会議の後の遭遇
会議が終わると、ゴーレムは土に戻す必要がある。
四六時中王宮をゴーレムが歩き回っていたら、魔法に慣れている国とはいえ、さすがに物騒だからだ。
そこにもコンラート王子はついてきた。
「毎日、交渉の会議の度にゴーレムちゃんに会えてうれしいな」
『ゴーレム……ちゃん!?』
その呼称に、マーヤは背筋がぞわっとする。
え、ちょっと前まで君付けじゃなかったかしら。男により近いものとして認識くれていた方が怖くないのに、どうして急にちゃん付け?
いえちょっと待って。君付けしていたゴーレムを国に連れ帰ってずっと一緒にいたいと言う方がおかしい?
頭が混乱している中、自分も気持ちがざわついたのだろう、ラフィオンが王子に言った。
「あの……ゴーレムちゃん、ですか?」
「ほら、ディース伯爵がいなければどこへも行けないんだろう? こんなに大きい体はしているけれど、手を引いて歩かなくちゃいけないのなら、子供みたいなものだと思えばいいのかなって」
『あ、子供扱い……』
ほっとした私だったけれど、心の声が漏れていたみたい。聞こえたラフィオンに注意された。
『油断するなマーヤ。子供を政治的取り引きの餌にして、できれば外国へ連れて行こうとしているんだぞこいつは。事案だ』
『ひっ……』
ラフィオンのたとえが怖すぎて、思わず肩が震えそうになる。
だめだめ子供で考えちゃいけないわ。連れて行こうとしているのはゴーレムよ。
一方のコンラート王子は何も気にせず歩いて行く。
途中、王宮の回廊にはそれなりに行き交う人がいる。先頭を歩くサリエル王子の姿に、貴族達も使用人もみんな脇へ避けていく。
そうしてこそこそとささやき合っていた。たぶん、詳細まではラフィオン達には聞こえないのではないかしら。
「ほら、ゴーレムを要求したというルーリスの王子ですわ」
「黒髪の……お姿が良い方のように見えますけれど」
「ルーリス王国の戦力増強に、ディース伯爵を引き抜きたいのでは?」
「そちらの可能性の方が強いわよね……」
ふむふむ。王子側ではない貴族の間では、コンラート王子が魔法に惚れこんでラフィオンを勧誘したのだと思っているのね。
それをラフィオンに伝えながら、私達は王宮の庭に出た。
けれど、ラフィオンの兄レイセルドがいた。庭にたたずんでいたレイセルドは、じっとラフィオンのことを見ていた。
「コンラート王子、もう少し遠くまでご足労いただけますかー?」
サリエル王子もレイセルドを見つけ、すぐに方向転換をする。もちろん、コンラート王子はゴーレムと一緒に長く居られる方を選んだ。
「もちろんですよ。どんな遠くにでも……できればあと一時間くらいはゆったりとしていたいものですがね」
「あっはっは。それはさすがに難しいですねー。精霊が弱っちゃいますからー」
談笑しながら私達は王子の宮の庭へ移動。そこでようやくゴーレムの体を土に返し、コンラート王子は色々と惜しみながら、十数人の衛兵に囲まれて王宮中央部にある、彼にあてがわれている部屋へ戻って行った。
この時は、レイセルドが何のために私達の途上にいたのかわからなかったけれど、次に召喚された時に理由がわかった。
私は前回と同じように会議についていき、今度は問題なく王宮の庭でゴーレムの体を土に戻したりできたのだけど。
コンラート王子がやや落ち着きがない様子を見せていたの。
こわいけど、ちらちらとゴーレムに意識を向けていたはずなのに、どこか気がそぞろというか。
王子宮の部屋に戻った後で、サリエル王子がためいきをついて言った。
「コンラート王子が、ゴーレムが好みだということまで、バイロン公爵側に漏れるとはねー」
「不名誉なことでもありますから、ルーリス王国側もこの話は漏らさないと言っていたのですが」
近衛騎士のトールの言葉に、サリエル王子はソファーに寝そべった状態で足をばたつかせた。
「それならコンラート王子を、バイロン公爵側と近づけて欲しくないんだけどね。ルーリスの臣下の方は、バイロンに賄賂でも掴まされてるのかもしれない。じゃなかったら、ラフィーの兄にまでゴーレムを召喚させて、コンラート王子を釣ったりしないだろうし」
なるほど、と私はようやく納得した。
レイセルドが王宮の庭で待ち構えていたのは、ゴーレムが消えるのを見てがっかりしたところを、勧誘するためだったのではないかしら? 自分もゴーレムを召喚できると言って。
そわそわしていたのも、会議の後でレイセルドと会って、好みのゴーレムが出て来るまで召喚させてみる予定になっていたのかも?
『私の代わりを見つけたら……バイロン公爵側に、コンラート王子がついちゃう?』
それは困る。グレーティア王女のお嫁入り先のことまで関わるのに。
『基本的には、マーヤを嗅ぎ分けるあのおかしな嗅覚で、どのゴーレムも違和感があると言ってそうだが……』
ラフィオンは、コンラート王子が私に執着するのは嫌みたいだけど、そのおかげであちらと手を組んだりはしないだろうと思っているみたい。
でも、それも確実なものではないわ。もしコンラートが私っぽいと思うゴーレムに出会ってしまったら、それまでだもの。
「本当に、どこにもかしもにもバイロン公爵の手が回っているんだよねー。結局グレーティアのところの侍女も、バイロン公爵と繋がりがある奴とつきあってたしー。おかげで足踏みの情報が回っていたいみたいなんだよね」
サリエル王子がさらに愚痴った。
「お行儀が悪いですよ殿下」
「腕や肩を揉みますから、起き上って下さいまし殿下」
侍従さん達がなだめると、にへらと笑ってサリエル王子がソファに座り直した。そうして前向きな言葉を口にする。
「とりあえずー。こちら寄りのルーリスの貴族に探りを入れながら、なるべく早く交渉を成功させてしまおうかー」




