ゴーレムなのに誘拐されました
身動き一つできない私は、何かにくるまれてさらに運ばれた。
途中で馬車みたいなものに乗せられたみたい。がたごと揺られる時間を過ごすことしばし、また浮遊の魔法で移動させられ、ようやく覆いがとられたと思ったら。
『何これ……』
石の床に、青い塗料で描かれた図形の中心に、私は転がされていた。
覆いを取り去った貴族の使用人らしい男性が図の中から出る。
それを視線で追うと、見知った人物が立っていた。ラフィオンと同じ金の髪。睨むような目つきの青年だ。
『レイセルド』
思わずつぶやいてしまう。相手には聞こえないけれど。
レイセルドは図形の手前に立って、聞き取れない言葉で何かを唱えた。精霊の私には、その言葉が《閉じ込めろ》という意味だということが伝わる。
焦った。
このまま閉じ込められてしまうの? どうして?
身動きもとれなくて、私がなすすべもないまま、図形が薄青い光を一瞬放って消える。
その後レイセルドは数人の使用人達と部屋を出て行ってしまった。
ここは、どこかの建物の中なんだろう。
石の床といい、天井も石を積んだものだ。広間くらいはある広いその部屋の隅には、樽の残骸らしきものがあるから……地下室?
たいてい貴族の家の地下室には、酒樽を保管している。それを片付けた跡なんじゃないかしら。
他に人はいない。
だからコンラート王子は、私と一緒には捕まらなかったのだと思う。
『でも、なんでゴーレムを捕まえるの?』
人を捕まえるならともかく。
疑問には思ったが、身動きできるようになってきたけど、やっぱり図形の上から向こうへは出られない。
『ラフィオン……気づいてくれるかしら』
たぶん、召喚したゴーレムが戻って来ないとは思っているはず。けれど中身が私じゃないなら……探さなかったり、する?
どちらにせよ出られないし、精霊の庭に戻ることもできない。そしてラフィオンに声を届けることもできないので、やれることがない。
仕方なく大人しく膝を立てて座っていたら、かなり時間が経ってから人がやってきた。
レイセルドと……もう一人。
「これで……ゴーレムを捕獲できたのか?」
レイセルドの少し後ろには、コンラート王子がいた。え、彼はもうレイセルドの仲間だったの?
コンラート王子の問いに、レイセルドが答えた。
「大丈夫です。一度こうして捕えて、朝まで待てばゴーレムの中にいる精霊がしにかけるでしょう。そうすれば中にいる精霊は、逃れるために私と契約することにうなずくはず。その後は間違いなく同じ精霊を召喚することができるようになります。いつでも王子がお望みの時に、呼んで差し上げましょう」
「本当に、できるのか……」
つぶやくコンラート王子は、わくわくとしているようだ。口の端がゆるんでる。
「いずれにせよ明日には結果が出ますよ、王子。それまではゆるりとこの館でお休み下さい」
「そうだな。でも、できれば私もここに居たいんだが」
コンラート王子は、捕まった状態のゴーレムでもいいから側に居たいらしい。えええ。
「では、椅子等を準備させましょう。ただここにいてもかまわないのですが、決して石に描いた図を消してはなりませんよ。ゴーレムの中の精霊が、この仕打ちに怒って暴れるかもしれませんので」
「う……わかった」
コンラート王子がうなずくと、出て行ったレイセルドの指示で、使用人たちが小さめのソファや卓、地下が寒いからなのか毛布などを運び込んでいる。
その間、私はどうしようと焦っていた。
レイセルドが言うには、私が死にかけぎりぎりになるまでここに縛りつけて、その上で『死にたくないなら名前を言え』と脅すつもりらしい。
そうしてコンラート王子のために、私を望むままに呼び出すつもりらしいけれど……。
え、だってこの名前って、精霊としての名前にもなってしまっているのよ? 精霊の庭から現世へ生まれ出た後は、ゴーレムとしては呼べなくなる。そこで諦めてくれればいいけれど、精霊そのものとしては召喚できてしまうはず。
もちろんレイセルドは、そんな生易しい人じゃないでしょう。
『じゃあ私、精霊としても死ぬしかない……?』
コンラート王子に近い場所にいるだけで、私って死にそうになってしまう運命なの? そんなの嫌!
だけど何ができるわけじゃない。
『レイセルドに利用され続けるぐらいなら、消滅した方が……』
たぶん私を利用することで、レイセルドや彼が与しているバイロン公爵は、コンラート王子を自分達の側につかせるつもりなんでしょう。そしてグレーティア王女とバイロン公爵は結婚して、王位を主張してサリエル王子を蹴落とすつもりなのよ。
でも……そうしたらラフィオンまで、また酷い目にあいかねない。
爵位をもらって、火竜を呼べるからと一目置かれる状態にはなっても、サリエル王子の後ろ盾がない状態ではいつ暗殺されるかわからないわ。
『でも死にたくない』
もう、既に一回死んでいるのよ? 死にたくなくて努力してきた。
それが難しいとわかっても、精霊にはなっても人だった頃の記憶を引き継いでいるから……人生の続きを生きていると思えばこそ、諦めがつきそうだったのに。完全消滅だなんて嫌。




