賭けに出ます
そこでふと思い出した。
『これがラフィオンの怒りを買う理由だったの?』
現時点で変えることができた私の人生の記憶だと、何かがあってグレーティア王女との結婚話が決裂したいみたいなの。
ゴーレムを召喚できる魔法使いが欲しかったと、その後になってもこぼしていたコンラート王子なのだから、交渉したいのなら、主でもあるサリエル王子が、ラフィオンに何か折衷案を出すよう頼まないわけがない。
例えばラフィオンがルーリスに渡らなくても、召喚魔法が使える人を探して、ルーリスに派遣することはできたと思うのよ。
それをお土産にしたら、グレーティア王女との結婚も渋々うなずいたはず。
ラフィオンがそれすらしなかったのだから……そんな話すらしなかったのでしょう。
彼がそこまで拒否するとしたら、私が消滅した場合ではないかしら。
私に懐いてくれているラフィオンは、私が消滅したらものすごく怒るだろうから。それどころか、私がいるから手を貸すと言ったカイヴは、もうラフィオンに応えることはない。もしかするとケティル達だって、協力するのを嫌がるかもしれない。
でもこれが正しい推測だとしたら、私が生きて帰れれば……運命が変わるのかしら?
何か方法はないかと思った私は、じっと自分を囲む床に描かれた図形を見る。
これを消さないようにと、レイセルドが言っていた。ということは、消せば私は外へ出られる?
でも、それを頼めそうな相手は、目の前で嬉しそうにしているコンラート王子だけ。
『困ったわ……。頼みごとをしようと思えばできるけど』
ラフィオンに名前を教えた時のように、床にゴーレムの指で文字を書いてみせたらいい。床だから痕がつかなくても、動きを追えば何の文字なのかはわかるはず。
でも、不安がある。
私が人の言葉を理解できる精霊だとバレてしまったら、ますますレイセルドの計画に傾いてしまうかもしれない。
『……性質だけなら、アルバに似た変態なだけなのに』
コンラート王子はどうしてこう、厄介事しか運んで来ないのだろう。本当に私と相性が最悪の人なのではないかしら。
ため息をつきたい気分でつぶやいたら。
「ん……?」
コンラート王子が、何かを探すように周囲を見回す。でも物音なんてしなかったのだけど?
彼の行動に私が気を引かれたのは一瞬だけ。すぐに私はアルバのことについて、続きを考える。
『そもそも木の精霊だもの。変なことをしていても、なんだか可愛かったのよね。ちっちゃい木が動き回っているだけだし。王子がアルバだったら良かったのに……』
「誰か、ここにいるのか?」
コンラート王子がそう言いながら、ソファから立ち上がった。
『え?』
私の声が聞こえちゃってるの? そう思った私は恐る恐る声をかけてみる。
『コンラート王子、聞こえます?』
「空耳か? 誰もいないのか?」
この様子だと、私の独り言を耳にしたというわけではないみたい。じゃあどうしてかしら?
でも二度もって偶然ではないわよね?
『独り言だけなら二度以上口にしているわ』
今も、こうしてぶつぶつ言っているのは、コンラート王子には聞こえていないみたい。
『さっきからの独り言の分だけに、反応したのよね。私、アルバのことを考えて……』
「む、やっぱり聞こえる……」
とたん、コンラート王子が反応した。ゴーレム以外に誰もいないことから、王子はじっと私の方を見つめてくる。
「まさか、お前が何かを伝えたがっているのか?」
『伝えたいわけじゃないんですが』
でも、アルバの名前に反応することは間違いなかった。
「僕には……もしかして精霊の声が聞こえる能力があるのか? いや、他の精霊を見たことはあるが、今まで声など聞こえた試しは無かった」
ぶつぶつと言い出したコンラート王子が、何かを思いついたようにぽんと手を打った。
「わかったぞ! このゴーレムの中にいる精霊だけなんだな、僕が精霊の意思を感じられるのは! なんと、君は私と運命で結ばれているんだね」
『……ううう、結ばれてないわ。結ばれていたくないぃぃぃ』
私の方は半泣きだ。
だけどコンラート王子が、確実に私と別な精霊を嗅ぎ分けたりする理由、そして雷混じりの突き飛ばしで急に覚醒したりした理由がわかった。
『この人、遠い過去に生まれ出たアルバの生まれ変わり?』
そう思えば、名前を呼ぶたびに反応する理由も説明がつく。他のことにもつじつまが合う。
だって人から精霊になれるのだもの。精霊が人に生まれ変わったっておかしくはないはず。
それに精霊はとても長い間生きていられるけれど、アルバは……自分から雷に当たりに行って、すぐ死んでしまいそう……。だったら十数年くらい昔に精霊として生まれても、すぐに生まれ変わって、コンラート王子になっていたっておかしくはない。
嫌な想像だけど!
コンラート王子はアルバほどかわいくないけれど!
あと私のことをあんなに気にしたのは、名づけのせい……? だとしたらまさか私、自業自得……。いやいや。あの時はそんなことわからなかったわ!
「おおお、やっぱり何か君の方から呼びかけられているような気がする! なんだ、僕に何か伝えたいことがあるなら言ってみろ」
『木の精霊じゃないってだけで、なんだか突き飛ばしたくなるわね……』
しかし今は、この王子に賭けてみるしかない。
決心した私は、彼に自分の願いを叶えてもらうべく、石の床に文字を書き始めた。




