将を射んと欲すれば
「くっ、承知いたしました」
そう答えながらも、ラフィオンは心の中で毒づく。
『安売りだと? そもそも売る気はないものを……』
私はラフィオンの優しさを感じた。中身が私だから、怖がっていたコンラート王子に近づけたくないと思ってくれているのね。
嬉しいけれど、でもラフィオンに迷惑はかけたくないわ。コンラート王子に近づくのは怖いけれど。
『大丈夫よラフィオン。会うだけだから』
『もちろんだ。そう簡単に触れさせたりしない』
『ありがとう。やっぱり迷惑をかけられた記憶もあるし、死の原因だと思うと、コンラート王子と仲良くできる気がしなくて』
『…………』
ラフィオンは私のいる方を見て、目を瞬きしてから苦笑いした。
『そうだな。君は仲良くしなくていいと思う』
『うん?』
そうして、私が中に入ったゴーレムと、コンラート王子が再会することになった。
そのために王宮の庭へ移動したのだけど、途中でサリエル王子が浮かない顔のラフィオンにささやいた。
「会わせるだけだよー、ラフィー」
サリエル王子はとても人の悪い笑みを浮かべていた。
「相手がどんな値がついても買いたいというものを見つけたんだからね。とことん値を吊り上げてやろうじゃないか。安売りしないでおくれよ?」
「売ったら殺します」
しれっと物騒な言葉を口にしたラフィオンは、ぎょっとした顔のサリエル王子を置いてさっさと庭へ出る。
そこで数秒地面を見つめて、私に言った。
『マーヤ、絶対に触れさせないようにしろ。近づいたら逃げていいからな。俺も、気づいたらすぐに術を解く。べたべたと触らせるわけにはいかない』
『う、うんわかったわ』
私もコンラート王子に触られたいわけではないもの。うなずいて了承すると、ラフィオンはようやく少し表情が冷静なものになった。
そして彼は、何かの呪文を唱える。
どういった言葉なのかはわからないけれど、土の精霊を呼んで形を作って、そこに魂となる精霊を呼び寄せるものだというのは心で理解できるわ。
『……マーヤ』
やがて土人形の体が出来上がったところで、ラフィオンが心の中だけで私の名前を呼ぶ。うん、と返事をしようとしたところでするっと私は土人形の中に引きこまれた。
そうしてゴーレムと同化したところで、
「ああ、会いたかった!!」
飛びついてこようとしたコンラート王子は、ラフィオンが土の精霊に命じて作らせた小さな盛り土に足をひっかけて、盛大に転んだ。
「うべっ……」
「約束違反ですよ、コンラート殿下」
冷徹にそう言い放つラフィオンに、顔を上げたコンラート王子はぐぬぬと唸る。
「不意をつく作戦は失敗か……」
どうも無意識に体が動いたのではなく、故意犯だったようだ。
「コンラート殿下。不意をついてどうなさるおつもりだったのですか」
あまりのことに、グレーティア王女がツッコミを入れた。コンラート王子は自信満々な顔で立ち上がった。
「もちろん、私に懐かないか試してみたかったのだよグレーティア殿。犬でもまずは接触してみないと……」
「でも召喚魔法使いがいなければ、ゴーレムが懐いても存在させることができませんよ?」
たぶん問題はそこじゃないと思うのだけど、グレーティア王女もつい言ってしまったのだろう。
「犬とは明らかに違うよね、犬とは」
あのサリエル王子でさえ、まともなことを言ってげんなりしている。
コンラート王子はやや考え込んでいた。
「……よし」
間もなくぽんと手を叩いて宣言する。
「それなら、ディース伯爵を懐かせよう」
「は!?」
ラフィオンが素のままで叫び声を上げる。
私も驚きだ。コンラート王子、本気でゴーレムをずっと自分の側に置きたいのかもしれないけど、ラフィオンを勧誘するの!?
あっけにとられる一同の前で、コンラート王子が説明する。
「そもそも、私はこのゴーレムといつでも会えるようにしたい。もう一度あの爽快感を味わうためにも……。となれば、国へ連れ帰りたいと願うのは当然のことだろう? そのためにはディース伯爵がいなければならないとなれば……。ルーリス王国へ勧誘するのが一番だろうな」
そうしてコンラート王子がラフィオンに片目を閉じてみせる。
「君が勧誘されてくれる材料を、沢山揃えてみせるから待っていてくれ!」
『ゴーレムを連れ帰りたいって、連れ帰りたいって……』
一瞬だけ私は『本体はコンラート殿下の母国にいますよ』という冗談を口にしかけたけれど、そんなことを言っている場合ではない。
……本気でラフィオンを連れて帰る気なの?
真正面から勧誘されたラフィオンは、呆然としていた。
『ルーリスに、俺が……?』
ゴーレムにくっつきたいコンラート王子を退けるのが役目だと思っていた分、自分に執着心が向けられて戸惑っているのでしょう。
私はそわそわした。
ラフィオンがルーリス王国に来る想像をしてしまったからだ。
私は今頃12歳くらい。まだ結婚を考えるような年齢ではないからこそ、父親も異国の伯爵となら話をさせてくれるのではないかしら?
すると、幼い私が少し年上の少年伯爵と会うことになるのだ。
ラフィオンが、年上……。
その想像に、やけに気恥ずかしいような気持ちにさせられる。
ずっと年下の少年だと思ってきた相手が、年上として現れる……。
そんなラフィオンを見てみたい。落ち着いて洗練された雰囲気のラフィオンは、とてもかっこいいだろう。憧れてしまうのではないかしら?
でも考えていると、心がちくちくと痛くなる。
だって出会うのは、精霊の私じゃないもの。
12歳の私は確かに『私』には違いないのに、感動を他人に取られてしまうようなそんな不安な気持ちになってしまう。おかしいわよね、私。だって間違いなく同一人物で……12歳の私がラフィオンに会った記憶は、私の記憶になるのに。




