王子を守ったはいいけれど
剣を持っている。格好からすると、アルテの王宮の衛兵っぽい。しかも三人……あ、五人も出て来たわ!
どうしてと思うけれど、王女達を庇うのが先だ。
驚く王女とコンラート王子を背中で押して下がるように示しながら、私は考えていたことを実行した。
『ええいっ!』
人の形を保つほどじゃなくても、魔力がいつもより多めだからできるはず!
空気の中に魔力を放ってみたら、驚くほど強い紫電が放たれた。
近くに迫っていた兵士の剣や槍に雷が引き寄せられ、兵士は悲鳴を上げて武器を取り落とす。
『おおお、これはすごいわ!』
精霊の庭で使った時よりも、ずっと威力が強い。
あと三人。このまま行こうと思ったら、すぐにラフィオンが駆け付けた。
『マーヤ、後は二人の避難をさせてくれ!』
『わかったわ!』
ラフィオンはグレーティア王女達に声をかけながら、召喚を行った。
「殿下方。すぐにサリエル王子の騎士が来るので、私のゴーレムに従って下さい!」
ラフィオンは私の魔法に添うつもりなのか、雷の精霊をいくつも呼び出した。こちらに襲い掛かった兵士達は、私に倒された兵士のことを考えて逡巡したものの、まだ逃げる様子がない。
けれど相手が引き気味になったせいなのか、コンラート王子が妙にやる気を出してしまった。
「剣なら、僕も役には立てるぞ」
「殿下!?」
剣を抜いたコンラート王子を、グレーティア王女が止めようとしてくれる。けれどコンラート王子にも矜恃があるようで、
「僕より年下の伯爵が戦っているというのに、下がるなど……」
そうは言っても、ラフィオンには魔法という多人数を相手にできる手段がある。そしてコンラート王子が安全な場所に行かないと、何かあってもラフィオンは逃げられない。
焦った私は、コンラート王子を手で突き飛ばすようにして下がらせた。
『早く下がって下さ……』
「うぎゃああっ!」
『え』
コンラート王子が叫び声を上げながら倒れ、失神する。安らいだ穏やかな顔で。
『え、あの、うそ! どうして!』
と慌てて手をわたわた動かした私は、自分の手の先から、先ほどの紫電の名残がパチッとはじけたのを見て、何が起こったのかを察した。
大変! コンラート王子に電気で衝撃を与えてしまったのだわ!
生きているかしら? 本当に気絶しているだけ? 死んでいたらどうしよう!
おろおろしていると、倒れたことに驚いていたグレーティア王女が、助けに来たらしい騎士の姿と声にはっと我に返ってコンラート王子の状態を看始めた。
そうして指示をする。
「王子が気絶していらっしゃるわ、早くお運びして!」
「お怪我は?」
「していないわ、大丈夫。眠っている間に早く」
グレーティア王女に急かされた騎士が二人でコンラート王子を担いでいく。一緒にグレーティア王女も屋内へ向かったので、私はラフィオンの様子を振り返った。
敵は、既に逃げて行こうとしていた。
ラフィオンの召喚した精霊と残りの騎士達が追いかけようとするが、それを遮るように、いつか見た青く凍った馬が三頭出て来た。
青い馬は騎士達を蹴りつけ、触れた騎士は足や腕が凍り付いて悲鳴を上げる。
ラフィオンは雷の精霊を操って雷撃を与え、青い馬を削って行く。一匹は破壊したけれど、無事な馬がラフィオンに向かって行く。
危ないわ!
急いでラフィオンの前に出た私は、ラフィオンを庇って青い馬とぶつかる。
きゃあああ! 腕が凍り付いたわ! でも痛くない。ちょっと氷で腕が一回り大きくなったようなもの?
でもこれじゃ上手く戦えないわ。
そこで私は、再び魔力を使うことを思いつく。
雷の精霊が攻撃できるのだから、私の小さな雷でも効果はあるはずよね?
というわけで、早速雷を放とうとする。けれど。
《わーい》
《ぬくーい》
ラフィオンの雷の精霊が集まって来た。そのまま私が空中に放った魔力を吸収したのか、どん、と十倍ぐらいに雷の塊みたいなその姿が膨れ上がる。
『おい、マーヤ!?』
ラフィオンの焦った声。
『え、え!?』
《あー元気いっぱいー!》
《たおそーかー!》
目の前が真っ白になる。
バチバチバチというすさまじい音が響き渡り、光が消えた後には……青い馬の姿はなくなっていた。代わりに、捕まえようとしていた兵士達もいなくなり。
『あ、なんかめまいがする』
『マーヤ!』
ラフィオンの心の叫びを聞きながら、私の視界は暗転した。
……気付けば、精霊の庭のエリューの側に湧き出る泉の中にいた。
なんだか眠くて。でも待って、あんなことがあった直後だと、必ずラフィオンは心配して呼ぶと思うの。どうにかしなくちゃと思うけど、気力が湧かない。
『さっそく魔力をかなり使ったんだねぇ。それと雷の影響を受け過ぎてるが、何かしたのかい?』
エリューの呆れたような声を聞きながら、私は葉陰の向こうの美しく青い空を見上げてぼんやりとする。
「雷の精霊に……どうも魔力が吸い取られたみたいで。ちょうど魔力を放出したところに寄って来た瞬間、めまいが……」
たぶんそういうことだと思う。
『精霊にとって、魔力は存在そのものに関わるのだよ。寄りつかれた時に、つられて力を出し過ぎたんだろうね。少し眠れば癒えると思うよ』
「眠るのは困るわ。ラフィオンが心配して、すぐ呼ぶかもしれないの。また葉をくれる?」
『構わないよ。回復するだけなら、ほんのひと齧りで十分だろう』
私はエリューがふわっと落としてくれた葉を、受け取って一齧りする。
泉の上に浮いたまま。
そうするとようやく気力が湧いて来て、起き上ろうと思えるようになった。
「助かったわエリュー。いつもありがとう」
『私は精霊の卵達の面倒を見る役目だからね、これぐらいならお安い御用さ。葉はすぐに生えるからね』
言っている間にも、エリューの枝の葉を取った部分から、ひょこりと緑の葉の新芽が顔を出す。
『あと、生まれ変わる前の運命を変えようとする子は珍しいからね。お前がどんな結果にたどり着くか、知りたいんだよ。期待しているよマーヤ』
「ありがとう!」
母のように受け入れてくれるエリューの幹に、私は抱き付いた。
エリューのおかげで、私は頑張っていられる。
その努力もあと少しだ。グレーティア王女が見事コンラート王子に選ばれるように、がんばらなくては。




