ちょっと入れ替わってみただけなのに
コンラート王子の動向が心配だわ……と思いながら精霊の庭に戻ると、珍しくエリューが私を呼んだ。
『マーヤ、マーヤ』
「どうしたのエリュー?」
『この子が旅立つ前に、マーヤに会いたいってさ』
呼ばれて近づくと、エリューの泉からざばっと浮かんできた木の精霊が、私に呼びかけた。
『マーヤ!』
精霊は甲高い子供のような声で私の名を呼び、葉がついていない枝をゆさゆさ振りながら寄って来た。水遊びなんてしていた彼はもしかして、この間の雷に寄って来た変わった木の精霊ではないかしら。
確かにもう立派に精霊らしい姿をしているのだから、すぐに現世へ生まれ出てもおかしくはないわ。
そんな木の精霊の要求は、おなじみのアレだった。
『マーヤ! 僕にも名前をつけてよ!』
「あら、つけてなかったかしら?」
『僕はまだだったんだ。そのころは、なんかいつもぼーっとしてて、何もする気がおきなくて……』
精霊の庭の端っこで、普通の木にくっついて日がな一日太陽を眺めていたのですって。
ある意味とても木らしい……? だから木の精霊になったのかしら? 私ももしかして、木にくっついたり水に沈んだりしたら……冥界属性よりそっちが強くなるのではないかしら。
今度試そうと思いつつ、彼の名前を考える。
「アルバというのはどうかしら?」
木という意味の古い言葉を、もじったものなのだけど。実はみんなの名前も、そうやってつけたのよね……。
『アルバ、アルバ!』
木の精霊は連呼したまま枝を振り出す。楽し気な声の調子からして、どうやら気に入ってくれたようなのだけれど。
『アルバー!』
叫び続けた彼の姿が、なぜか青い光につつまれて、ふっと消える。
「え!?」
私は驚いた。消えたのだから、現世に生まれ出たってことよね? でも今までの精霊は、変な色の光に包まれたりしなかったのに。どうして?
『これはめずらしいね……』
私達のやりとりをじっと見ていたエリューが、しみじみとつぶやいた。
『少し遠い過去へ行ったみたいだね』
「遠い過去?」
『うーん。現世へ生まれ出るというのに、興奮しすぎて魔力を発散していたせいかねぇ? たまにあるんだよこういうことが。遠い過去や未来に生まれる精霊は、青や赤に魔力を光らせていくんだ』
「そんなことが……」
さすが、時間の流れが現世と隔たっている精霊の庭。なんだか色々なことが起きるのね。
そんなことをしていたら、ふとラフィオンの呼ぶ声が聞こえて来た。
もうあちらでは次の日になったのね。私を召喚しない日だから、ラフィオンは私の名前を呼ばずに魔法を使おうとしている。
私ははっとして、周囲の精霊に聞こえるように言った。
「あ、あのごめん、私に応えさせて!」
なにせ私ではない日に、コンラート王子を担がせたりしているらしいの。でもやっぱり私じゃないと嗅ぎ分けてしまうのか、コンラート王子は少々物足りない顔をしているそうだし。
このままじゃ……。もしかしてバイロン公爵の仲間になった、レイセルドが召喚した精霊でもかまわないとか、そういうことを言い出したら困ると思ったの。
近くに接するのはちょっと気味が悪いけれど、ラフィオン達が不利になるのを見ていられない。
だから私は召喚されてみた。
しゃべらないように気をつけることにしながら。
ふっと周囲の景色が暗転し、また明るくなる。
もうゴーレムの中に入ったみたい。目の前にはラフィオンがいる。
「じゃあゴーレム、そこでしゃがめ。そしてこの人を背負って差し上げろ」
中身が私だと思わないラフィオンは、いつもと違うぞんざいな指示を出す。
私が別精霊のふりをして、その場にしゃがむと、わくわくしながらラフィオンの隣で待っていたコンラート王子が、背中に貼りついて来る。
もっとぞわっとしたりするかと覚悟していたのだけど、顔が見えない分だけいいかもしれない。それほど嫌な感じはしないわ。
「さあゴーレム君、私を乗せて歩いてくれ!」
「ゴーレム、歩け。その目の前の女性について行け」
先導するように歩き出したのは、グレーティア王女だ。
そういえば、ゴーレムとの触れ合いの場には必ず王女が付き添うことになっていたわね。
王女を見ながら、背中に荷物を背負って歩くだけだと思えば、さらに気分は軽くなる。
私はてくてくとグレーティア王女を追いこさない速度で、歩き始めた。
思えば、前に背負ったのはラフィオンだけだったわね。小さくて、重さもあまり感じなくて……まぁ、ゴーレムになってる間の私は、コンラート王子の重さだってあんまり感じないのだけど。
そうして花を咲かせた木が多い庭をしばらく歩く。
コンラート王子もグレーティア王女に無礼なことをしてはいけないと思ったのだろう、思った以上に話しかけていた。
「それにしても王女は、この散歩に付き添っても楽しくはないのでは? 僕はこうして背負われているだけで幸せなのですが……」
ただ、グレーティア王女を帰らせて一人で堪能したいのか、こんなことを言い出したりもする。その度にグレーティア王女は首を横に振る。
「いいえ。せっかくのコンラート様とお話できる機会ですもの。私は退屈などしておりませんわ。それよりもっとお国の話を聞かせてくださいませ。お母様……ルーリスの王妃様は、国内貴族のご令嬢だったのですよね?」
グレーティア王女はぐいぐいと押すための材料を引き出そうと、がんばっているようだ。王妃様のことを話題にするのだから、コンラート王子もルーリスへ嫁ぐ気持ちがあることを、察してもいいものだけど……。
「ええ、母は伯爵家の出身で。あ、グレーティア殿。あの花はなんという花なのでしょう? 近くで見てみたいものですが……。降りたらもう、ディース伯爵が遠くにいるので乗せてくれないような気がするので」
コンラート王子が指さしたのは、花壇に咲いていた白い花だった。
グレーティア王女は笑って応じる。
「今手折ってまいりますわ。お待ちになって下さいませ」
そうしてグレーティア王女が足早に少し離れた花壇へ向かい、私が普通の精霊らしく追いかけようかと迷った時だった。
ふいに砂が降りかかる。
ゴーレムは人じゃないから、目が砂に入って痛いわけじゃないけれど、一体何事!? と思った次の瞬間には、振り返ることもできなくなっていた。
身動きできない体に付着した砂や、庭の散策路に落ちた砂が金の光を放っている。
驚いていると、今度は網が掛けられた。
倒されたけれど、浮遊の魔法でもかけられたように地面にぶつかることはなく、そのまま網入りの私はすごい勢いで引っ張られて行く。
え、どういうこと!? 私、捕まったの!?
『だ、誰か!』
助けを呼びたくても、私は声が出せない。
そして視界にちらっと入ったグレーティア王女もまた、複数の人間に囲まれ、何かの魔法をかけられたようにその場に倒れた。
その後は、大きな布に覆われたせいで外の様子が見えなくなってしまった。




