を読み上げたコンラート王子は、思案顔になる。
「確かにそうだ……。僕には精霊が死んでも目に見えない。いやしかし、精霊が君かどうか僕にはわかるんだ。セネリス男爵もそれは知っている……」
ああそうか、と私はコンラート王子がレイセルドに加担した理由がわかった。
ラフィオンにずっと引き離していると消滅すると聞かされたはずだけれど、レイセルドに一日なら大丈夫とか、魔法使いならなんとかできると言われたんだろう。
私もそうだったけれど、ルーリス王国の人間は、魔法使いについてあまり知識がない。精霊のことなんてもっとわからないだろう。
実際に魔法が使えないコンラート王子が、信じてしまってもおかしくはない。
しかもコンラート王子は、私を見分けられる自信がある。それをレイセルドに伝えているからこそ、相手が嘘をつかないだろうと油断して、信じてしまった。
レイセルドの方もだ。
ラフィオンのように中身のゴーレムが私かどうかは、レイセルドにはわからない。だからコンラート王子の言っていることを、ただの妄想だと思い込んでいる可能性がある。
なら、このままコンラート王子が信じれば……!
《私のこと、見分けつく? それなら信じて。殺される》
『アルバ、見分けがつくほど私のことを覚えているなら、私を逃がして』
文字と、名前を呼ぶことで強く訴えてみる。コンラート王子は悩んでいるように表情をゆがめた。
「君が訴えているのはわかる……。しかし僕には、君の言うことが本当だという自信もないし」
そこで悩んでいるのならと思った私は、思いきって書いた。
《助けて。私にできることなら願いを叶える》
「な、何でもか!?」
コンラート王子の念押しが怖い。
《私にできることなら》
「よし!」
コンラート王子は決断した。さっさと図形の側に近寄って来た。
よし、これならコンラート王子に図形を消してもらえる! そう思ったのに。
ふいに扉が開いた。
さっと吹き込む風と一緒に、レイセルドが入ってくる。ふわんと甘い香りがした。レイセルドが持っている燭台のせい? 香料でも入れているのかしら。
「やはり様子を見に来て正解でしたね。殿下、その図に触れてはいけないと申し上げたのですが?」
「しかし、なんだかゴーレムが弱って来たみたいだったんだが……」
「それは精霊があなたを騙そうとしているのですよ。まだそんなに弱る頃合いではありません。捕まえたばかりですからね」
「……そう、なのか?」
コンラート王子はあっさりとレイセルドの言葉を信じてしまう。
え、さっきまで私の言葉通りにしてくれそうだったのに、レイセルドの方が信用できると思ってしまうの?
敗北感にぎりぎりと歯を食いしばりたかった私だけれど、ふと変なことに気づいた。
コンラート王子、レイセルドのことを信じすぎではないかしら?
そこで私は、レイセルドが持っている燭台が気になった。
次にコンラート王子の方を見れば、だんだんぼやんとした表情になっていく。
『……アルバ?』
問いかけても、目を動かすだけでコンラート王子の反応が鈍くなってきている。
まさかレイセルドが持っている燭台の蝋燭って、何か麻薬みたいなものを使っているの? それを繰り返したからコンラート王子がレイセルドのことを、こんなに信じるようになってしまった?
『それなら、急に私の誘拐に手を貸すことにしたのも納得できるわ』
コンラート王子は、今までラフィオンに言われる通りにしていた。
会議の時だってむやみに触ってこないし。中身が私じゃない気がしながらも、グレーティア王女との散策にもちゃんと同行していた。
『それに無理やりどうにかしたいなら、ラフィオン達にもっと色々会議で要求したらいいのよね?』
全面的にルーリスがサリエル王子につくということなら、ラフィオンが一年くらいルーリスへ行くぐらいの約束を、取りつけることができたはず。
手はまだあるはずなのに、短絡的な行動をとったところから、そもそもおかしかったのよ。
そのコンラート王子は、今度はレイセルドの言葉に従って部屋を出て行ってしまおうとしていた。
『待ってアルバ!』
静止する声は届かない。あいかわらず起き上ったりはできないので、手でかりかりと床をかくぐらいしかできない。
諦めかけた瞬間、心に風が吹き込むような感覚があった。
何だろう。でも一瞬だったから錯覚かもしれない。
そう思った時、まだ閉じられていなかった扉の向こうから、爆発音が聞こえて来た。




