コンラート王子の要求
「ど……どういうことでしょうか。事情をお聞かせいただけますか? コンラート殿下」
ラフィオンが絞り出すように説明を求める声を出したのは、不可解なコンラート王子の発言の十秒後だった。
その間大人しくラフィオンの答えを待ち続けていたコンラート王子は、にこっと笑みを見せた。
「よくぞ聞いてくれた。なにせ君がゴーレムの召喚主だからな。話さなければならないと思っていたんだ。そう、昨日襲撃を受けた件についての見舞いと詫びだと聞いているのだが、まず見舞いの必要はないと述べておきたい。私はあのゴーレムのおかげで、とても素晴らしい気分になっているのだ」
「す、素晴らしい気分?」
復唱するラフィオンに、コンラート王子は重々しくうなずいた。
「まるで雷に打たれたような気分だった」
『……雷の魔法みたいなものだったものね』
「衝撃に、一度は気を失ってしまったけれど」
『強く突き飛ばしすぎたから……』
「でもその時の、衝撃が忘れられなくて」
『気絶するほどの衝撃は、忘れちゃいけないと思うわ』
『マーヤ……』
ぼんやりとコンラート王子の言葉に相づちを打っていたら、ラフィオンが苦々しそうな心の声を伝えてくる。
『ごめんなさい。あまりにショックが強すぎて』
なんだか現実感が薄いの。
『……そうだな。俺も昨日までは少し疑ってはいたんだ。君の思った通りに嫌がらせのために変態のふりをしているだけで、ある意味まともな……人間だと。でも』
ラフィオンが心の中で述懐する間にも、コンラート王子はきらきらした目をして語っていた。
「目覚めた私は、今までになくすっきりとしていた。原因について考えた時に思い出したのは、あのゴーレムのことだった。あの力強い拳が、僕の行動を諌めるためのものだったのだとそう気づいた瞬間から、どうしてもあのゴーレムにもう一度会って、私の感謝を伝えたい。いや、それどころか」
コンラート王子は少しだけラフィオンから目をそらして、頬を染めた。
「ずっと側にいて、時々私のことを突き飛ばしてくれたら、きっとこんな風にいつも清々しい気持ちになれるのではないかと思い始めて……」
私は全身がぞわりと鳥肌が立つ気がした。
とたんに私の、コンラート王子への申し訳ないという気持ちが、空気にさらさらと溶けていく。
『くっ……きもい。この王子は本気で変態だ』
ラフィオンの嫌悪感が、私にも伝わってくる。彼も頬がひきつっていた。
『やっぱり、変態なのね……』
いろんな意味で衝撃だった。
ラフィオンに言われて認識を改めたものの、一筋ぐらいは希望を持っていたのだ。
――いくらなんでも、自国の王子がそんな変態なわけがないと。
『気絶させられて喜ぶような人だったなんて……。何が悪かったの。やっぱり殴ったのがいけないの? 足を踏むのでは、効かなかったということは……』
そこで私は気づいてしまった。
もしかして私、舞踏会でコンラート王子の足を思いきり踏みつけていれば、嫌ってもらえたかもしれない? うそ……。
必死に避けたことが自分の死を早める結果になるとは。
今になって知った事実にうちのめされる。そんな私に、ラフィオンがぽつりと心の中でつぶやいた。
『良かったのは、この一件でコンラート王子の機嫌を損ねるわけがなくなったことぐらいか』
襲撃されたことはほとんど気にしていない。ゴーレムに気絶させられたのは、むしろ喜ばしい運命の出会いのように感じているものね……って。
『え、この王子、ゴーレムでいいの!?』
恋愛感情みたいなことを言っていたわよね? でもその相手、私が入っているとはいえ、土よ土! 生き物じゃないの!
『立像に恋するようなものだな。だから変態なんだよマーヤ……』
ラフィオンは脱力したように下を向き、それからぐっと歯を食いしばる。
『だが、たとえゴーレムといっても……』
そんなラフィオンに、コンラート王子がほけほけと尋ねた。
「どうだね、会わせてくれるかい?」
「会わせる……だけなら」
ラフィオンは嫌さを隠しきれないものの、そう応じた上で質問した。
「でも会ってどうなさるおつもりで?」
「会うだけだよ。とにかく見たいんだ」
そこでわけのわからない衝動に突き動かされていたようなコンラート王子が、ニヤリと悪いことを思いついたような顔をする。
「会わせてくれたら、君達の要望を一つ飲んであげてもいい」
さらに、ゴーレムに転んだ変態とは思えないようなことを言い出した。
「まだほんの数日滞在しただけだが、君達王子派は、魔法のことで立場が弱いのだということはわかっているよ。そのためにも、我が国ルーリスとの交易については、王子が主導権を握りたいのだということも。いいだろう。交渉はサリエル王子、あなたとだけしてもいい……。あのゴーレムが同席してくれるのならね」
至極真っ当な要求に、サリエル王子が真剣な表情になる。
ラフィオンはまだ複雑な顔をしていた。うん……その要求の根源が、ゴーレムに会いたいって頬を染めて言うような感情ですものね。気持ち悪いものね。
やがてサリエル王子は、決定を伝えた。
「ラフィオン、とりあえずはゴーレムに会わせてさしあげろ」




