もう一度やってみましょう
そこで、サリエル王子がラフィオンの側に歩み寄った。
「コンラート殿下、さすがにそれは難しいですよ。残念ですがー」
「わかっているともサリエル殿。爵位をお持ちのディース伯爵を、我が国に派遣するというのは難しいことでしょう。だからこそ、交渉しようではありませんか」
コンラート王子は自信ありげな笑みをみせる。
それに対して、サリエル王子はやや警戒したみたい。
「でも一つ、気にかかることはあるのですよ」
「なんでしょう?」
「本当にこのゴーレムが、コンラート殿の気に入ったゴーレムなのかわからないことですよ」
拍子抜けした表情になるコンラート王子に、サリエル王子が困ったような顔をしてみせた。
「ゴーレムを動かしているのは、召喚した精霊で……それはその時によって違うんだよね? ディース伯爵」
話を振られたラフィオンは、はっと我に返ってうなずいた。
「実は、ゴーレムも呼び出す度に、その魂となる精霊は違う者が来るようなのです。それにあの時殿下がショックを受けたのも、ゴーレムと一緒にたまたま雷の精霊を召喚していたから、その影響という可能性もあるのではないでしょうか」
「そうなんですか?」
首をかしげたコンラート王子は、それならと別な案を提示してきた。
「じゃあ、一度僕のことを突き飛ばしてみてくれないかい? それで同じゴーレムかどうか僕が決めるよ。中身が違っても、彼のゴーレムなら何でもいいかもしれないしね。それに雷の精霊とやらのせいだとしたら、ますますディース伯爵でなければならないってことになるわけだ。そうしたらますます交渉しなくてはならないしね」
へらっと告げられた言葉に、ラフィオンが歯噛みした。
『くそ……確かに、その可能性もある』
ゴーレムに突き飛ばされたことが問題なら、マーヤ以外のゴーレムでもコンラート王子は目覚めてしまっていた可能性は残っているのだ。ラフィオンを確保しようと考えたコンラート王子の読みは間違っていない。
『どうしましょうラフィオン』
『……だめだ。どう考えても俺の去就の問題になってしまう。コンラート王子の言う通りだ。別な精霊を呼んでも、ゴーレムであれば良かった場合は、俺の逃げ道がなくなる』
小さく呻いたラフィオンが、とりあえずコンラート王子を突き飛ばしてみるようマーヤに指示してきた。
「絶対に動かないで下さい。力加減を間違えば、このゴーレムは殿下の内臓を潰して死なせてしまうかもしれません」
「わかったよ。してくれるならそれでいいんだ」
お菓子が並べられるのを待ちきれない表情で、コンラート王子は請け負う。
……本当に大丈夫かしら。
ラフィオンはコンラート王子の確約をとった後で、サリエル王子に何事かを耳打ちする。サリエル王子はそれを騎士のトールに伝言したようだ。
見届けたラフィオンは、私の斜め後ろに退いた。
『よしマーヤ……やれ。できれば突き飛ばすなんて生易しいことをするな。王宮には……治癒魔法の使い手がいる』
『え、それってコンラート王子に嫌われることにならない? 王女殿下の結婚に関する交渉はどうするの?』
『大丈夫だ。他の精霊をゴーレムとして呼び出し、そいつに加減して弱く突き飛ばさせ、こちらが王子のお望みのゴーレムですと言うだけだ』
私はふと、寓話を思い出す。
貧しい少女が、たった一つしかない鉈を池に落としてしまったら、池の精霊が出て来て金の鉈と錆びた鉈のどちらを落としたのかと聞く話だ。
『……同じゴーレムを意図的に呼べるとわかるのも、困るからな』
続く言葉で、ラフィオンがちゃんと策を考えていたと知って、私は安心する。
『わかったわ』
深呼吸……はゴーレムに必要はない。自分の気持ちが収まるよう、一、二、三と数を数えてから、私は腕を振りかぶった。
『よいしょ!』
拳を握ると余計にまずいので、手を開いた状態で笑顔で待ち構えるコンラート王子にぶつける。
「うべあっ……!」
王子は吹っ飛んだ。最終的に、怪我をさせるのが怖くて少し弱まったかもしれないけれど、五メートルくらいは宙を移動して、後ろに待機していた騎士達を巻き込んで倒れる。
「大丈夫ですか!?」
はらはらとしながら見ていたグレーティア王女が駆け寄る。
問題のコンラート王子は……呻きながら起き上った。
「いてて……。前より痛いかも」
「殿下、腕をすりむいておりまする!」
ルーリス王国の従者達が怪我を見つけて大慌てになる。
「大丈夫。もう癒し手は手配していますよー。コンラート殿、他に痛いところなどは? いやあ、やはりゴーレムを召喚しても前に現れたものとは違う精霊が呼ばれて来たみたいですね。力加減が上手くいかないみたいで……」
はっはっはとサリエル王子が笑いながらコンラート王子に話しかけたけど。
コンラート王子は苦笑いしながらも元気に立ち上がった上で、ラフィオンの予想に反した発言をした。
「いや、これでいいんだ」
「……は?」
「やはりゴーレムはいいな。とても爽快な気分になったよ。このどこか懐かしくもすっきりとした気分……。ディース伯爵をますます勧誘したくなったね!」
王子の言葉を聞いたラフィオンは、ぽかーんと口を開けた。
そして私は。
『えええええええええええ!?』
怪我をしてもすっきりするとか。やっぱり変態なんだなと心の中で思いながらも、叫ばずにはいられなかったのだった。




